第121話 利子と里桜 1

 里桜は朝一に王宮の利子が寝ている部屋に来ていた。入った瞬間に、利子がこのままでは死んでしまうのではないかと思った。

 ベッドの横に跪いて、利子の手を握る。利子の手は冷え切っていた。


「としこさん。大丈夫。今、元気にしてあげるからね。」


 今まで治療では一度も使ったことのない様な力を利子にかけてみたが、利子の意識が戻る気配は一向に感じなかった。


「リオ様、神殿に出仕されるお時間です。」


 イザベルからつけられた侍女の声に、静かに頷いて部屋を出た。



 神殿の一室にシドとレイベスと里桜はいる。


「では、リオ様にはトシコ様のお命が限界にきていると感じるのですか?」


 レイベスは里桜に問いかける。


「魔力が尽きかけているのを感じるのです。私はとしこさんを助けたいんです。」

「しかし、今回のハーピーもトシコ様が生みだしたものとなると…」

「トシコ様はこの国を脅かした。ジーウィンズの大火前回の事は死者もなく、避難民は多数出ましたが、渡り人として強い魔力があることで、改心し今後は国の益となる行いをしてくれればと、陛下が温情をおかけになっておりましたが。この度のことはあまりにも被害が大きすぎます。結局、ハーピーの起こしたつむじ風に巻き込まれ犠牲になった者が十名。負傷者は軽傷重傷合わせて数百名。倒壊した家屋などは三千棟以上、街一つが壊滅的な被害を受けたのです。リオ様のお力で命が助かっても、処刑は避けられないでしょう。」


 レイベスは言葉を濁していたが、シドはハッキリと現実を突きつけた。

 日本だって、十人も殺害すれば死刑は免れない。直接ナイフや何かで殺さないだけで、人に害なすものを創り出してしまったのだ。十人もの命が失われ、その後ろには倍以上のその人に関わる人々の苦しみや悲しみがある。死者名簿の中にパトリック・マルチノとルネ・ピカールと言う見知った国軍兵士の名前があった。彼らの優しさが失われたのだと思うと、里桜もやるせない気持ちを抱いたが、だからと言ってここで利子の命を初めから諦めてしまうのは違う。


「それでも、私はとしこさんを助けないといけないと思うんです。もちろん。ブラウェヒーモへ行って治療も致しますが。罪を償うことと、この事は別に考えないと。」



「では、先ほど話した通り復興の計画を進めて欲しい。」


 会議の場には、宰相のクロヴィスを始めとした各大臣が集まっている。話が終わり、三々五々帰って行く中、軍務大臣のグラシアン・ファロが近づいてきた。息子は里桜と外遊へ行った第七小隊長のコンスタンだ。


「陛下、この度の国の有事に我がファロ家の嫡子がこの場に居られず面目もございません。」

「何を言っている。そなたの息子はリオの護衛としてきちんとした働きをしているではないか。」


 レオナールは、笑って言った。


「いいえ。リオ様は魔物討伐のため一足先に帰ってきたと聞いています。しかし、我が愚息はまだゴーデンの街にいるのだとか…」

「それは、私もリオから聞いているが。私がロンテの街に留まる様に指示したのに周りが止めるのも聞かず、ユーピまで強行して、結局は荷物を置いて先を急いだのはリオだと聞いているぞ。しかもユーピにコンスタンを置いてきたのはリオの指示だとな。」

「いついかなる時も侍ってお守るするのが役目だと言うのに…」

「グラシアンはリオと話したことはあるか?」

「夜会などで一、二度お話しをした事がありますが。」

「それくらいでは、リオの本来の姿はわからないだろう。この様な有事は起こらない方が良いが、そう言う時にリオの奇想天外な行動は起こる。」


 グラシアンは一体何のことかと言う顔をする。


「まぁ、言えるのは、コンスタンは悪くないと言うことだけだ。戻ってきたら、道中の苦労を十分に労ってやってくれ。そのうちグラシアンもリオとゆっくり話す時間を作ってみると良い。面白いぞ。リオは。」


 その時、音だけでも慌てていることがわかるノックの音がした。レオナールが応答すると入ってきたのはアルチュールだった。彼には珍しく、表情にも感情が表れている。その表情から良くないことが起こったのは明白だった。



 レオナールが駆けつけると、里桜がピクリともせずにベッドに横たわっていた。


「どういう事だ?」

「はい。リオ様がどうしてももう一度、トシコ様のお見舞いに行きたいと仰いまして。ここへ来ましたところ、お顔や手足だけでもぬるま湯で拭いて差し上げたいと仰いますので、私はお湯を出すのが不得手でございますので、炊事場へぬるま湯をもらいに行って戻りましたら…。」


 イザベルの用意した侍女は声を震わせて話す。


「リオ様は、トシコ様の意識を取り戻したいとお考えでした。リオ様にはトシコ様の魔力が尽きかけている事が感じられるから見過ごすことは出来ないと仰っていました。なので、私どもは陛下にご相談の後、手立てを考えようと話しておりまして。それで、リオ様も納得して下さっていると…」


 レイベスは話す。シドは三人での話し合いの後すぐにブラウェヒーモへ治療に向ってしまっていた。


「…そうか。」


 いつもの様に、里桜を理解し、里桜の暴走を止める役割の人間が近くに居なかったのだとレオナールは悔やんだ。虹の力を手に入れたレオナールにも里桜が度々言っている人の魔力の強弱と量を感じ取ることが出来ている。だから利子の魔力が尽きかけていることも感じていた。それを治療するには十分な魔力と魔力の量が必要になることも分かっていた。


「心配するな。リオから命の危機は感じない。そのうち突然目覚めるだろう。それで、トシコ嬢の方は?」

「未だ目覚めません。」

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