第9話「僕とカオルと妹と(前)」

「じゅっくん?あれが言ってたカオルさん?なんか華奢で綺麗な人だね」

「そうだよ。だから弟みたいな感じで可愛がってるんだ」

「もう、妹の前でそういう言い方妬いちゃうな~もぉ~」

「ははは、ヒナちゃんも十分可愛いって」


 頭を撫でるとヒナちゃんは目を細める。もぉ~これだから妹はかわいいな~。

 そんなことをしているとカオルがこちらに気付いた

 

「おーい、充一せんぱーーーい!!」


 駅前の広場でカオルが笑顔でぶんぶんと両手を振って近付いてくる。


「充一先輩!こんにちは!!って、はわぁ、先輩今日は眼鏡かけてない!?」

「まあな。ヒナちゃんに言われて、服買いに行くんだったら精一杯おしゃれしろってな。おしゃれするために服を買いに行くのに、そのためにおしゃれをしないといけないとは本末転倒というか……まあ、そんな感じで眼鏡かけてないってわけ」

「へぇ~でも、先輩めちゃくちゃカッコいいです」


 目を輝かせながら褒めるカオル。

 そういうカオルも休日だからバイトの礼服ではなく、パーカーやキャップといった可愛らしめのコーデをしている。

 

「こうして見るとカオルでも新鮮味あるな。しかも似合ってるしな」

「ええ!ほんとですか!?嬉しいな~~充一先輩に褒められた~」


 感想を言うと嬉しそうに目を細めた。

 ちょい、ちょい……

 その時、軽くシャツの裾を引っ張られる。

 

「じゅっくん、紹介してよ。ヒナが完全に蚊帳の外なんだけど……」

「ああ悪い……、おいカオル」


 ぽわぽわと笑顔を浮かべるカオルを呼ぶ。

 

「こっちが今日一緒に買い物をするヒナちゃん、中学三年生だから仲良くしてあげて」

「こんにちは、ヒナコって言います!いっつもじゅっくんがお世話になってます。よろしくお願いします!カオルさん」


 僕の横でしっかりと礼をするヒナちゃん。

 カオルはヒナちゃんを見て少しひきつった顔をした。人見知りなのだろうか。


「え……ああ、よろしく。ヒナちゃん…?今日一緒に行く人…?」

「そうです!」

「……そ、そうなんだ…よろしく!」


 緊張でもしてるのか、カオルの普段の元気さが影を潜めている。さっきまではいつも通りだったのに。

 緊張を払うために、カオルの背中をバシッと叩く。

 

「大丈夫だって、カオルも絶対にヒナちゃんの事を気に入るよ!」

「ああ、えっと……そうですね」


 そういって少し笑顔を浮かべる。


「……一緒に行く人、女の子だったんだ。しかもとってもかわいい子だ……それに僕が誘わなければ先輩と二人っきりで買い物に行く仲……呼び方もじゅっくんだし」


 カオルがぼそぼそと何かを呟いている


「……ううんこういう考え方はダメだ。僕が先輩の彼女になるんだ。だから今日は頑張んないと…」

「どうした?カオル?」

「ううぅうぅうえ!!?なんでも無いです!!?」

「いや、いつもより元気ないみたいだけど?大丈夫か?」

「だ、大丈夫です!!元気もりもりです!!行きましょう!!僕が先輩にかっこいいパンツを選んであげます!!行きましょう!!」

「そう?」


 カオルが急に大きな声を上げて、ずかずかと歩いていく。

 それを見てヒナちゃんが僕に耳打ちしてくる。

 

「カオルさんって変わった人だね」

「う~ん、いつもはもっと明るくて小動物みたいな感じなんだけどな」


 ………

 

 ……

 

「先輩!!こんなシャツどうですか?」

「い、いや…さすがにこれは…」


 カオルが持ってきた服はごてごてとしたシルバーがついたシャツだ。

 さすがにセンスが悪い僕でもわかる。これは悪いオトモダチが着る服だ。

 

