第22話 転生二十日目
「フルール様、初めてお目にかかります。私、渡り人の里桜と申します。」
里桜は訓練の甲斐が見える綺麗なカーテシーをした。
「まぁ。渡り人様、そんなご挨拶は・・・私の方こそ、しなくてはいけません。」
「いいえ。私は、爵位を賜っているわけではございませんし、後見人がいるわけでもございませんので。これが男爵家ご令嬢への正しいご挨拶です。」
姿勢を戻してから、にっこりと笑う里桜に、フルールも同じように笑う。
「どうぞ、おかけになってください。アナスタシア様も、こちらへどうぞ。」
そう言うと、自らティーカップにお茶を注ぎ、アナスタシアと里桜に配った。
「冷めないうちにどうぞ。」
里桜は、カップの中を見て、少し驚いた。
「香りを嗅いだ時も思ったのですが、この茶葉は普段のお茶と製法が違い、発酵させていないお茶ではございますか?」
フルールは目をまん丸にして驚く。
「そうです。父が異国の船から頂いた物で、この地では珍しいので、お出ししたのですが、どうして、おわかりに?」
「私が、こちらに渡る前、私の育った国ではこれが一般的な製法だったのです。小さな頃から飲み慣れている味なので、本当に懐かしく、とてもうれしいです。」
「そうでしたの?それは、存じ上げませんでしたが、喜んでいただけて良かったです。」
フルールは優しく笑う。
「私たちの国は、これを緑茶と呼んでいて、米を粉にし蒸して薄く成形したものを乾燥させて焼き上げ、豆から作った調味料で味付けをした‘せんべい’と言うお菓子と合わせたりします。」
「米を人間が召し上がりますの?」
「えぇ。あとは、粘り気の非常に強い米を粒がなくなるまで潰した‘餅’というものもありまして、それは新年などに良く食べます。」
「雑穀がお好きなお国なのですね。」
「えぇ。私は毎食米でした。こちらで作っているのとは少し品種が違うのですけれどね。」
そう言っている間に、フルールは一杯目のお茶を飲み干し、二杯目を注いだ。同じようにアナスタシアも飲み干したので、アナスタシアにも注いだ。二人して、二杯目は砂糖を入れた。
「アナスタシア様、このお茶はもう少し濃い方がミルクと合いますかしら?」
「えぇ。確かに。その方がお砂糖とミルクに合いそうですわ。」
「リオ様のお国ではどのように飲むのがお勧めでしたか?」
「実は・・・国では一般的には砂糖も何も入れずに飲みます。普段の発酵した茶葉よりも低温のお湯で淹れて、苦みを抑えるんです。」
「そうでしたの?知らずに、いつもの温度で淹れてしまいました。だから少し苦いのですね。申し訳ありません。」
フルールは悲しそうな顔をした。
「いいえ。我が家では、沸きたてのお湯で淹れていました。だから、私にとっては、フルール様が淹れて下さった、この味が懐かしい味で、家庭の味なのです。低温で丁寧に淹れるのは来客用の味、よそ行きの味ってところでしょうか。ですから、私にとっては、とても美味しいお茶です。フルール様本当にありがとうございます。」
フルールはにっこりと笑った。
「そう言えば、先日父が異国で・・・」
馬車に揺られながら、外の景色を見ていると、ふと“あーもうすぐ家に着く”と安心した自分がいた。馬車から見える景色は日本での景色とは全くの別物で、東京で育った私が実家に帰って懐かしいと感じる風景はマンションやビルが立ち並んだ景色だ。
今、目に入るのは石畳と石造りの建物。少しずつ、ここが自分の場所だと思い始めているんだ・・・そう思うと何とも不思議な気持ちになっていた。
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