第13話 転生六日目 終 夜の夢
「トシコ様。お披露目の舞踏会でお召しになるドレスは我々が手配させて頂きますので、お好きにお選びください。」
「それに致しましても、舞踏会の招待状を陛下自ら渡しに来られるとは…。」
「我が国にとって救世主の召喚は三百年振りの慶事。舞踏会当日のエスコートをさせて頂きたく、そのお願いも兼ねまして。お願いはやはり、本人が罷り越すのが当然でしょう?それとも、マクシミリアン殿かウィリアム殿のエスコートが既にお決まりでしょうか?」
「いいえ。エスコートして頂く方はまだ、決まっておりません。でも、陛下にエスコートして頂くなんて…恐れ多いです。」
「そんな事はありません。救世主様は王族にも匹敵する尊いお方ですから。」
マクシミリアンが、肉付きの良い顔を、破顔させて言う。
「救世主トシコ様、陛下のお言葉に従い下さい。」
「わかりました。」
俯いたまま小さな声で返事する。
「まだ、こちらへ来て間もないのですから、色々と戸惑う事もありますでしょうが、私ハワードとこのジェラルドを信じてぜひ、頼ってください。お力になりますから。」
「ありがとうございます。それでは、僭越ではございますが、陛下にエスコートをお願いしたいと思います。」
∴∵
「いやです。」
「この事柄について、君に断る権利はないんだよ。」
溜め息交じりにクロヴィスは言った。里桜は、クロヴィスとジルベールを目の前に小さな声で唸っている。ふと、クロヴィスは昔、飼っていた誰にもなつかない駄犬を思い出していた。
「舞踏会って言う位ですから、踊るんですよね?」
「舞踏だからね。」
「ですね。ヒップホップなら授業でやりました。あと高校はバレエもありました。」
黙りこくる二人に耐えきれず、里桜は口を開く。
「わかってますよ。ワルツとかに合わせて踊るの。踊らなくちゃダメ?」
「ダメ。」
ジルベールは笑いを堪えながら答える。昔、母の都合で城下に住んでいた頃、近所に住んでいた女の子を思い出す。王子として王宮に暮らすようになって二十年余り。王族としての振る舞いの方が慣れてしまったと、うら悲しさを覚えた。
「としこさんのお披露目ですよね?私は壁の花でも良いんじゃ?」
「それでも、最低でも一曲は踊らないとね。」
「エスコート役はシルヴァンが買って出てくれた。」
里桜の顔が盛大に歪む。
「シルヴァンはお買い得物件だぞ。今まで、社交界で誰一人エスコートをした事がない。身持ちの良さに加え、学院では隣国の王太子ウルバーノに続く次席で卒業。我が国軍の若き参謀として陛下からも一目置かれているにも係わらず、現在正妻はいない。どうだ!」
「どうだ!って・・・夫にってわけでもないし…しかも、あの見目形。もう目立つ要素しかありません。」
「それなら、大丈夫だ。トシコ嬢のエスコート役は陛下がなさる事になったから。あちらの目立ち具合には適わない。」
“あぁ。それなら”と短いため息を吐くと、ジルベールとクロヴィスは同じように笑った。
「まぁ。とにかく、今はイリス様の力は公には出来ないから、必要以上に目立つような催しはしないから大丈夫だよ。」
「いや、私の中で、舞踏会は十分すぎるほどの目立つ催しですけどね。他にどんな目立つ催しがあるんですか。」
「イリス様降臨のパレード。」
「うわっ。絶対、絶対にイヤ。それと、所々、イリス様って呼ぶのはやめてくださいませんか?これまでと同じように普通に里桜でお願いします。」
∴∵
「リオ様、お休み前のハーブティーです。」
「…ありがとうございます。」
「今日は、本当に色々とありましたね。お疲れでございましょう?私は、これにて御前を失礼させて頂きますので、今日はごゆっくりお休み下さいませ。」
里桜は、静かに頷いた。いつもより早い時間にベッドに入った。今日やった事と言えば、泉に浸かっただけ。それなのに、もうこれ以上は体が動かないと思うほどに疲れていた。そっと目を閉じると、深い闇に吸い込まれていった。
∴∵
[こんにちは、お嬢さん。]
何処かであったような…あっ、赤レンガのアクセサリー屋さん。
[覚えていてくれたんだね。
えっ?じゃぁ、アクセサリー屋さんが、私をこっちの世界に連れてきたの?
[これは、仮の姿。我ではない。そしてキミが我から買った石、実はねあれが魔石だったんだよ。]
ん?えっ?このピアス?
[キミにはその石が光り輝くように見えているだろう?]
えぇ。輝くと言うか、石自体がオーロラみたいに何色にも発光しているような。
[そう。それこそキミが、救世主の素質を持つ証明だった。他の人から見るとね、あの石はただのガラス玉にしか見えていない。無色透明の。救世主の素質がある人が見ると、キラキラと輝いて見える。そして、Irisの魂を持った人間が見ると、虹のような光を感じるんだ。]
私…救世主だとか、虹の女神だとか…
[待って。初めから救世主になれる人間なんていない。王だってそう。皆、生まれた時はただの赤子。でも、その環境や、本人の努力、研鑽がその地位に値する人間にしていくんだ。キミはその努力が出来る人間だった。キミをこの世界に連れてくる時に、彼女を一緒に連れてきてしまったのはちょっと計算外だったけど。まぁ。それを含め、我はキミに期待している。あっ因みに、我の夢を見た事は他言しない方が良い。歴代の救世主の中でも特に力の強いキミは、我と会話できる唯一の存在。だから、それを悪用されないようにね。まぁ。キミが我と会いたい、話したいと思っても、我はそう簡単に現れたりはしないけど。]
ところで、日本では私たちが急に居なくなってどうなっているんですか?
[それね…キミは喫茶店から出た後、彼女とぶつかって、揉めている時に、居眠り運転の車に轢かれて二十三年の人生に終わりを迎えた。キミの葬儀の映像、見せる事も出来るけど。見る?]
いえっ。見なくていい。見せないで。
“母一人、三人兄妹の末っ子。年の離れた兄は特に私をかわいがってくれていた。最近は、兄たちにも家族が出来て、兄や姉を頼る事もなかったけれど。それでも、仲の良い兄妹だと近所からも親戚からも言われていた。兄や姉もさすがに悲しんだだろう。もし、兄に泣かれていたら・・・。私はきちんと成仏し黄泉の国で幸せにしていると思ってもらいたい。そして、一日も早く元気になって欲しい。悠にも。”
私がもし、こっちの世界で幸せに暮らしたら、日本に残った家族にはそれが届く?
[風の便り位には届くかもしれない。]
わかりました。ふわりと届けて下さい。みんなが、逞しく育ててくれたおかげで、私はどこででも幸せに暮らせていると。
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