12
十日経ち、船はラ・ケーターという大きな港町へ入港した。
船員たちは上陸の準備を始め、ウィントたちも荷物をまとめる。
「忘れ物はないな?」ローダーが確認した。
「うん、大丈夫だと思う。」ウィントは答えて、ふと思い出したように言った。「そういえば、この前セウと話した時に聞いたんだけど、この街の冒険者ギルドは他より大きいんだって。」
「へぇ、暇になったら行ってみるか。」ローダーは言った。「ま、冒険者になるのは御免だけどな。」
「僕もそう思うよ。」ウィントも同意して言う。
二人が港を歩いていると、向こうから見覚えのある人物が駆け足で近づいてきた。「噂をすれば影だ。」ウィントがつぶやいた。
「おーい、ウィント、ローダー。」
「どうしたんだ、セウ。」と、ローダーが訊ねる。
「「どうしたんだ。」ぁ?こっちのセリフだよ!」と、セウは怒り気味に言った。「一言も言わずに船を出ていくなんてひどいよ。私だって……」
「私もついていくからな!」と、彼女は続けた。
ウィントとローダーは顔を見合わせた。「……どうする?」「どうするって……まあ、人手が多いのはいい事なんじゃないか?」「うーん……」
二人は小声でいくつか相談したあと、揃ってセウの方を向いて言った。「共犯者になる覚悟は?」
サンレザー号を離れることになった二人……改め、三人はラ・ケーターの街道を歩いていた。
「ところでさ、」と、ウィントが言った。「どうして船を出たのが分かったの?僕たち、船長以外には話さなかったはずだけど。」
「簡単だよ。」セウが答える。「部屋がもぬけの殻だった!」セウが得意げに言うので、二人は苦笑するしかなかった。
「それで、これからどこに向かうんだ?」と、ローダーが訊いた。
「とりあえずは、住めるところを探さなくちゃ。大きい冒険者ギルドがあるなら、下宿も充実してるはずなんだ。」と、ウィントが答える。「なるほど、まずは宿探しだな。」
それから三日の間、彼らは街を転々としたがなかなか良い場所を見つけることができずにいた。冒険者グループの最小構成は4人なので、3人で借りられる部屋があまりなかったのだ。そして四日目の朝、ウィントは一つの建物の前で足を止めた。
そこは木造の小さな宿屋だった。看板には【木漏れ日の宿】と書かれている。あたりには木立どころか一本の木もなかったが、草を編んで作ったと見える
室内にはほとんど家具が置かれておらず、ベッドも一つしかないようだ。しかし、奥から出てきた女将がウィントの話を聞くと、部屋の椅子を増やしてくれるといった。さらに、家具は少ないが自由にものを置いて構わないという。ウィントはそれを気に入り、早速ローダーとセウへ話を持ち掛けた。二人とも了承してくれたので、この部屋を住まいにすることにした。
* * *
その日ローダーは、サンレザー号がラ・ケーターを発つのを桟橋から眺めていた。「……いつでも戻れるさ。」彼は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、踵を返して仕事に戻っていった。彼は今、港の倉庫整理を生業にしていた。
日が暮れ、ローダーが部屋に帰ってしばらくすると、そこに一人の男が訪ねてきた。
「失礼します。」男はドアが開くなり、帽子を脱いで会釈をした。その身なりは、彼が位の高い人物であることを明示していた。「どうも。」ローダーが挨拶をする。「何か御用ですか?」
「実は、あなたに折り入って頼みがありましてね。」と、その男は言った。
「俺に……?ウィントじゃなくて?」ローダーが尋ねる。
「ええ、まさに彼に関することです。」と、男は再び頭を下げた。「お願いできますか?」
「……まあ、話だけなら。」と、ローダーは答えて椅子を進めた。
男は感謝の意を示してから腰掛け、「ありがとうございます。」と言ってから話しはじめた。「私の名はケイヴェセル・アルア、北方浮島連合のいち外交官を務めております。」「北方浮島連合……。」ローダーは聞き覚えがあった。
「ご存知ですか?」と、アルアと名乗った男が訊く。
「まぁ、名前だけは。ウィントの出身地──極北群島もそこに入ってるんですよね。」と、ローダーが答える。「でも、どうしてウィントのことを知っているんですか?」
「ある筋からの情報です。今は、詳しくお話しすることはできません。」アルアは表情一つ変えずにそう告げ、間髪入れずに続けた。
「今最も古魔術書あるいは古魔術師に近いのは彼──他ならぬハイランティア・ウィントだと、その方は言っておられました。」
「……は?」意味不明だった。古魔術書や魔術師がリエナのことを指しているのは何となく予想できたが、それをなぜアルアが重要視しているのかが理解できなかった。
しかしながらローダーは、何故と問うことができなかった。アルアの居姿からは、質問を許さない強かな雰囲気が漂っていた。
「貴方にはこれからも、彼と魔術師を引き合わせる手助けを続けていただきたい。私からはそれだけです。」
「言われなくても……」気圧されてローダーがそうこぼすと、アルアはすかさず言った。
「それは良かった。では、よろしくお願いします。」
言い終わるか終わらないかのうちに彼は立ち上がると、ちょうど帰ってきたウィントとすれ違いざまに玄関から出ていった。
「今の誰?ローダーの知り合い?」ウィントが無邪気に聞くと、ローダーは投げ遣りに答えた。
「宣教師か押し売りだな。あるいは両方だ……」
「なんだよそれ。」
ローダーはどうすればいいか分からなくなっていた。誰に言われずとも、親友の手助けはする。だが得体の知れないものがそれを推し進めているという事実が、かえって彼を後ろめたくさせていた。
翌朝、ローダーは昨日のできごとを二人に話した。
「なるほど……。うん、あれだな……」ウィントが言う。「ローダーって、意外と押しに弱いんだ。」
「うるせえ!」
「でも、興味深い話だ。」セウが口を挟む。
「それってつまり、ウィントとリエナがくっつくことが北方浮島のメリットになるってことじゃん?」
「もっと単純化できるんじゃないか?」と、ウィントが反応する。「過程はよくわからないけど、僕が極北出身だから彼らのメリットになるんじゃないかな。」
「そうだろうな。北方浮島の人間ならだれでもいいわけだ。」とローダー。
「……わざわざローダーに言ってきたのが気になるな。」セウが疑問を口に出すと、ローダーが大きく頷いて言った。「そうなんだよ。わざわざ疑われに来ているようなもんだろ?」
「そこが引っかかるんだ……奴が疑いを承知で動いてるとなると、俺達も慎重に動かないと手籠めにされるぞ。」
「うーん……とりあえず様子を見ようよ。」ウィントがそう言うのを聞いて、二人は口をそろえて言った。
「本当に分かってるのか?一番危ないのはお前なんだからな、ウィント……」
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