第2話

「なんだろう今の声」


「あの角からから聞こえたよ! 行ってみようミーちゃん!」


「えぇ、なんでわざわざ……。そんなとこ行くより、学校行った方が絶対にいいって」


 間違いなく面倒事に巻き込まれる。ラブコメの男主人公並の鈍感でも、そのことを察するだろう。


「でも、困ってる人がいるかもしれないじゃん。 少しでいいから、ね?」


 嫌がる美咲の手を、晴香が無理やり引っ張っていく。

 声のした場所に着くと、そこには尻もちをついた気の弱そうな男子と、対峙するように立つリーゼントヘアーのヤンキー五人組がいた。

 それら全員が私たちの通う学校の制服を着ている。


「どこ見て歩いてるんだゴラァ! テメェの前方不注意が原因でよぉ、この俺、理善 友康りぜん ともやす様の大切なズボンに傷がついたじゃねぇかぁよぉ!」


 ヤンキー五人組の中で、一際大きな体躯をしたヤンキーが大声を撒き散らす。

 呼応するかのように、そうだそうだ、と周りのリーゼントも騒ぎ出す。この理善とかいうやつがこのグループのボス的存在なのだろう。

 そしてこの気弱な男子生徒は、運悪く理善とぶつかってしまい絡まれている、と。

 触らぬ神に祟りなし。ダル絡みがこっちに伝搬する前に退散しよ──


「でもリーゼントくんのズボン、全然キレイに見えるよ」


「ハルちゃん!?」


 晴香の余計な一言で、ヤンキー達の視線がこちらに注がれる。子分の一人がリーゼントを左右に揺らしながら近づいてくる。

 そしてポッケから何かを突き出してきた。


「この虫眼鏡、良かったら使ってください……ゴラァ!」


「わぁ、ありがとう! もしかして根はいい人!?」


「いい人だったら、こんな風に絡まないと思うけどね」


 理善の学生ズボンに虫眼鏡を合わせ、片目で覗き込む晴香。


「ホントだ!すーーーーーーごく小さいけど傷がついてる」


 美咲も気になり、虫眼鏡を覗く。確かに傷があった。しかし虫眼鏡を通しても見ても極小だった。


「傷ちっっっっさ!こんなので一々キレる、このヤンキーの器も小さいわ」


「なんか言ったか嬢ちゃん?」


「あっ、なんでもないです。アタシ達に構わず続けてください」


 一瞬美咲に向けられた理善の鋭い眼光が、気弱な男子生徒へと戻される。


「ともかく、俺のズボンちゃんに傷がついたことは揺るぎない事実だ。償いが……必要だよなぁ!」


 理善の口元に狡猾な笑みが浮かぶ。

 周りの子分が、弁償しろだの誠意見せろだの口々に言い出した。その騒ぎに釣られ、周囲には人だかりができ始める。気づいた頃には囲まれ、美咲と晴香は、最前列でこの茶番を見守ることになった。


