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それからしばらく経ったある日のことだ。サンレザー号が停泊している港に、大きなニュースが舞い込んできた。
「消滅!?」驚くローダーに、ウィントが言葉を返した。「うん、リエナを救助した海域でだ……とても偶然とは思えない。」一隻の旅客船が、ユルヴから南へ向かう航路の途中──リエナが遭難していた場所の近くで、消息を絶ったのだという。捜索に出た保安局が現場へ行くとそこには大きなクレーターができており、旅客船の姿はどこにもなかったというのだ。
「何が目的なんだろう?船を狙った犯行なのか、それともただの事故なのか……けど、リエナ自身は関われないと思うんだ。」
ウィントの言葉に、ローダーは頷いた。
「確かに、うちを降りてすぐにユルヴへ引き返す船に乗ったとしても……うん、一週間であそこまで行くのは無理だな。」
「憶測でしかないんだけど……リエナの持ち物が関係してるんじゃないかな。だって──」ウィントは付け加えた。「彼女を救助したとき、全部は回収できなかったわけだし。」
「あぁ……なるほど。」
二人はそれ以上考えるのをやめた。これ以上は想像の域を超えてしまうし、下手に推測したところでどうなるものでもない。
「まあいいさ。俺達の仕事は船を万全の状態に保っておくことだ。リエナが心配なのは分かるが、今は目の前のことに集中しよう。」
「わかってる。」ウィントは答えた。
*
サンレザー号が再び動き出したのは、旅客船失踪事件からじつに一か月後のことだった。保安局による交通規制がようやく解除されると、たくさんの船がパチンコ玉のように港をとび出していった。サンレザー号もその中の一発だ。
少し肌寒くなった甲板では、船員たちが船出を軽く祝っていた。「これでやっと、キレから解放されるな。」ローダーが言う。
「ああ、長かった。私はもう少しいても良かったけどね。」セウがこぼすと、ローダーは冗談めかして言った。
「残っても良かったんじゃないか?お前、冒険者ギルドに入り浸ってたもんな。」
セウが顔を真っ赤にしてローダーへ反撃している間、ウィントはずっと上の空だった。
「どうしたんだよウィント。何か考えてるって感じでもなさそうじゃないか。」ローダーが言うと、セウも同意した。「確かにこいつ、さっきからぼうっと宙を見てばかりだ。」
「あの日のことを思い出してて……。」ウィントは呟くように言った。「リエナを助けた日のこと。どうして僕らは彼女を見つけたんだろう……って。」
「そんなことか。」と、ローダー。「運が良かったんだろ。」
「そうだよ。」ウィントはあっさりと言った。「運が良すぎるんだ。リエナを助けられたのは、奇跡みたいなものだと思わないか?」
「まあな。けど、それならそれでいいんじゃないのか?」
「そうじゃない。」ウィントは大きく息を吸って続けた。「僕たちはリエナを見つけて助けた。それは間違いのない事実だけど──」
「「パドルウィールの故障が起きなきゃ、そうはならなかった。」……か?」ウィントの言葉をローダーが遮り、そして続けた。
「言いたいことは分かるがそこまで予想を立てて細工をするのは……どんなに聡明な軍師でも無理だと思うぞ。」
「パドルウィールの故障が起きたのは、嵐と牧草が原因。牧草を巻き込んだのは、地峡の消滅が原因だろ。」ローダーは諭すようにそう言った。
「だから、海に細工をすれば……」ウィントはそこまで言いかけて、論理の破綻に気が付いた。ローダーはため息をついて言う。
「それができたとして、起きる現象なんて無数にある。ウィント、少し考えすぎだよ。」「……うん。疲れてるのかな……」ウィントはまだ納得がいっていない様子だったが、それでも黙った。
それからしばらくして、ローダーが言った。「なあ……手紙の件があるだろ。」
「リエナの?」ウィントが確認する。
「ああ。あれからもう二か月になる。そろそろ諦めた方がいいのかもな。」ローダーは真剣な表情で言った。
それを聞いたウィントは、彼自身の事をリエナは気にも留めていないのではないかと思い至り、虚しくなった。「……そうだね。」
* * *
それから五日後のことだ。その日は雨でも降りそうなくらいの曇天で、サンレザー号は少々の高波に揺られながら航海を続けていた。ローダーは甲板で作業をしていたが、不意にウィントが船内から出てくるのに気が付き、声をかけた。「大丈夫か、ウィント。」
「ちょっと……気分転換に。」ウィントの声には覇気がなかった。「船酔いか?」
「違うよ。分かってるだろ。」ウィントは力なく笑った。「……やっぱり、忘れられないんだ。リエナのこと。」
「無理もないな。俺だって未だに忘れられない。」
二人はしばらく沈黙していたが、やがてウィントが言った。
「ローダー。頼みがあるんだけど……いいかな。」
「なんだ?言ってみてくれ。」
ウィントは意を決して話し始めた。
「次の港に着くまでに手紙が来なかったら、僕は船を降りるよ。」「そうなったら後を頼む。」
ローダーは何か言いかけてから額をもみ、しばらく考え込むと腕組みをした。
「ウィント……悪いが、その頼みは聞き入れられないな。」
ウィントは肩を落とす。「ごめん。そりゃそうだよな。無理言って──」
「おいおい、まだ最後まで言ってないぞ。」ローダーはウィントの言葉を遮って言った。「お前が船を降りるっていうんなら、俺もついていくよ。だから後始末は無理だって言ったんだ。」
「え……!?」ウィントは驚きを隠せなかった。「そんな……ダメだよ!仕事はどうするつもりなんだよ!」
ローダーは呆れた。
「そりゃお前もだろ。それに、最近のお前は危なっかしくて、何をしでかすか分からんからな……俺が止めなきゃ誰が止めるって言うんだ?」
そう言うとローダーは笑いだし、つられてウィントも笑った。二人とも、船を降りることになるだろうとほとんど確信していたが、敢えてそれを口に出すことはなかった。
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