第14話 転生十五日目 1
1.2.3・・1.2.3・・繰り返される単調なリズムを退屈と思う暇もないほど、繰り返しステップを踏む。公爵令嬢のアナスタシアと彼女にダンスを教えたコラリー・アロン公爵夫人に厳しい目を向けられながら、教えられた通りにステップを踏む。
「踵が付いておりますよ。」
1.2.3・・1.2.3・・『背筋!』『目線!』『踵!』『指先』
二人から次々に指摘され、一つを意識すると、一つが悪くなる。
「痛っ。」
「ごめんなさい。」
里桜は、足を踏んでしまった練習相手である兵士の足元にしゃがむ。
「少し休憩に致しましょう。」
年配の部類に入るコラリー夫人は、見た目の割に張りのある大きな声で話す。
「本当に大丈夫ですか?アドルフさん。」
舞踏会当日はシルヴァンと踊るため、背格好の近い国軍の兵士が数人交代で練習相手になってくれていた。今日は中でも一番若いアドルフ・バルトの当番だった。
「大丈夫です。渡り人様の練習相手に選んで頂き光栄です。」
快活な声で返事が返ってくる。
「渡り人様ってのは、やめて頂けると…里桜と呼んでください。」
「…いや・・それは…」
アドルフに苦笑いをされ、里桜も諦める。
「なら、渡り人様で構いません。」
二人、並んで座って水を飲む。里桜の足は履き慣れない十㎝のヒールで踊っているのでボロボロ。一瞬でも良いから脱ぎたいが、初日のレッスンでヒールを脱いで、コラリー夫人に品位が足りないと雷を落とされた。
シンデレラって脱げちゃうくらいに合わない靴履いて慣れないダンス良く踊ったよね。意地だったのかもね。意地もそこまで行けばあっぱれだわ。
「では、練習の続き頼めますか?」
「はい。喜んで。」
立ち上がったアドルフが里桜に向かって手を差し出した。その手を笑顔で取って、部屋の中央に歩み出る。
市街地のお忍び視察に行っていたレオナールとジルベールが庭を歩いていると、1.2.3・・1.2.3・・宮殿の一室から、単調なリズムを繰り返す声だけが聞こえる。
「なんだ、あれ。アロン公爵のところのご夫人の声か?」
「あぁ。リオ嬢のダンスレッスンを頼んだらしい。」
遠目ながら、部屋の中をよく見てみると、真剣な顔で練習する里桜の姿が見える。
『足』『手』『目』と次々に声がかかる。
「さすが、鉄壁の令嬢アニアだな。ダンスの先生がコラリー夫人とは…」
「リオ嬢は初め、舞踏会参加を嫌がっていたんだが、どうしようもないと悟ったみたいでな、シルヴァンに迷惑をかけると言って、毎日数時間みっちり練習をしているらしい。」
「ダンスのレッスンより、魔術の訓練の方が最重要課題だろ。」
「魔術の訓練も、その他の勉強も一切削らず、昼休憩を潰してやってるんだと。練習相手も非番の兵士を相手にしてもらっているらしいぞ。」
「・・・じゃ、覗いてみるか。」
レオナールが部屋に着くと、従者が声かけをしようとした。それを手で制する。
そのまま室内に入ると、最初に気がついたのはアナスタシアで、綺麗な所作で礼をする。その姿を見てコラリー夫人も気が付き礼をする。レオナールに背を向けている状態だったアドルフは声が止んだので動きを止めた。
ジルベールに気が付いた里桜も最初よりは大分ましになった所作で礼をする。兵士や騎士の礼には三種類あり、最上級の王へ捧げる礼をしたが、里桜はレオナールが王とは知らなかったので、王兄であるジルベールに向かって礼をしているものと思い、アドルフの礼に少し違和感をもった。
最高位のコラリー夫人が挨拶をしようとしたところで、レオナールはそれも手で制した。
「顔をあげられよ。」
王ではなく公爵のジルベールが声をかけた事を、里桜以外の皆が不思議に思っていたが、レオナールを古くから知っている者は、また、悪い癖だと少し諦めたように、その成り行きを見守った。
レオナールに合図されジルベールが里桜に話しかける。
「リオ嬢。だいぶ、無理して練習時間を作っているようだが、体は平気か?」
「はい。お気遣い頂きまして、ありがとうございます。私、何もかもが未熟でございますので、人より多くの練習が必要なのでございます。閣下のお心、痛み入ります。」
「それでは、練習の成果をヴァンドーム公爵に見て頂きましょう。小生と踊って頂けますか?」
レオナールはすっと前に出て、里桜に手を差し出す。どうして良いか分からず、アナスタシアとコラリーを交互に見るが、二人とも断るなと目で訴えてきた。
「謹んでお受け致します。」
コラリー夫人の刻むリズムに乗って二人が部屋の中央でステップを踏む。レオナールのリードのおかげか里桜は初めて楽しく踊る事ができた。
シンデレラも慣れないなりに意外と楽しんだのかもね。
コラリー夫人も満足そうに頷いていた。
※ 1/27誤字脱字訂正により再更新
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