第95話 国境 2

 翌日の昼前に国境まで着いた。アナスタシアが言っていたとおり、旅で国境を越える者は少ないらしく、里桜たち一行以外は関所にはいなかった。まず、国内の検査を受け、その後、エシタリシテソージャの検査を受ける。


「ようこそ、エシタリシテソージャへ。」


 里桜たちの馬車が通り過ぎるときに、端然とした姿の騎士が挨拶をする。

 関所を越え少し走っていたところで、


「リオ様、お加減悪くはないですか?」


 アナスタシアに突然問われた。


「いいえ。私は大丈夫…アナスタシア少し顔色悪いんじゃない?」

「少しすれば治ります。前に陛下から聞いたことがあるんです。魔力が強い者が国境を越え魔力がなくなると、馬車酔いをしたときの様になると。でも体が慣れると回復するらしいので。」

「アナスタシアは魔力が強いから、反動みたいなものも強いのね。無理しないで、隣のリナに寄りかかって休みなさい。」


 リナは頷いて、アナスタシアを自分の方へ引き寄せる。


「リナは大丈夫?」

「私はなんともございません。」

「なら良かった。でも、私もなんともないのはどうしてなんだろう?まぁいいか。」


 カーテンを開け、外の騎士に合図しいて止まらせた。近寄ってきた騎士に話しかける。


「クリストフは、具合悪くなっていない?」

「はい。大丈夫ですが…。」

「アナスタシアが気分が悪いらしいの。どこか休憩できるところを見つけて。あと他に具合が悪い人がいないか聞いて。特に魔力が強い人を中心に。」

「はい。分かりました。」



∴∵



「申訳けありません。リオ様。」

「ううん。仕方ないことだから、気にしないで。」


 木陰で休んでいるアナスタシアに笑いかけた。騎士たちが集まっている方へ歩いて行く。


「気分の悪い人に水は行き渡った?」


 里桜が問いかけると、具合の悪そうな騎士たちは、水筒を掲げて返事をする。そこに湿気を含まない爽やかな風が吹いた。


「こんな野原があるなんて風が気持ちいい。」


 里桜が振り返るとここへ案内してくれたリュカ本人も真っ青な顔で休んでいる。


「気分が悪くない人は、ここでご飯を食べてしまいましょう。ご飯食べる人はちゃんと風下へ行ってあげてね。食べ物の匂い嗅いだら余計具合悪くなるかも知れないから。」


 元気な騎士が途中で買った食事を配り回る。里桜はリナが広げてくれているブランケットに腰を下ろした。


「こんな風に食べるのは本当に久し振り。子供のころ振りかも。」

「ピクニックですか?」

「ううん。学校行事。学年全員で学舎とは別の場所へ少しだけ遠出をするの。山に登ったり、ハイキングをしたりして皆でこんな風に食事して帰るの。学校の机に座って勉強するよりずっと楽しくて大好きだった。風を感じるのって気持ちいい。ねぇ、リナあの木は何の木?可愛い花が咲いてる。キンモクセイに似てる白い花。」

「あれはオリーブだと思います。」

「さすがは王宮庭師の娘さんね。こんな遠くからも分かるのね。」


 里桜とリナは微笑み合う。


「花言葉は平和と知恵です。二月の建国記念日に女性から男性へ白い花を渡す習慣があるのですが、勝利の象徴でもあるオリーブは、騎士様に渡す花として、とても人気があります。しかし、二月にはオリーブの花は咲いておりませんし、咲いていたとしてもすぐに散ってしまうので、建国記念日前はオリーブの花をモチーフにした小物が沢山売られるんですよ。」

「そうなの。こちらへ来て一年経ったけど、王宮の外に出なかったから、町の事を何も知らないままになったみたいね。」

「リオ様は、この一年沢山の事を学び覚えていらっしゃいました。まだ、一年でございますよ。知らない事があるのは当たり前でございます。」

「ご心配おかけしました。だいぶ調子が戻りました。」


 アナスタシアが、やってきた。


「ご飯は?食べられる?」


 言った後に騎士が買って来たのは、肉がたっぷりと挟まったピタパンの様な物だとわかり、


「あっ。結構量があるね。食べるのは後の方がいいかも。座って休んで。」


 アナスタシアは頷いて、リナの隣に座った。


「今日はハッドって所に泊まるんだっけ?」

「はい。アーダプルと一緒で国境付近の街と言うことで大変賑わっているらしいですよ。」

「楽しみね。」

「そうですね。」



∴∵



 ハッドに着いたのは、夕方だった。


「宿まではあと少しだそうです。」

「ねぇ…この国って。」


 里桜は休憩をしていた草原から、街に入ってプリズマーティッシュとの違いをすぐに感じた。


「馬車が全て通りきるまで顔を伏せていないといけないの?」


 先頭を行くリュカ、護衛の騎士、里桜の乗る馬車、随行員の馬車、護衛の騎士、荷馬車に至るまで全てが通りきるまで町人はその場に立ち止まり、顔を伏せてじっとしている。


「この国では貴族の乗る馬車に顔を向けてはいけないのです。」

「正しくは私は貴族じゃないんだけど…。」

「馬車には紋章が付いており、格としては最上級の物になりますから。」

「私は紋章付馬車を造ると聞いて反対をしたけど、叙爵されていない身分が不安定な私に対する陛下やシド尊者やロベール尊者の配慮だったのね。」


 そのまま暫く馬車が走り、止まったのは瞬きすらも忘れてしまう様な豪華な建物だった。


「金閣寺を初めて見る外国の人の気持ちが分かった気がする。」


 プリズマーティッシュの騎士団棟も装飾が華やかだと思っていたが、これは…そう成金的と表現するのがしっくりくる。


「今日はよろしく頼みます。あなたが支配人?」

「はい。支配人のイレールと申します。ようこそ、おいで下さいました。レオナール王よりご連絡頂いております。数ある宿の中からこちらを選んで頂きましたこと、光栄に存じます。」


 礼儀正しい挨拶を受け、部屋まで案内を受ける。


「こちらでございます。」


 通された部屋は壁紙も絨毯も赤紫で所々に金の装飾が施されている。


「ありがとう。イレール。」


 イレールは、にこやかに笑って、部屋を出て行った。


「これで、やっとエシタリシテソージャに入国できたけど、王都のダハブまではあと百四十㎞か。早く醤油蔵を見学に行きたいけど…王子に謁見してからじゃないとダメなのね?」

「そうですね。まず、ご挨拶してからではないと。」


 里桜は、ため息を吐いた。

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