第98話 謁見 終
里桜は午餐会の後席にいた。里桜やアナスタシアは公賓として招かれているので、後席に参加することが出来るが、それ以外の招待客の女性は後席に参加することを許されていない。
「ウルバーノ様が調べさせたところ、レオナール王と結婚するのはもう一人同時に召喚された救世主のようだ。」
「本当か?」
「あぁ。そちらはお披露目の舞踏会で王の婚約者である証の王の色を着てレオナール王に伴われて現れたらしい。」
「渡り人とは言え、こちらの国に来たら魔力のないただの人だ。魔力も爵位もなく、あちらの王と結婚するわけでもないただの小娘を寄越すとは…。まだ男ならばこの先政治に関わることもあるかもしれんが、女に何ができる。あの国は未だに我が国を下に見ているのか。随分となめられたものだ。」
「異世界人など、我が国のような高尚な文明など期待できぬ世界の素性の知れない人間だ。魔力が強いから重宝されるだけで、それがなければただの役立たず。しかも、王との子を産むわけでもない女になんの価値がある。」
「こんな午餐会に呼ばれて、こちらも迷惑だ。時間の無駄ではないか。」
「そうだ。こちらは王太子殿下主催で断わることなど出来ないのに。」
里桜が後ろを通っていることに気が付いていないエシタリシテソージャの貴族は、ため息交じりに大声で話している。
国境を越えて数日、この国で嫌と言うほど感じたのは、過度な貴賤意識と女性蔑視に異世界への意味不明の偏見。そんなもん、魔術が使えたらあの脂ぎったおっさんを燃料にして火に焼べてやるのに。今の会話を動画撮って‘#アンコンシャス・バイアス#火に焼べたいオヤジ’で晒してやろうかっ。
心で悪態をつきながらも背筋を伸ばして笑顔で振る舞えるのは、国にいる時に一生懸命頑張った淑女教育のおかげだろうか。
「カンバーランド公爵令嬢も噂ではウルバーノ王太子の側妃になる人物だから公賓として呼んだと聞いていたのに、うんともすんとも言わぬ。何と可愛げのない。」
「私もです。リュカ様にご紹介いただいたのに一言もしゃべろうとしない。何が不服なのか知らんが、何か気にかかる事があっても笑って話す位の可愛げがなければ、側妃になったら王太子妃殿下と争うような事になるかもしれん。」
「あのような女では殿下も気苦労されるだろう。」
私の大切な侍女が側妃?けっ。誰が渡すものですか。この燃料オヤジ。
「リオ様、本当に申し訳ありません。」
「リュカがなぜ謝るの?謝らないでいいよ。」
「しかし、リオ様はきちんとプリズマーティッシュからの公賓としてこの国に来ています。このような扱いが適正だとは言えません。」
この国では、目下が話しかけてはいけないから、爵位のない里桜からは話しかけられない。そして向こうからも話しかけてこない。リュカが気を利かせて誰かに話しかけても里桜の存在はないものとして扱われている。だから里桜はずっと自国の人間としか話せていない。それにも関わらず、ずっと聞こえるように噂話をされているのだ、燃料として燃やしたくなっても許して欲しい。
「私、外交特使としては完全に落第だね。帰ったら陛下に謝らないと。」
∴∵
いくつもの丸テーブルが配置され、部屋の上座になるところに例の高御座の様な物が二つ設置されていた。一つは鮮やかな青色で縁取られた天蓋がかけられている物、もう一つは橙と黄色の中間色の様な色で縁取られた天蓋がかけられた物。
「あそこに、王太子妃殿下と王女殿下がお座りになっているようです。青色が王太子妃殿下、黄色が王女殿下だそうです。」
隣に座るアナスタシアが小さな声で話しかける。
「妃殿下はジュリア様と言ったけ?」
「はい。」
この国では、王族の尊顔を拝することの出来るのは貴族だけ。平民はお言葉も全て従者伝いに賜る事になっている。
本来、王太子妃の主催する茶会に平民が出席することなどないが、隣国から爵位を持たない公賓が来てしまったから、この奇妙な形式での茶会が開催される事になった。
「数年前までは、侯爵より下の爵位も直接お目にかかることが出来なかった様なのですが、今の妃殿下が伯爵家のご出身という事で、王太子が慣例を変えたそうでございます。」
「あぁ。妃殿下になったら父母とも顔を合わせられなくなってしまうからね。」
「はい。」
「意外に人間味のあるのね。」
里桜はアナスタシアに笑いかけた。
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