第42話

「俺が智美を!?」

「これは夢の話だからさ!」


 突拍子もない話を聞かされ唖然とする圭ちゃんに私は笑いながらすぐに否定した。


「かったり~ですか!?」圭ちゃんもその言葉を呟いてからぷっと吹き出した。


「そもそも島さん、智美の気の強さは知ってるじゃないですか。ぶん殴るどころか実際やられとしたら俺の方ですよ!」


 何か思い当ったのか、顔を左右に振って苦笑し、


「それにもしそんな俺だったら島さん、遠慮しないでぶっ飛ばして首だって言って構いませんから」

「フッ‥。そういうだろうと思ったけどな。だけど逆にやられそうな気がするんだよな~」


 互いに笑いを分かち合う一時に、戻った時にも同じ調子で話が出来たらと願わずにはいられなかった。



 全日本夜叉連合の鈴木さんが現れたのはお昼を少し回った頃だった。


「よぉ~っ!島さん、圭ちゃん、この間はすまなかったな~」

「いえいえ、鈴木さんの頼みじゃ聞かないわけいかないでしょ!」


 グイッと口の端を大きく上げて、手土産だとコンビニの袋を差し出す。今回もギューギュー詰めで、受け取った途端地面に落としそうになるほどだった。


「そういや、その後はどうですか?」


 鈴木さんもすぐにパーツ泥棒のことだとわかったのだろう。


「あ~あれは、警察にとっ掴まったよ!ガキだ!」

「ガキ!?」


 圭ちゃんと思わずハモってしまった。


「あ~中学生だって話だったな。部品盗んでリサイクルショップか何かで換金してたんだろ。店の親父も中学生がトラックの部品持って来るんでおかしいって思ったんだろな」

「小遣い稼ぎですか?」


「たぶんな。それでゲームか何か買うんじゃね~か。免許もね~ガキがこんなもん持ってくりゃ誰だってわかるっつんだよ」鈴木さんは呆れたように笑った。

「じゃ~その後は?」


「何もね~。一件落着だ!って言っても俺の方はもろ手を挙げて喜んでる暇はね~んだけどさ」


 気を紛らすかのように鈴木さんは振り返って愛車のトラックを見つめた。


「イベントには行けそうなんですか?」


「そこなんだよ。頭が痛て~のは──。そもそも興信所じゃね~つんだよ!」

「興信・・・人探しですか?」


「ああ。こんなこと言うとまた島さん達に頼みごとするようで何なんだけど、なんせ日がね~からな。いろいろ声掛けてるんだけどさ」

「何かしたんですか?その探してるって人は?」渋そうな表情の鈴木さんに圭ちゃんが尋ねた。


「あ~、ちょっとした悪さをな。詳しい事は言いづれ~んだけどさ」

「名前とかって?」


「桜井って野郎だ!知り合いとか客とかにいね~かい?」


 生憎、そんな名前の人物には心当たりがなかった。それでも鈴木さんの頼みだ。無下には出来ないと、


「もし、そんな名前の人の話を聞いたら連絡入れますから」と鈴木さんに伝えた。



──「桜井なんて聞いたことないですよね」


 鈴木さんが帰った後、私と圭ちゃんは顔を見合わせて首を捻った。


 それでも楽しみにしているイベントに行けないとあっては鈴木さんも気の毒だし、何よりそのトラックの飾り付けをした私達も張り合いが悪いというもの。微力ながら手助けでも出来ればと思った。


 仮に過去の一頁であったとしても、いつもの圭ちゃんと接して得られた心の安らぎを、帰宅早々に絶たれたのではと、私は真っ直ぐ恵理香のコーポ『リベルテ』へと向かった。あの時も確かこんな流れだったはずだ。ただし、海から帰ってからと振り返った途端、急に足が重くなってしまった。



 また親父が・・・。それが一番の理由だ。


 コーポの駐車場に車を止め、見慣れぬ車は無いかとチェックする。そして、携帯を取り出した。発信音が二度ほど鳴って声が聞こえた。


《島さん!?》

「あ~俺。ちょっと顔が見たいなって思ってさ」


《顔が!?もうどこかの人みたいなこと言って》

「あ、そうだったか。それでお父さんって今は?」


《居ないわよ。え!?今どこに居るの?》

「恵理香んとこの駐車場」


《そこ!?だったら電話なんかしないで来ればいいのに──》


 電話を切ると催促されるかの声に向かって足早に歩き出す。チャイムを鳴らすとほ

ぼ同時に扉が開き、靴を脱ぎ終える前に恵理香は踵を上げる。本来ならここは唯一私に安らぎの場を与えてくれる場所なのだろうが、恵理香の顔を見ても何となく落ち着かなかった。


「上がって!」


 奥の六畳間に向かい出した時、ふと左側のキッチンの下の方に置かれた空き缶に目が留まる。数本のビールの空き缶だった。その視線に気付いたのか、


「お父さんが・・・・」


 と、困ったような表情を浮かべる。


「また来たのか?」

「ええ。昨夜。それでまた帰れって言ったんだけど、入れてくれないなら関係をばらすって」


「そう・・・か。でももうどっちだっていいんだよな」


 投げやりにも似た口調に恵理香も何かを察したようだ。


「もしかして・・・・」

「ばれたよ」


「じゃ、お父さんが!? ──」

「いや、ペンションからの御礼状が届いちゃってさ」


「お礼状!?」


 恵理香の頭にもあの宿泊者名簿の文字が浮かんだのだろう。そうと一言呟いた。


「これで慰謝料も払わなくって済むかな~!?」

「慰謝料って?奥さんの?」


「いや、お父さんに言われたんだよ。娘をオモチャにしたから金払えって」

「ひ・・・酷い!いくらって言ったの?」


「二十万だと」「二十万!?呆れたっ!またギャンブルに使う気なのね」

「どうせ払わないんだから良いけどさ。むこうもどうせ金は要らないって言うだろうし」


「向こうって・・・・奥さん!?」

「離婚になるだろうな・・・・」


「離婚って・・・・決まったの?」「ほぼそんな感じだな」「・・・・・・」


「嬉しそうじゃないように見えるけど・・・。これで殺さなくても済むんだからな」


「いやよ・・・・そんな言い方」


「悪かった・・・。そうだ。結婚でもするか?離婚もほぼ決まったことだし──」


 あっけらかんとした口調でサラッとプロポーズをしてみたのだが、恵理香には違った響きに聞こえたようだ。


「そんな結婚も離婚も軽い感じなの?」


 私は黙って恵理香の顔を見た。複雑な表情で恵理香も見返した。



──ピンポーン♪


 沈黙を破ったのはチャイムの音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る