第21話 転生十八日目

 翌日は、神殿で魔術訓練の後、アナスタシアが推薦したジゼル嬢の茶会へ出席した。アナスタシアにとってもジゼルは昔から仲良くしている令嬢の一人で、里桜の教育係を務めている関係で茶会に同席することにした。



「それでは、アナスタシア様は神殿にお仕えになる予定ですの?」

「えぇ。父が尊者をしておりますし、新しく渡り人のリオ様も神殿にお仕えになると言う事でしたので、良い機会かと。」

「私、アニアお姉様のお話大好きでしたのに。気軽にお茶のお誘い出来なくなりますわね。」


 寂しそうにそう話すのは、今回のお茶会の主催者、レオタール伯爵令嬢ジゼル。


「そんな事より、せっかくですもの、ジゼルが最近読んだ本のお話聞かせて頂戴。」


 アナスタシアのその一言で、お茶を囲んでいた里桜とアナスタシア以外の四人が微妙な顔つきをした。そして、どうやらその原因は里桜らしかった。


「あらっどうなさったの?何かございまして?」


 アナスタシアがジゼルと里桜以外の三人に目を配る。アナスタシアは目が合った少女ににっこり笑った。おずおずと口を開いたのはボラン子爵令嬢アルーヌだった。


「実は…私たち異世界のお話が聞きたかったので、救世主トシコ様にもお茶会のお誘いをしていまして。エマ様のお茶会へ来て頂けたのですが…」

「ジゼル様が、その時読んでいた小説がとても面白かったらしくて、夢中になってお話をしてしまいましたの。私たちも知らない本で、読んでみたいって話していて…」


 そのお茶会の主催者だったクルベール伯爵令嬢エマが続きを話す。


「そうしましたら、救世主トシコ様が、ジゼル様の話はつまらないと仰って帰ってしまわれました。」


 お茶会の正式作法はまだ勉強中だが、招かれて出席したのに、会話が合わないからって帰るって…しかも、としこさんは彼女たちより年上。やることが少し子供っぽ過ぎではないだろうか。


「私は、本を読む事が好きですよ。異世界でも沢山読みました。この世界へ来て間もないので、こちらの本はまだ、沢山は読めていませんが、子供向けの童話などは少し読みました。大人になって読んでも奥深いお話もあって、飽きません。もしよろしければ、小さい頃に好きだった童話など、おすすめのものがありましたら、お聞かせ願いませんか?」

「本当ですか?」


 ‘何をお読みになったのかしら?’‘それならば、私も読みました’と目を輝かせてジゼルは話す。その姿をアナスタシアも里桜も微笑ましそうに見守った。

 ジゼルは十九歳にしては、端々に少女っぽさが残る。しかし来年には洗礼式後に婚約した侯爵家の嫡子と結婚を控えている。

 伯爵家は後に弟が世襲する事が決まっていて、彼女はこの伯爵家を盤石にせんと侯爵家に嫁ぐ、十分にその責務を感じながら。そう言った側面では、日本の十九歳より遙かに大人だ。


「“傲慢なニワトリ”って誰もが知っている童話なのですね。」

「はい。小さい頃、皆さん一度は聞かされています。」

「でも…王宮の図書室にはないと思います……多分。」

「そうですよね。」

「我が家の書庫にもございません。残念ながら。」

「この話は本で読むと言うよりも、寝物語として、口伝えで聞く事も多いと思いますわ。」

「私が育った国には図書館と言う公共の施設があって、本を貸し出してくれます。そう言う施設があれば、絶版された小説や、小さい頃に読んだ童話も気軽に読めるんですけれどね。」

「おいくら位で読めますの?」

「お金は取りませんよ。無料です。でも、借りて帰るには登録が必要で、その施設がある地域に住んでいるか、そこで働いていたり、学校に通っている人だけなんです。その地域の税収で運営しているので。」

