第2話 - 我に帰って

 目がぱっちりとした快活そうな女性だった。朱莉よりも頭ひとつ背丈が高い。


 「ウチの子をじっと見てるから」と、その女性がもう一声掛けると、朱莉は我に帰った。と同時に、その人とのコミュニケーションを蔑ろにしていたことを自覚した。


 自分のご機嫌は自分でとる。朱莉の信条だった。しっかりしないと、と朱莉は気持ちを切り替えた。では少しだけ、と朱莉はしゃがんで黒い犬の頭部をゆっくり撫でた。毛の感触を手に感じられるくらい丁寧に撫でた。


 犬の名前はラッキーだと、その女性は言った。そして付け足すように、私は美咲みさきと言った。自分の名前よりも先にペットの名前を紹介するのが少しおかしかった。


 ラッキーの様子を見て、美咲は満足そうな表情をした。


「家で犬飼ってる?」


 朱莉は少し言葉に窮した。犬を撫でる手も止めてしまい、手のひらは力無く閉じていく。でも、ここまま無言でいて今の空気が悪くなるのは避けたいと思った。


「前、可愛いのがいました」


 言葉を選んで、朱莉は紡いだ。美咲は、何かを感じ取ったかのように、少し笑みを溢して朱莉の隣にしゃがみ込んだ。


 人気のない遊歩道で、二人で一緒にラッキーを取り囲んだ。日はまもなく落ちそうであったが、街路灯が二人と一匹を照らしていた。


「ラッキーちゃんね、我が家の二代目なの」


 「お前は可愛いですねー」と、美咲はラッキーをあやしながら、少し寂しそうな表情をした。朱莉は、どこかに走り出したいような耐え難い衝動を、気付かぬふりをしてやり過ごした。

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