第99話 街歩き 1

 翌日、里桜たちはダハブの街へ出た。貴族の様な姿で歩くと、街の人々は顔を上げられなくなるとリュカが言うので、質素な格好で歩くことにした。

 里桜が街へ出ることはこの国の誰にも止められなかった。そう言った面では無関心も有り難く思える。

 今回の外遊には、第二団隊、第二中隊の小隊が二つ随行している。一つはヴァレリー率いる第三小隊、もう一つはコンスタン率いる第七小隊だった。

 今日は第七小隊のベルトランとリュカ、リナとアナスタシアの四人、里桜を合わせて五人で街へ出た。午前中はゆっくりダハブの街を見て、午後はリュカが手配してくれた、醤油蔵直営のお店と米農家を見学させてもらう事になっていた。


「リュカ。香ばしいお醤油の香りがする。何?何を焼いてるんだろう。」

「本当に醤油がお好きなんですね。」

「うん。凄く好き。良い香り。お腹が空く香りだよね。」


 里桜が香りにつられる様に歩いて行く、少し歩いた所に、食べ物を売る屋台が連なる場所があった。


「この国の平民はあまり家で食事を作ることをしません。魔力がある人間がとても少ないことと、火を起こす魔道具が年々高騰している事が理由です。そう言う訳で、屋台にはとても多くの種類がありますから、ゆっくりご覧下さい。」


 屋台の列を何度も往復をして、里桜は結局、牛串焼きの醤油だれ味と焼きおにぎりらしきものを買った。他の四人も各々選んだものを買い、設置されていたテーブルに広げた。


「私はこんな風にご飯を食べるのは、元の世界でよくやっていたから、久し振りでとても楽しいけど、アナスタシアやリュカには馴染みがなくて嫌だったかな?」

「いいえ。私も幼い頃に馬車から人々が楽しそうに公園や、出店で食事をしているのを羨ましく思って見ていました。この年になってこんな経験が出来ると思っていませんでしたのでとても嬉しいです。」


 リュカは優しく笑った。


「私も、学院生時代、同級生たちが町場で寄り道をしていたのを羨ましく思っていました。誰も私には声をかけてはくれなかったので。こうして食べるのはとても楽しいです。」


 アナスタシアも同じく笑った。


「なら、良かった。天気にも恵まれて。ここはプリズマーティッシュより涼しいね。」

「はい。プリズマーティッシュの王都より北東にありますから。いくらか涼しいと思います。今日伺う米農家では苗を田に植えるのを見学できるそうですよ。」

「田植えを見られるの?田植体験はないのかな?」

「申訳ありません。そのようなものはお願いしていないので。」

「いいの。ごめんなさい。ただの思いつきだから。」


 六人は買った昼食を平らげ、再び街を散策する。



∴∵



 里桜たちは土産を選ぶために雑貨店などが並ぶ区画に来ていた。


「リオ様、私は少し離れてよろしいですか?実は懐中時計が壊れていたのですが、プリズマーティッシュでは直せないと言われて、修理依頼をしたいので。」

「わかった。私たちはこの辺りの雑貨屋さんを見ているから、ゆっくり行ってきて。」

「ありがとうございます。」

「気を付けて。」


 里桜は手を振ってリュカを見送った。そして、目についた店に入ってみる。


「アナスタシア、ジョルジュへのお土産はこれなんてどう?」

「ジョルジュさんはリオ様からのお土産なら何でも感激すると思いますよ。」

「それじゃダメ。ちゃんとジョルジュが使ってくれるか、心から喜んでくれるものじゃないと。」


 アナスタシアは真剣に悩む里桜を微笑ましく見守る。


「これは、何かな?」

「エシタリシテソージャ独自の皮の靴です。この国は鞣し革の技術が高く、柔らかい履き心地の靴になっているようです。」


 モロッコのバブーシュの様な物がずらりと並んでいる。


「装飾も本当に綺麗ね。」

「刺繍の技術も高く、民族柄の刺繍が特に有名です。」

「ジョルジュにはこの靴にしようかな。」

「それは、よろしいですね。」

「足に合わない木沓を履いていて、痛そうだから。これで過ごせば靴擦れも少しは軽くなるはずよね。装飾が大人しいものであれば、気に入ってもらえるかな。」

「そうですね。」


 里桜はサイズの大きい男性用と思われるものの中から、綺麗なブルーの地にエシタリシテソージャ伝統柄の刺繍が施された靴を選んだ。


「これに決めた。」

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