「じゅっくん!こっちの服なんかどう?じゅっくんはスタイルいいから似合うと思うよ?ほら羽織って見て?」

「ああ、ホントだ……ぴったりだ。ヒナちゃん僕の服のサイズなんかよく覚えてるよな」

「それは当たり前だよ。いっつも選んであげてるんだから」

「ふーん、そんなもんか。カオル?ヒナちゃんが選んでくれたんだけどこれどう?派手じゃないかな?」

「……とっても似合ってると思います…悔しいけどかっこいい……」


 カオルも少し俯いて褒めてくれる。

 

「おい、別に世辞ならいいからな。僕にはさっぱり分からないから忌憚ない意見くれた方が嬉しい」

「いえ、僕の選んだのよりとっても似合ってると思います…僕この服、戻してきます」


 そう言ってとぼとぼと歩いて行ってしまった。

 なんで、あんなに元気ないんだろう。

 ヒナちゃんが心配そうにカオルの背中を見ている。

 

「じゅっくん……カオルさんもしかして、かなり人見知りなのかも。もしかしたら、ヒナに気を遣って空回りしてるのかもね?」

「そうか?そうなのかもな……」

「うん、たぶんそうだよ。ヒナは少しレディースの売り場行ってるから、じゅっくん緊張をほぐしてあげてね、それじゃまたあとでね」


 そう言ってヒナちゃんが歩いて行ってしまった。まじか……、まさかあのカオルが緊張か…。執事の仕事でもそんなとこ見た事ないんだけどな。まあいいか。

 

 カオルは店の角にある鏡の前で奇抜なシャツを持って溜息をついていた。

 そんなカオルの後ろに回って声をかける。


「はぁ~~~……またやっちゃった…」

「どうした?カオル?」

「ん?うぇぇええ!?ジュウザ先輩!!?」

「ジュウザじゃなくて、充一な。眼鏡外してるからどっちでもいいけど、あんまりヒナちゃんには聞かれたくないから」


 間違えてジュウザと呼ぶカオルを正す。

 そんなカオルはヒナちゃんという単語を聞いて再び顔を伏せてしまった。

 

「先輩……ヒナちゃんに執事のバイトしてるの隠してるんですか?」

「ん……まあ?執事やってるって知ったら止めてきそうだしね」

「まあ、そうですよね。好きな子には変な誤解して欲しくないですもんね。執事って聞くと勘違いしちゃう女の子もいますもんね」


 ますます声が暗くなっていくカオル。

 

「お前どうしたんだ?もしかしてヒナちゃんが苦手だった?嫌なとこあったら叱っておくから言ってくれ」

「そんな……嫌なところなんてとってもいい子だと思います」

「そうか?ならいいんだが」


 会話が途切れてしまう。

 カオルがこんなに元気ない理由が分からない。

 なんて声をかけていいか分からない。

 

「おいカオル?」


 カオルの首に手を回す。

 

「え、ええ?せんぱい!?」

「ほら、じっとしてろ。付けづらいから」


 慣れない手つきでペンダントのホックをかける。

 

「ほら?似合ってるんじゃないか?これで接客したら人気出ること間違いないと思うよ?」

「せんぱい……」


 カオルの声色が少し普段と同じに戻るのを感じた。

 

「僕としたらカオルとヒナちゃんが仲良くしてくれる方が嬉しい」

「……そうですよね、ごめんなさい。うまく話せなくって…迷惑かけてごめんなさい」

「いや、迷惑とは思ってないけど」


 カオルがヒナちゃんと上手く話せないことを認める。やっぱりヒナちゃんか……。

 

「なんで話せないんだ?」

「………先輩たちが仲良すぎるから割って入れなくって……先輩、友達いないって言ってたのにあんな可愛い友達がいるなんて知らなかったです……彼女さんではないんですよね?」


 なるほど、話せないのは少し疎外感を感じたからって事か。

 ……ん?というか彼女?何の話だ?

 

「カオル?ヒナちゃんは僕の妹だぞ?」

「は?」

「え?」

 

 カオルの目が点になっていた。

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