第96話 国境 終
国境を越えてから六日目、やっとエシタリシテソージャ王都近くの街へ着いた。昼食がてらの休憩を各々で取って、馬車が走り出したのが正午の鐘が鳴る前だった。
「本当に長い旅でございましたね。あと九㎞弱で王都のダハブに到着します。宮殿には十五時に付く予定になっておりますが、その前に王都の宿を借りてお召し替えすることになります。」
「本当にこの国は格式や作法にうるさいのね。陛下なら私がエンパイアドレスを着ていようがパニエで形作ったドレスを着ていようが何も言わないのに。」
「そうですね(それは…陛下はリオ様が何を着ていても、リオ様に会えればそれで良いからです…)。」
「それに、最初の一言を目下から話しかけてはいけないって…向こうが私に用事があっても私が話しかけるまで話せないのっておかしくない?結局こちらが相手の顔色うかがって聞いたりしなくちゃいけないの。正直面倒。」
∴∵
馬車が止まった。しかし、エシタリシテソージャの御者からは話しかけてこない。
「シモネ、着いたの?」
「はい。お宿に着きました。開けてよろしいでしょうか。」
「えぇ。お願い。」
扉は開き、またも豪華な金で装飾された建物があった。初老の男性が近づいてくる。
「宿の方?」
「はい。支配人をしております、ベニートです。」
「そう。お部屋を少しの間、借りますね。」
「はい。承っております。ご案内致します。」
通されたのはウォールナット材のような重厚感のある木材に黄色の絨毯が落ち着いた雰囲気の部屋だった。
「ありがとう。ベニート。」
「何か御用があればお呼び下さい。それでは失礼致します。」
部屋の中心にあるテーブルにはバスケットに入った花があった。随分部屋の雰囲気に合っていないと思えば、花はレオナールからのものだった。
「リオ様、宮殿へ伺うお時間まで少し余裕がございますから、横になられますか?」
「そうね。そうする。少し疲れたみたい。」
∴∵
「んー。コルセットが…みんなに甘えずもう少しちゃんとしたドレスを着る機会を作っておくべきだったかも。」
「リオ様は、締め付ける服装が苦手でいらっしゃいますからね。」
灰色が入った柔らかい雰囲気の青色に、白のレースと刺繍がふんだんにあしらわれたドレスはレオナールからの贈り物だった。
「どうも、日本人顔の私にこのボリュームあるドレスは似合わない気がするし…動きづらいし。」
「それでは、参りましょうか。」
「そうね。」
「リオ様、私はこちらでお別れとなります。」
リナに言われたが、どんな意味なのか分からない。
「リオ様、こちらの宮殿は貴族しか立ち入る事が許されていません。」
「なら、私も。」
「リオ様は、陛下からのご下命でこの国に来ておりますので。」
「私の侍女なのに?」
「はい。陛下が一番心配されていたのはこの国のこう言った慣例のことなのです。」
出発前に皆が心配していた、この国の貴賤意識の強さ。日本で生きていた私にとって違和感しかない貴族制度だってこの世界では当たり前の事で、一度植え込まれた意識が抜けるのには時間がかかる。それに貴賤意識自体もこの世界では間違った価値観と言う訳でもない。
私が側妃も子もいるレオナールの愛情を素直に受けられないのと一緒で、誰が間違っていると言う問題でもない。
いっそ、その価値観に染まってしまえばもっと楽になれるのに。言葉は話せたり、書いたり出来たのだから価値観も合わせておいてくれれば色々楽なのに。
「わかった。リナ、少し別行動になってしまうけど、気をつけてね。」
「はい。ご一緒出来ずに申し訳なく存じます。」
「リナは謝らなくていい。それじゃ、いってきます。」
「はい。お気を付けて。」
馬車が宮殿の馬車回しに到着し、里桜が降りると一段と装飾が華美な建物が目に入った。
「金閣寺って一棟だけだから素敵に見えるのね。京都中があれだったら胸焼けしてたかも…。」
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