第20話 転生十七日目 終

「初めての神殿でのお仕事、いかがでしたか?」


 神殿から王宮に繫がる廊下を歩きながら、リナは問いかけた。


「仕事と言うより、魔術の練習です。何だか、沢山の水を出しました。」

「それでは、今日は王宮の使用人たちもほんの少し楽が出来ますね。」

「えっ?」

「魔術のある世界とはいえ、皆が無尽蔵に水を出せたりするわけではございません。大量の水が出せるのは、魔力が強力な方だけ、そうなると貴人となりますから、生活水を出すために働いては頂けません。そうなると、生活水は、湧き水をくみ取ったり、井戸やため池などを頼ることになりますから。水汲みは専任が居るほど重労働なのでございます。ですから少しだけ皆が楽を出来ます。」


 “人々を幸せにするのは聖徒の大切な仕事です。”とリナは笑った。


「トシコ様のお茶会に遅れてしまいますので、急いで寮へ戻りましょう。」

「そうだった。すっかり忘れていました。」


 王宮の馬車回しに出ると、いつもの御者も馬車もなく、王家の紋章付きの豪華な馬車と見慣れない御者がいた。


「渡り人リオ様。救世主トシコ様が離宮にてお待ちですので、どうぞ。」

「私、仕事着のままですので、一度部屋に戻って支度をしてから伺います。」

「救世主トシコ様より、そのままご案内するように言われておりますので。どうぞ。」


 御者に促され、一瞬リナを見るが、小さく頷いたので、そのまま二人で馬車に乗り込んだ。



「お久しぶりね、リンデルから聖徒として働き始めたって聞いたけど、その服…地味ね。聖徒の制服?」

「えぇ。お迎えありがとうございます。ただ、部屋に戻って着替える時間がなかったので。このままでお茶会に来てしまいました。」

「まぁ。お茶会には地味だけど、二人きりだし、私は配慮が足りないなんて思わないから。気にしないでね。」


 利子は、深めのラウンドネックに白襟が付き、灰白がかった明るいオレンジの地に銀糸で刺繍が施された豪華なドレスに身を包んでいた。


「それで、お仕事の方はどう?」

「うん。まだ、初日だし。慣れてもいない。」


 先日、クロヴィスが来た際に、里桜が虹の魔力がある事を知っている人間以外に、神殿での話は控えるように言われていた。なので、魔術の訓練の事などは言わずにいた。


「午後のお仕事はないの?」

「えぇ。しばらくは。」

「舞踏会の準備はどう?」

「うん。ダンスレッスンが思うように出来ていなくて、今日も出来ないし。まぁ、とにかく参加だけすれば良いって言われているから。」


 里桜は遠慮がちに部屋を見渡した。


「とても広いでしょう?」

「えぇ。私なら落ち着かなくなりそうな広さ。それに、装飾の全てが高級そう。暴れるつもりはないけど、私なら歩くのさえビクビクしちゃいそう。としこさんは慣れたの?落ち着ける?」


 利子はクスッと笑った。


「だってここに住んでいるんだもの。当たり前でしょう?今はここが私の家よ。高級な物に囲まれると、自分自身が高められるものでしょう?」

「あぁそうね・・・。ならいいけど。」

「それは、そうと。あなたアル様にエスコート頼んだの?」

「アル様?」

「アラン様よ。」

「あぁ。バシュレ幕僚ではなくて、オリヴィエ参謀に。」

「ふーん。でも、彼年下に国軍トップの地位も取られているみたいだし。こういった調度や芸術品もそうだけど、人も自分を高めてくれる一流の人といないと・・・だめじゃない?彼、平民でしょ?」


 利子に“何が言いたいの?”と感情的に聞いてしまいたくなったところをぐっと堪える。リナを見ると特に顔色は変わっていない。


「いいえ。男爵の称号を賜ってると聞いたけど。生まれではなく、自らの能力で。としこさんや私のように現代日本で育った人間としては、そちらの方が魅力的に映りません?」


 利子の方を見ると、黙ったまま里桜の方を見ていた。


「私だって別に貴族制度の全てを否定はしないし、そう言う世界に来てしまったのだから従うつもりですけど。ましてやこの制度を変えてやろうなどとも考えませんけれど。それで、としこさんはオリヴィエ参謀について何が言いたいの?」

「いいえ。別に。ただ、彼に舞踏会へ出席する資格があるのかな?って思って。」

「あらっ。私のパートナーの心配をしてくれたのね。ご親切に。でも大丈夫。ちゃんと招待は受けておりますから。ありがとう。」


 何とも言えない空気が漂ったまま、その日のお茶会は終わった。

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