「十万だ!」


 理善が言う。男子生徒はその言葉に目を丸くした。


「じゅ、十万円ですか!?そ、そんなお金払えるわけ──」


「円じゃねぇよドルだよ」


「ドル!?」


 バカげた高額請求に、ギャラリーはざわめく。

 おどおどと言われるがままだった男子生徒も、堪らず反論し出す。


「それこそ払えるわけないじゃないですか!それにぶつかったのはお互いが不注意だったから起きることで、キミにも非があるはずだ!」


 その反論に、理善は腕も組みわざとらしく頷く。


「ほうほう、なるほどな。お前はつまり、リーゼントが長すぎるせいで、前がマトモに見えていない俺が悪者だと言いたいんだな」


 次の瞬間、理善が叫ぶ。


「俺の髪型を侮辱するのかテメェはよォ!」


「そ、そんな事言ってませんよ!曲解にも程がある!」


 理善はまっすぐ伸びたリーゼントを撫でながら、逆手で男子生徒を指さす。


「弁償拒否に名誉毀損!許せるはずがねぇ!何より、互いの主張が対立した!そしたらやることは一つだよなぁ!」


 そう言い終わるのと同時に、どこからともなく手のひらサイズのドローンが、理善と男子生徒の間に飛んできた。

 通称TJD【タタカブ・ジャッジ・ドローン】。

 町中に飛んでいて、意見の対立を検知するとタタカブを促し、その行方を公平に審判する無慈悲な機械だ。


『主張の対立を確認しました。TKJP法に乗っ取り"叩いて被ってジャンケンポン"を行いますか?』


 ドローンから機械的な女性の声が聞こえる。

 その声に理善は頷く。男子生徒はやりたくなさそうだったが、タタカブしなければこの状況を打破できないと考えたのか、渋々同意する。

 すると上空から長机が降ってきて、彼らの間を区切った。両者慣れた手つきで、机の上に各々ハリセンとヘルメットを置いていく。


「お前が勝ったら今回のことは不問にしてやる。けどよぉ──」


 理善が男子生徒に指を突き立てる。


「お前が負けたら、全身の毛という毛を全部剃ったあと、全裸で土下座しろ、この場でな!」


「全剃りに全裸土下座!? そんなの絶対嫌だ!それに弁償代は?」


「嫌なら勝てばいい。弁償代?いらねぇよ。テメェの全裸土下座を動画を使って金をゆするから問題ない」


「問題大ありじゃないですか!」


 男子生徒の絶望を無視し、ドローンは容赦なく試合開始を告げる。


『それでは始めます──』


『叩いて』


「「被って!ジャンケン──」」


「パー!」 「グー!」


 パーで理善がジャンケンを制した。そこからは一瞬だった。理善はハリセンへ。男子生徒もヘルメットを取ろうと手を伸ばした瞬間、顔面に柔らかな物が突っ込んできた。


「もごっ!?」


 パニックになる男子生徒。一体彼の身に何が起きたのか。外から見ていた美咲達からは一目瞭然だった。


「リ、リーゼントくんのリーゼントが、男の子の顔に突撃した!」


「うわ、しょーもな」


 頭突きの要領で、男子生徒の顔面に自らのリーゼントを突っ込ませ、視界を奪い、ヘルメットをとる時間を遅らせる。あまりにくだらない戦法。しかし効果的だった。

 男子生徒が、なんとかヘルメットを手に入れた頃には、理善は既にハリセンを振り下ろしていた。

 パンッ!と乾いた破裂音が響く。

 一瞬の静寂の後、どっと野次馬共が湧いた。

 敗北した男子生徒は、放心状態でヘルメットを持っていた。だがハッとしたように意識を取り戻すと目に涙を貯め、叫ぶように抗議しだした。


「ルール違反ですよ!ルール違反!髪の毛で相手を妨害するなんて!」


 下卑た笑みを崩さずに、横で飛んでいるドローンに話しかける。


「なぁジャッジ、今の俺の行為は反則なのか?」


『今の試合に、反則行為は確認出来ませんでした』


「だとさぁ! ジャッジの判断は絶対だ!」


 ゲラゲラと笑い出す理善。

 晴香は納得がいっていないのか、眉を寄せ、美咲に耳打ちしてきた。


「今のってホントに反則じゃないの?」


「さぁ、肉体的接触は反則だけど、髪の毛はセーフなんじゃない? アタシとしては、どーでもいいけど」


「うーん、そういうもんなのかなぁ」


 まだ納得できていないのかうーんうーんと唸っている。

 男子生徒は絶望し、膝をついてる項垂れていた。

 理善は周りの子分に目を向けた。


「おい! あれ、寄越せ!」


「へい!了解です!」


 さっき虫眼鏡を貸してくれた子分が頷き、ポケットからバリカンを取り出すと、理善へ渡す。


「この俺、【戦艦主砲リーゼント】の異名を持つ理善友康様と戦ったのが運の尽きだったな!まぁ、全剃りつっても恥ずかしがることはねぇ。全人類皆、産まれたばっかは毛無しの全裸だったんだからさ。けど高校生にもなって、その格好するのは、ちっとばかし恥ずかしいかもなぁ!ガハ!ガハハハハハハ!」


 理善のゲスな笑いが木霊する。ギャラリーも全裸だの全剃りだのコールし始めた。

 ここから先は、ピュアで純粋なJKである美咲には、刺激が強い光景がオンパレードするだろう。さっさと晴香を連れてお暇するとしよう。


「もういいでしょ。そろそろ学校向かわないと遅刻し──あれ?ハルちゃん?」


「( º言º)」


「ハルちゃん!?なんか凄い顔になってるよ!?顔中の表情筋がこれでもかと不満を訴えてるよ!」


「…………」


 これがハルちゃんの変な癖の一つだ。

 本人曰く、相手の意見、主張を否定したくて堪らない時に顔が硬直し上手く喋れなくなるらしい。

 否定してくても口が思うように動かず、その葛藤が原因でとんでもない表情になっているのだ。場面緘黙症のようなものだろうか。

 こうなったハルちゃんを戻すには、否定したい主張を思う存分否定させるしかない。彼女の中の正義で。

 仕方ない、と呟き美咲は彼女に顔を向ける。


「……言いたいことがあるなら、言ってくれば?少しだけなら時間あると思うし」


 晴香の顔がパッと明るくなる。


「そ、そうだね! 言ってくる!」


 そう言い、囲う野次馬の外へ向かう。


「なるべく早く終わらせてね!遅刻しちゃうから!」


 群衆をかき分け進む晴香の背中にそう声を掛ける。

 視線を前へ戻すと、バリカンを起動する理善と、彼の子分のに拘束される気弱な男子生徒がいた。


「ヨッシャァ!景気づけにまず眉毛から剃るぞ!」


「嫌だ!眉毛やだ!スネ毛からにして!」


 体をよじらせる男子生徒に徐々に接近するバリカンが、とうとう毛を刈り取ろうとしたその時


「待て!」


 力強い声が、絶望に染まりそうだった空間を切り裂いた。

 そしてその声の主は、野次馬達の頭を前宙で飛び越え、渦中にスーパーヒーローのような着地で登場した。

 女子の制服を身を包み、ポニーテールが背中に垂れている。

 その顔は、お祭りで買えるようなヒーローもののお面で覆われていた。


「誰だテメェ?」


 理善の質問に彼女は答える。


「セイギマン、参上!」


 これがハルちゃんの二つ目の変な癖だ。

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