第232話 それぞれのあれから 終
里桜は、自室で一通の手紙を読んでいた。それは、アリーチェからのものだった。年に数回、二人はこうして文のやりとりをしている。
「アリーチェ様はお元気ですか?」
ララが話しかけてきた。
「えぇ。修道院の暮らしにも随分慣れたご様子よ。」
アリーチェは、帰国した翌年に自らの意思で修道院へ入った。
里桜は心配し、どんな所なのか調べさせたが、規律の厳格な所ではなく、孤児院のような所だった。アリーチェはそこで子供たちに勉強を教えているとわかった。
「自分の子供を育てられなかったから施設の子供たちが日々成長する姿を見るのが楽しいと書いてあるわ。」
「それならば、修道院ではなく、孤児院で働かれればよろしいのに。修道女になってしまえば、自由はなくなってしまわれるのに。」
里桜は読み終わった手紙を丁寧に封筒へ戻す。
「マルタへ祈りも捧げたかったんじゃないのかしら。こちらでもゲウェーニッチでも罪人への供養はしないから。」
「マルタの生家も婚家も彼女との離縁状を出したと聞きましたが。」
「えぇ。私もそう聞いているわ。ゲウェーニッチも自国にいるマルタの縁者をどう処罰するか悩んだみたい。」
「自国民が起こしたと考えれば、普通なら一家はお取り潰し。他国の人間ならば、戦争に発展してもおかしくない出来事でございますからね。」
ララは慣れた様子で、里桜の目の前にティーセットを並べていく。
「陛下が犯人がマルタだと分かったとき、ゲウェーニッチへ書簡を出してマルタの生家や婚家を咎める考えはないと出した様なのだけど。」
「そう言われても、ゲウェーニッチだって、起こしたのが王妃殺害未遂では、何も対処しないわけにはいかないでしょう。」
里桜は淹れたての紅茶の香りを楽しんだ。
「それで普通、実子に対しては使われない離縁制度をむりやりに使ったみたいよ。」
「では、あの国ではマルタは存在しない事になってしまったのですか?」
「親がいないって事になるから…孤児の扱いなのかしらね。アリーチェ様はその処遇にも心を痛めていらっしゃったみたいなの。マルタの婚家はアリーチェ様の侍女として彼女が国を渡った事で陞爵して伯爵位を授かっていたのに、それを返す事もなく離縁状を出して済ませたから。」
「そうなのですか。」
「えぇ。だからマルタを弔ってあげたいと思ったんじゃないかしら。」
里桜は紅茶を一口飲んだ。
「でも、今はアリーチェ様が心安くお過ごしのようで本当に良かったわ。」
「そうですね。」
「そうか、アリーチェは元気にしているか。」
「はい。」
もうすぐ結婚生活も丸八年になろうとしている。里桜が里帰りしている時や、公務で家を空けているとき以外は、夜に二人でベッドに座り話すことが今でも続いている日課の一つ。
「来年は、フェルナンの洗礼式が控えていますね。」
「あぁ。早いものだな。」
「えぇ。でもこれから思春期ですから。リナもジルベール様も大変かも知れませんね。」
「ジルベールがうるさいクソオヤジとか言われているところ見たい気もするが…。」
「リナにクソババアとか?」
「あぁ。」
里桜は控えめに笑う。
「フェルナンはそんな風には言わないでしょうね。今日もフェデリーコ殿下を送別する茶会を開きたいと言って、色々準備しているようでした。とても真っ直ぐなよい子に育っています。」
「色々あって、それを乗り越えて良く育ってくれたな。本当にジルベールのおかげだ。」
「えぇ。有り難いお兄様ですね。」
「たまに、口うるさいのは我慢をするか。」
「えぇ。そうして下さい。私たち、ジルベール様には感謝してもしたりませんから。」
「だけど、この事は墓場まで持っていくぞ。あいつにそんなことが知られたら、何を言われるか…。」
「はい。わかりました。これは、陛下と私だけの秘密ですね。」
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