第131話 煩う 1
帰還術をしたその当日と翌日、私は魔力の使いすぎで臥せっていた。
私が喚ばれた術の時、尊者達は魔術の使い過ぎで力が弱まってしまった。みな、私が目覚めるまで虹の魔力がどうなったか心配していたようだが、他の尊者のように後になって鍛えた魔力ではないためか、虹の魔力には何の変化もなかった。
目覚めた時に私が最初に目にしたのは心配そうな顔をした陛下だった。
「大丈夫か?」
その声はとても優しかった。私はとしこさんが消えたと同時にまるで操り人形の糸がぷっつりと切れたように膝から崩れ落ち、そのまま丸一日眠り続けたようだ。
「それは…誰でも心配しますね。ご心配おかけしました。」
「そんな事は気にするな。」
柔らかく微笑みながら頭を優しく撫でる、陛下の大きな手を握りしめたい衝動を覚えたが、同時にその手は絶対に取ってはいけないものだと何かが激しく警鐘を鳴らす。
結局私は、陛下から視線を外した。
「目覚めてくれれば良い。それ以外には何も望まない。」
そう言って、陛下は部屋を出て行った。
∴∵
里桜は国軍のアランの執務室に向っていた。
国軍兵士は二名、騎士団の騎士は三名がハーピーのつむじ風によって亡くなっている。自分の部下を何よりも大事にしているアランとジルベールには、利子を日本へ返したことを直接謝らないといけないと思っていた。
もう行なってしまったことを謝るのは、ただの自己満足だと分かっているが、どうしても謝りたかった。
「リオ様お見えです。」
「おぉ。通せ。」
里桜はアランに向って、少し控えめに笑った。
「まだ、本調子じゃないのか?」
「いいえ。仕事はもう少し休んでいる様には言われていますが、もう体力は十分回復しています。」
「謝らなくて良いぞ。今回のことは。」
里桜がアランをじっと見つめると、頭を少し掻きながら、
「最初はな…少し腹も立ったが、君の立場になって考えた時、俺も同じようにしていたんじゃないかって思った。彼女は君にとってはこの世で唯一気持ちを分かち合える存在だったんだろ?君にしても、彼女の気持ちが分かった。そんな存在を処刑台へ上らせる事が出来ないと思う君の気持ちが分かる気がしたんだ。」
アランは机の上で組んだ手に顎を乗せた。
「部下が命を落としたことは残念だが、俺なりの心の整理はついている。シルヴァンやリュカもだ。それぞれの考え方でちゃんと決着をつけているから。君には、今まで通りのお付き合いをさせてもらいたい。」
「ありがとうございます。」
「いいや。」
アランがいつも通りの笑顔を見せるので、つられて里桜も笑った。
∴∵
次に里桜は騎士団、第二団隊の詰め所に来ていた。第二中隊長のモーリスに案内され、久し振りに第七小隊の隊員たちと顔を合わせた。長い外遊中、里桜を支えてくれた頼もしい騎士たちだ。
「コンスタン、ベルトラン、オーブリー、エドガール、テオドール。帰着の時は臥せっていて出迎えが出来ずに申訳のないことをしました。長い間、苦労をかけましたが、良く無事に戻ってきてくれました。あなた方の忠良さには頭が下がる思いです。長の道中ご苦労様でした。」
「勿体ないお言葉、痛み入ります。」
コンスタンを始めとした第七小隊は貴人の礼をして、その場を去った。その姿を里桜は眺めていた。
「ジルロン中隊長。」
「はい。何でしょうか。」
「外遊中はご子息にも大変お世話をかけました。ヴァレリーはお元気ですか?」
「はい。息災にしております。今は通常の護衛勤務に戻っております。」
「そうですか。ヴァレリーに宜しくお伝え下さい。それでは。団長に呼ばれておりますので、ここで失礼致します。」
∴∵
騎士団棟の練習場に続く階段に腰掛け、ジルベールの淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。
「もう体は大丈夫なのか?」
「はい。ご心配をおかけしました。ロベール様やシド様が尊者の仕事は暫く休むようにと仰って。とても暇なこと以外はいつも通りです。」
里桜は笑ってみたが、笑顔が自分でもぎこちなくなっている事に気が付いた。
「皆さん、頑張っていますね。」
新人騎士の練習を二人で見守っている。
「騎士の方も三名亡くなりましたね。」
ジルベールは小さく返事した。
「としこさんを罪には問わず、日本へ帰すよう陛下へ進言したこと怒っていらっしゃいますよね。」
「確かに、証拠はないんだ。この世界の人間じゃ読めない文字で書かれていて、それを読めるのはお嬢ちゃんとトシコ嬢だけだったしな。もし、あそこで裁判にかけて、お嬢ちゃんが証人で出たとしてもお嬢ちゃんは違うことを言っただろう?もし、創造したのがトシコ嬢だとお嬢ちゃんが証言すれば、トシコ嬢は間違いなく処刑されるからな。」
「はい。多分。私にとしこさんを処刑台に上がらせることは出来ませんでした。」
「それは、仕方ないことだ。俺は正義って言葉が大嫌いでな。正義は危うい。正義が誰にとっても公正で公平であることは難しい。今回のこれはお嬢ちゃんにとっては正義だったんだ。俺とは違うがな。そんな事で怒るほどもう若くもないし、お嬢ちゃんはその怒りも全部受け入れる覚悟でレオナールへ進言したんだろ?」
「…団長が心の広い方で良かったです。」
一段上に座っているジルベールに笑いかけると、ジルベールも笑い返した。
「ところで、私にこんな話をさせるために呼んだ訳じゃないですよね?何か御用ですか?」
「いや…他でもないレオナールのことなんだが…。」
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