第233話 歳月を経る
「エリザベート。フィリップを魔獣に見立てて追いかけるのは止めなさい。」
六歳になったエリザベートはどこから拾ったのか、枝を持って走り回っている。
「はぁ…来年から家庭教師を呼んで勉強をする年になっているのに…あの子は大丈夫かしら?」
「リナは十歳を超えてもやっていたと言うし、大丈夫だろう。教師はもう決まったのか?」
「えぇ。お義母様と相談して、ほぼ決まりました。もうっエリザベート。」
「リオ、あまり怒るな。リオが本気で怒ると文字通り雷が落ちる。国民を怖がらせたくはないから、怒らないでくれ。」
「そうは、言いましても…」
里桜は困った顔をする。
「ははうえ。」
「はい。はい。転ばないようにね。フィリップ。」
「ほらっ、討伐される側のフィリップも楽しそうだし、良いのではないか?」
五人目の子供、フィリップも今年で五歳になる。そして、私の異世界暮らしも丸十五年になった。日本での暮らしや、人々や、食べ物が無性に恋しくなる事が未だにある。
その度に、としこさんとまた話したいと思う。正直良い思い出があったわけではなかったけれど、私の世界で唯一の理解者だ。
とは言っても、この世界でかけがえのない家族や人々に囲まれて、今では日本での暮らしの方が幻だったのかも知れないと思うこともある。
フィリップは里桜の足元に思いっきり抱きついた。レオナールがフィリップを抱き上げる。
「テレーザの留学に関する事でフェデリーコ殿下から書簡を頂戴した。」
「テレーザは来月こちらに来るのですか?」
「あぁ。去年洗礼を受けた時に、両親から自分の出自の説明を受けたらしい。その時にアリーチェの存在も話すつもりだったらしいが、アリーチェはそれを頑なに拒んだそうだ。」
庭園を、二人並んで歩く。
「だから、産みの母はこの国で病によって亡くなった事にしたようだ。」
「そうですか。」
「テレーザがこちらへ来る時には、フェデリーコ殿下も一緒に来ると書いてあった。」
レオナールがフィリップを下ろすと、元気良くエリザベートのところへ走って行った。それを追う乳母も大変だ。
「では、フェルナンは喜びますね。」
「フェルナンの騎士団に入団した祝いも予定しているそうだ。」
「そうですか。」
十七歳になるフェルナンは今年の五月に学院を卒業し、先月入団テストに合格して、希望する第一団隊の新米騎士としてスタートを切ったばかりだった。
訓練初日、へたばっている同期入団の新米騎士の中、平然とした様子で母との打ち合いの方が余程大変だと言って同期や先輩騎士を驚かせていた。
里桜が、濃い緑の中に咲いている花を見ていると、レオナールは心配そうに声をかけてきた。
「いかがした?」
「いいえ。」
里桜は首を振る。
「ただ、社交の中心にいた私たちのかわりに、だんだんと子供たちの世代が中心になっていって、こうして絶え間なく続いていく中で代替わりをするのだと思って。」
「随分と気が早いな。」
「そんなこともありませんよ。気付けば、マルゲリットも十一歳になって来年には洗礼式を行う事になりましたし、あと数年で社交界にデビューします。そうしたらあっという間ですよ。」
「あぁ。そうだな。母は今からマルゲリットのデビュタント用のボールガウンのデザインを考えているし。」
「この前は、ティアラのデザインに頭を悩ませていらっしゃいました。」
「何と、気が早い。」
二人が穏やかに笑っていると、未だ聞き慣れない警報音が鳴った。
レオナールはそのまま走って王宮へ向う。里桜は乳母に早く中に入るように言って、自分も走って行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます