第100話 街歩き 終

 お会計を済ませ外に出ると、


「あなた、プリズマーティッシュから来た渡り人ね。」


 里桜は声の方向を振り向いた。


「貴族の顔を見るとは、礼儀もなってない。他国から来た人はこれだから。」

「この無礼さは、他国ではなく、異世界だからではございませんか?」

「あらっ、そうでございますわね。」


 さげすみ笑う女性に、後ろから突然声をかけてきたのはそちらなのに、無理を言うなと内心思う。


「大変申し訳ございませんでした。」


 里桜は俯いて話している。


「あなた、渡り人とは言っても爵位すら頂けていないんでしょ?それって役立たずって事よね?礼儀は知らない、渡り人として役に立たない…はぁー。あなた何のためにこの国へ来たの?あちらの王とはダメだったからと言って、この国に移住して、王太子に見初めてもらう気なら、あの国でちゃんとした結果を残さないとここではそんな態度では認められないわよ。女としてもね。」


 せせら笑う声を里桜は、俯いたまま黙って聞いていたが、騎士のベルトランは思わずサーベルに手をかけた。


「そちらの騎士は、自分たちの立場が分かっていないようね?」


 過剰すぎる装飾のドレスを着た女性は、そう言うと手のひらに火の玉を作って、それをベルトラン目掛け飛ばした。

 しかし、その火の玉は、ベルトランの所へ来る前に何かに弾かれた様になって消失した。その場にいた一同がそれを呆気にとられた様に見ているが、里桜の顔には怒りがこみ上げている。その緊張を察したベルトランは里桜へ話しかける。


「リオ様。私の未熟さゆえの行動で、申訳ありません。」

「ベルトラン、良いの。どんな理由でも、魔力を使えない者相手に魔力を使うのは間違ってる。私はそれが許せない。」

「リオ様。」


 ベルトランは諫める様に名前を呼んだ。


「ごめんなさい。でもこの国の貴族のご令嬢は魔力を使えない人間にも魔力を使って攻撃して良いと教わっているみたいで。私とは少し見解の相違があるみたい。これは今後のためにもきちんと話し合っておかなくちゃいけないと思う。」


 里桜はドレスの女性を真正面から見つめて言う。


「さっきからあなた、私が誰か分かって言っているの?」


 昨日の奇妙な茶会で一際目立っていた彼女の事を、アナスタシアに聞いていた。彼女は王太子妃候補の一人であったが、決まったのは二歳年上のジュリア様だった。慣例から言うと同い年の彼女の方が有力だと言われていただけに、ジュリア様に決まった時は随分と荒れたらしい。


「アウローラ・ロペス様。お父上はエミリオ・ロペス伯爵でよろしいでしょうか?」

「分かっていながら、私にこの態度とは…」


 女性はさっきよりも大きい火の玉を手のひらに出した。すると、空中から突然、縦一直線に水が落ち、真下にあった火の玉を消した。それを見た誰もが目を疑ったが、アナスタシアだけは見覚えがあった。


「リオ様、魔術がお使いになれますの?」

「さっき、無意識に魔壁を張ったら、火の玉を防げたから。私はこの国でも力が使えるみたい。」


 我に返ったアウローラは濡れた手を見て、冷たいだ何だと声を張り上げる。

 ‘火の用心’の標語を思い浮かべ、消火ホースから水が噴き出すのをイメージしてやろうかと思ったけど、それじゃアウローラもその取り巻きも水浸しになって、それはさすがにかわいそうだから蛇口からにしてあげたのに…有り難く思って欲しい。


「リオ様。どうなさいましたか?」


 声をかけてきたのはリュカだった。


「アウローラ様と見解の不一致があって、少しお話をさせて頂いていたの。何でもないのよ。」


 リュカの登場で彼女たちは黙ってしまった。


「リュカ、アウローラ様の手を濡らしてしまったの、ハンカチを貸して差し上げて。」


 リュカは返事をしながら、自分のハンカチを差し出す。


「アウローラ様、私ごときが生意気な態度を、大変申し訳ございません。」


 アウローラが、怒りを露わにして里桜を睨んでいるので、リュカは何かを察した。


「アウローラ嬢、もう今日は良いだろうか?次の予定のために、もう移動しないといけないんだ。もし、リオ様とお話しがあるならば、今夜の舞踏会で。」

「はい。」


 リュカが登場してしまっては、彼女たちに返す言葉はなく、そのまま踵を返して行ってしまった。

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