水無月

 滴る水

 紫の額の華

 角を出す生き物

 白いドレス


 六月


 ジトジト。パラパラ───

 トトン。ポトン。

 空から雫が落ちてくる。

 小粒もあれば大粒も。

 空から落ちるは───


「はい。どうぞ」


 ベンチに座る俺に、ビニール傘を差し出す彼女。

 あれから付き合い始めた。

 何回目かの逢瀬デート

 傘を受け取る際に、うえを手で覆い彼女を見上げた。


「まだ、上は向けない?」


 彼女は笑う。

 傘を受け取り、戸惑う俺。

 彼女は「そっか」とひと言述べ、笑うと俺の手をゆっくり握る。

 傘からはみ出る手。

 雨に濡れ、雫が彼女の手から滴る。

 情けない。

 俺はあの日から、空が見られない。恐怖──と言われればそうかも。

 彼女を見下ろすことはあっても、見上げることは滅多に。いや、できない。

 上に立たれると、立ちあがる俺がいる。誰かが上に立つと反応する。今、ついて回る癖の一つだ。


「あっ、見て教会」


 彼女が声を上げた。嬉しそうに、眼を輝かせ教会の窓を。

 ステンドグラスを見る彼女。

 俺は悲しくて、眼を背けた。

 ふと脳裏に焼きついた、オプション写真を思い出す。下見に訪れた教会のオプションサービス。幼なじみと撮ったウェディング写真。

 あの写真は今は何処だっけ?

 ダメだな。また思い出す。こんな事では、横にいる彼女に申し訳ない。

 彼女の顔を、躊躇いつつ見た。

 隣の彼女はふと、ぼやく。


「あれ? 写真……」


 訝しげに窓を見つづける彼女を、俺は眺めた。

 ポロリと吐かれた一言。

 俺は違和感を感じるも、頭の隅に留めてしまった一言。


(後から……引っ張り出し喧嘩の元となる。この時に、確認すべきだったと後悔する俺がいるがこの話はまた)


 彼女は、俺と瞳が合うと微笑む。俺も微笑み返した。


 このように、日々の暮らしに満足する俺がいる。


 教会の塀を、ゆっくりと角を出し殻を被るモノが歩く。

 気付いた彼女は、角をつつく。傍らには紫の額が、咲いていた。

 彼女が指で額を弾くと、飛沫がぴっと顔に当たる。

 彼女は、跳ねた水を見る。

 透明な水。


 唐突だが、彼女には記憶がない。

 今ある両親に、血の繋がりはない。


 知り得たのは三回目のデートの時。様子が変だった。

「親に用事がある」と言う彼女を、実家まで送る。

 初めて訪れる彼女の実家。

 初めて会う両親。

 挨拶をしなくてはと両親と話し、意外な事実を聞かされた。

 彼女がいない隙に。

 彼女の親から聞かされた。

 俺は、信頼に足らない男? なのか情けない。

 彼女の口から聞きたかった。

 彼女はたぶん知っている。

 俺が、彼女の両親から知らされた事実。知ってて彼女は、素知らぬ振りをする。横で彼女が笑うから、微笑み返すが……


 心の中でお互いが雫を、落としていた。悲しい。


 俺は彼女の支えになっているのか?

 横に居て良いのか?

 どうなんだ。

 悩む、俺────。


 考える俺を、見透かしてかの行動だろうか。彼女が手を、差し伸べる。

 温かい。

 情けないな俺。


 今は雫の中、傘を差して歩こう。

 手は濡れるが離さずに。

 握りあって。

 道路の脇には彩り豊かな額が、華やかに咲き乱れてた。


 

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