第3話 - 大喧嘩
朱莉は呼吸に意識を向けた。過去の記憶がノイズのように意識の中に現れては消える。少し落ち着いた。
「一代目の子が去年亡くなって、その後すぐにこの子が家に来たんだけど」と美咲は話を続けた。
美咲は朱莉に代わってラッキーの背中を撫で始めた。真っ黒なラッキーの背中の上で、毛の光沢が波打っているように見えた。
「一代目の子が亡くなったあと、母親が同じ種類で同じ色の犬を買ってきてさ。大きさもほとんど同じの」
ラッキーを撫でながら美咲は遊歩道の先を見つめていた。真っ黒なトンネルのように見える。
「あの子とこの子は全然違う。全然違うのに、あの子をこの子に重ねてしまってね」
朱莉は奥歯を強く噛んだ。何か適当なことを叫んで、勝手に溢れてくる思い出をかき消したかった。
「あのときは大喧嘩したね。母親と」と、懐かしむような様子で美咲は笑った。
寝そべっていたラッキーが起き上がり、少しうろうろしたかと思ったら、周りの枯れ葉や土の匂いを嗅ぎ始めた。
「来たんです」
「きた?」
「私の家にも来たんです。昨日。」
あらー、と美咲が大きな声を上げた。異変を察知したのか、ラッキーが振り向く。しかし、また少しうろうろし始める。
「全く同じ犬種で、瓜二つの子でした」
美咲は目をまんまるにして、複雑な表情をしていた。ぱっちりとした目がさらに開かれ、微かに茶色の瞳がよく見える。
「母親が買ってきました」と朱莉が付け出すと、美咲はひょうきんな声を出した。
「ウチと全く同じじゃん」
「はい。私の家と全く同じです」
朱莉は少し気が楽になった。
「前の子のことを気にしてるの?」
美咲は立ち上がり、微笑んで、朱莉を優しく見つめた。街路時に照らされた美咲を下から見上げて、もう少しだけこの人に甘えたい、と思った。
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