「それは、そんな公共事業もあるのですね。」

「伯爵領がもう少し豊かならば、我が家の蔵書でやってみたいですけれど…。それに父は女が仕事に口を出すのを嫌がるので、きっと話を聞いてくれませんわ。」


 叱られた子どもの様な顔をしてジゼルは話した。


「ジゼル様、そんなお顔なさらないで。ジゼル様が、伯爵領を住みやすく、豊かにしたいと言う気持ちは今日初めてお目にかかった私にも十分に伝わりました。そう言う気持ちさえあれば、伯爵家でも侯爵家でも役に立つ日がきますよ。そのための力を蓄えるという意味でも、本を読み、知識を得る事は重要だと私は思います。」


 ジゼルは、花のような笑顔で里桜を見た。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろ帰る時間となった。アナスタシアは公爵家の馬車に、里桜は王宮の馬車に、それぞれ乗り込もうとしたとき、見送りのジゼルは、里桜の手をしっかりと握った。


「聖徒のお仕事をされると聞きましたが、お時間あるときは是非またお話しさせて下さい。」

「えぇ。こちらこそ。私の住まいにもいらして下さい。心ばかりですが、おもてなしさせて頂きます。」



「トシコ様、マクロン商会のサミュエル様がいらっしゃいました。」


 ジェラルド伯爵の娘婿サミュエルは慣れた様子で、ソファの横まで歩いてくる。


「いつも、ありがとう。それで、この前お願いした宝飾品は見つかりまして?」

「お眼鏡にかなうかどうか…」


 そう言いながらサミュエルが出してきたのは、日本ではお目にかかった事もないような大粒のルビーの付いたネックレスだった。


「まぁ。これなら、ドレスにも合うかしら。デコルテが綺麗に出ているデザインだから、石は大きい方が良いでしょ?」


 サミュエルはにやけそうになる口元を、ティーカップで隠す。


「いつもながら、芳醇な香りの茶葉ですね。こんなお茶を出して頂けるお宅はなかなかございませんよ。」

「あらっそう?いつも良い物を持ってきて下さるから。ほんのお礼の気持ちです。」

「これからも、良い物はまず、救世主トシコ様にお持ち致しますので。」

「そんな…今回は舞踏会のためにと、ハワード侯爵とジェラルド伯爵に甘えてしまいましたが、毎度甘えるわけにはいきませんもの。」

「いいえ。その義父ちちより、救世主トシコ様のお気に召す品物をお渡しするようにと言われておりますので。」


 紫が強く石の品質自体があまり良いとは言えないただ大きく掘削されてしまった石は、高額になってしまうだけに貧乏貴族には購入できず、目が肥えている高位貴族には人気がない。見栄を張りたいだけの子爵辺りが買うこともあるが、買わせるようにするにも骨が折れる。大きいだけで‘良い石’と思い込んでくれる利子はサミュエルにとって良い客だ。そこでサミュエルは気付く。


「救世主トシコ様のエスコート役は陛下ではございませんでしたか?」

「ええ。そうです。だから、この真っ赤なルビーがどうしても欲しかったの。サミュエル様が用意して下さった仕立屋にも深紅のドレスをお願いしていますの。なかなか好みの色にならなくて何度もやり直しておりますけど。」


 サミュエルは、唖然とした。王には各々にカラーがあり、今上王は深紅。エスコートをされていないのなら、色を身につけること自体には問題はないが、エスコートされている女性がその王のカラーを身に纏うと言うことは、正妃であるか、正式な婚約者であると示している事になる。

 これは社交界デビューをする子どもにまず親が教えることで、今上王が深紅を選んだ時から、社交界では万が一の騒動を考えてこの色を着る者はいなくなった。

 今上王は未だ正妃はいなく、渡り人を王の正妃にと言う動きがあることも確かではある。だから義父からも彼女に取り入る様に言われているのだが・・・とは言え、さすがにそれは先走りすぎではないかと、サミュエルは思った。


「陛下に一度当日の衣装をご覧に入れないのですか?」

「当日に驚いていただこうと思って。」

「そうですか・・・。それは陛下も驚く事でしょう・・・。」


 サミュエルにとって利子は良い客だが、同時に危うい性質を持つ客だという事が分かった。いくら義父に言われてもこれからの付き合いは慎重に行った方が良いと、商売人としての勘が働いた。

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