第119話 創造する者と破壊する者 終
少し早い夕食を終えて、寝室として用意された部屋で読書をしていたが、レオナールの事が心配で内容が全く入ってはこなかった。読書を諦めて、本を閉じた。
悠と私は小学生からの付き合いで、私は長い片想いの末に中学生の時、悠と付き合うことが出来た。高校は別々で私は高校を卒業して就職をしたが、悠は四大へ進学した。生活スタイルがずれてしまったが、それでも順調に付き合いは続いて、悠は初めて満額でもらったボーナスで私に婚約指輪を買ってくれた。
私が選んだ指輪に、悠は笑いながら‘もっと高いのでも良いんだよ’と言った。本当はね、婚約指輪は何でも良かった。なくたって構わなかった。ただ‘これからもずっと一緒にいたい’その言葉を信じるだけで私は幸せな気がしていた。
だけど、いつからだろう。ここ最近は全く悠のことを思い出さなくなっていた。夜、思い返すのは陛下から贈られてきた花束や手書きのメッセージカードのことだった。外遊先での出来事に心が疲れた時、陛下がくれた優しい言葉や笑顔が支えだった。気を緩めると、会いたいと思うのは悠ではなく、陛下だった。
そんな事を考えていて、外がすっかり暗くなっていたことにも気が付かなかった。慌てて部屋のカーテンを閉めていると、部屋にノックの音がした。里桜が返事をして、扉を開けるとイザベルだった。
「クロヴィスから伝達で、陛下がトシコ様をお連れになって戻っていらしたそうです。」
里桜の顔に安堵の表情が広がる。
「王宮へお戻りになるでしょう?馬車を用意させますから、その間に身支度を整え下さい。」
「イザベル様。ありがとうございます。」
「そのような真っ赤な目でお会いしましたら、陛下は心配してしまいますわよ。」
イザベルは優しく笑った。
「イザベル様とのお夕食はとても楽しい時間でございました。久し振りに母との食卓を思い出しました。また、お食事ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんでございます。今度は元気なリオ様にお目にかかりたいですわ。」
イザベルは、里桜の髪を一撫でしてその場を後にした。
「陛下。ご無事で。」
侍従のアルチュールはレオナールに駆け寄る。
「あぁ。俺はなんともないが…」
迎え出た騎士に利子を託す。
「だいぶ魔力を吸われた様だ。かなり弱っている。早く伯父上に診てもらってくれ。」
「ハーピーは?」
クロヴィスが尋ねる。
「あぁ。無事に退治できたが、街は復興までに時間がかかるだろう。明日、詳細を話し合いたい。大臣を呼んでくれ。俺は着替えてくる。」
レオナールの騎士服には血液で出来たシミがある。
「怪我はしていないんだよな?」
「大丈夫だ。クロヴィス。これはハーピーの血だよ。やはり討伐はリオに向わせなくて良かった。上半身の見た目が人間の女だからな…魔獣の討伐とは受ける衝撃が違っただろう。俺は着替えてくるから、明日の会議の準備を頼む。」
「あぁ。分かった。」
レオナールは自室へ向う廊下を歩いて行った。
身支度を調えて待っていると、再びノックの音がした。
「はい。今行きます。」
里桜が扉を開くと、そこにはレオナールが立っていた。
「陛下。」
「入っても良いか?」
「えぇ。あぁ。はい。」
突然のレオナールの訪問に里桜は驚いていた。何よりも里桜が戸惑ったのは、討伐へ出たとは思えないほどにこざっぱりしている事だった。
「陛下。魔物の討伐には行かれなかったのですか?」
「いや、行った。きちんと退治してこうして無事に帰ってきた。」
二人は部屋の中央で立ったまま話をしている。
「私は煤だらけの薄汚れた格好だったのに。本当に討伐へ行きました?随分キレイじゃないですか?」
「それでリオはそんなぼんやりした顔しているのか。少し汚れすぎたからな、着替えを済ませてきた。」
「あぁ。そうだったんですね。」
「本当に…必死の思いで退治してくれば、そうやって…本当に予想外だな。」
里桜は一瞬考えを巡らせて、
「無事に帰ってきて下さって、本当に良かったです。」
「あぁ。」
「ご無事で本当に何よりです。」
レオナールは一度だけ里桜を抱きしめると、そのまま部屋を出て行った。
里桜は放心してその場に立ち尽くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます