第5話「三時間半」
「ああ~~ひどい目にあった……」
新川先生にあんなに叱られると思わなかった。いや、叱るというよりは諭された、心配されたといった方が正しいだろうか。
『相座……そう言う意味であるにしろ、無いにしろ授業中は良くないと思うよ……うん。それにしても、相座が授業中にあんなことを言い出すとは思わなかった。相座は進学志望だったよな?どうした?何か悩みがあるのか?先生でよければ聞くぞ?』
慰めのセリフが30分以上にわたって繰り返されて、個人的に雷を落とされるより辛かったかもしんない。
「しかも、そのせいでバイトに遅刻しそうになってるし……」
普段はバイトに行くまでにいったん家に帰って、ワックスで髪を固めて、ビン底グルグル眼鏡を置いて『自由の鳥カゴ』に向かうのだが今日に限ってはそんな余裕はなさそうだ。
「だから、こんなとこまで来てんだけど……」
旧校舎の最上階のトイレ。バイトがばれたくない僕にとっては人通りが少なく、比較的安全でよい場所かと思ったのだが…
「なんで来てんだ……鈴木」
「いえ?相座先輩を偶然にも見つけたものでして着いてきちゃいました♪」
鈴木・ステラ・桜花が悠然と立っていた。
「ここっ!!男子トイレだぞ!!!」
「あら?ここって男子トイレなんですね?相座先輩しかいないから気付きませんでした」
悪びれる様子もなく、スマホでパシャパシャと僕の姿を写真に収める。
「こういうとき、怒った先輩ゲットだぜ!!っていうと男の子って喜ぶもんなんですか?」
「いや、僕の相棒にピ〇チュウがいたら電撃を浴びせているところだ!」
「ふへ~、そういうもんなんですね?まあいいや、先輩の写真クラウドに保存しておきましょう。ええと、ファイル名は『相座先輩と人気のいないトイレにて_1』でいいですか?」
「何に使うつもりだ!!!ぜっったい!!やめろ!!!」
「何に?って個人的に使うつもりですけど?うふふ」
「個人的にって…まさか、ええと……あの」
「あれ?先輩いやらしいこと考えました?大丈夫ですよ?少ししか使いませんから?あ、照れた!かわいいんだ~~」
僕が声を出しても、微笑で軽く流される。
駄目だ…こいつにペースを握られると、取り返せる気がしない。
「もういい!僕はこれからバイトで急がなくちゃなんないんだ……用事があるならSNSで連絡くれ」
「ええ、分かりました」
「それじゃ、僕は行く。じゃあな」
「それでは相座先輩…また今度♪」
鈴木との話もそこそこに切り上げて、僕はバイトへ向かう。
………
……
清掃の行き届いたホール。キュッとネクタイを締めて今日も出勤をする。
「あら?先輩?今日も出勤なんですね?」
「なんで…お前がいるんだよ…」
そんな、店内に自然な姿で元来お嬢様の鈴木・ステラ・桜花が座っていた。
さっき学校で別れたばっかじゃねーか。なんで先回りしてんだよ。
「あれ?人気執事がそんな様子でいいんですか?しっかりお嬢様扱いしてください。せ~んぱい」
鈴木はにやにやとした目線をこちらに向ける。まるで、『私は客でお嬢様ですよ、そんな態度でいいんですか』と言わんばかりだ。
「ぐぅ………、それで……なんで、お嬢様がここにいらっしゃるんですか」
「え?さっき……『おかえりなさいませお嬢様』って言ってくれたじゃないですか?ここにいるのがそんな変な事ですか?」
「くそ……このおんなぁ」
舌戦では勝てそうになかった。この女に接客をするしかないのかとあきらめの境地。
その時、袖元がくいっと引っ張られる。ふりかえるとカオルがそこに立っていた。
「あの…ジュウザ先輩?店長がはやくオーダーをって…」
「あ、ああ……悪いなカオル、ちょっと手間取ってて、すぐ行く」
「その人…鈴木・ステラ・桜花さんですよね。ど、どういう関係なんですか?」
「なんでもない…ただの客だ」
どうやらカオルは店長に言われて僕を急かしに来たようだった。
そうだ、この女のせいで我を忘れていた。執事たるものお嬢様の前では常に冷静に……自分で決めた事じゃないか。
「お嬢様、オーダーをなんなりと」
「あら、先輩…急に真面目になりましたね」
「オーダーをなんなりと」
「……むぅ」
あ、こいつ今少し機嫌悪くなった。そうだ!基本を忘れなければ、この『自由の鳥カゴ』でイニシアチブを取ることができる!!
だがそう思ったのも束の間。
「先輩の30分お喋り五千円コースを閉店までお願いします」
「は?」
「いや、だからジュウザの30分お喋り五千円コースを三時間半おねがいします」
「えと、このコース……同じ日に連続で購入する場合値段が倍になるっていう仕様なんですが…」
「ええ、わかっていますよ?先輩?」
この30分お喋り五千円コースは一人の客による執事の独占を防ぐために、連続使用は五千円、一万円、二万円、四万円……と値段が倍々に上がっていく仕組みなのだ。それを……分かって三時間半!?
「これで文句ないですよね?」
札束をテーブルの上にドンと叩きつける。
うお!?諭吉さんがゲシュタルト崩壊するくらいある。
「うふふ、先輩が私をないがしろにしようとした罰です」
「いや……お前…」
開いた口が塞がらなかった。
後ろで店長も(。□。;)って顔してる。
そりゃそうだ、こんな財力押し店が始まってから初めてのことだろうし。
「ちょちょちょちょ……ちょっと待ってください!!なんでそんなジュウザ先輩の時間ばっかり買うんですか?」
その状況に焦ったらしいカオルが僕の前へ出る。
「あら?欲しいからじゃ駄目なんですか?」
「ほ、欲しいからって……僕や他の執事じゃ駄目なんですか?ほら併用すればかなり安くなりますよ?ほら、僕の時間のとか……」
カオルがしきりに自分の時間を買わないかと、鈴木にアピールしている。
そりゃそうだ、こんな無茶な要求を通しても客のためにならないと考えるのが普通。カオルの対応はいたって当然の行動だ。
「30分おいて、また先輩の時間を買えば値段も安くなりますし、悪いことは言いませんから併用しましょう。ほら、いろんな執事さんが出勤してますよ」
「いえ大丈夫です、先輩の時間を三時間半でお願いします」
「で、でも……」
しかし、いつも以上に食い下がるカオル。その姿は執事としての対応以上の何かを感じさせる。
これは……カオル。もしかして…鈴木・ステラ・桜花の事が好きなのか?確かにこの女は学園でもかなり人気ではあるのだが。
「カオル……もういい。その女の要求を受けよう。その女の面に騙されるのはやめとけ……お前にはもっといい人が現れるはずだ」
「ふぇえ!?違います!!違いますよ!!」
慌て方が完全に恋する男のそれだ。可愛そうに…魔女にたぶらかされてしまったんだね…。
「カオルくん?」
「な、なに?ステラさん!!?」
「呼び方はカオルくん…でいいんですか?」
「あ、う…うん!」
たじたじのカオル。そんなカオルに鈴木が強く言い放つ。
「カオルくんの時間なんて要りません。そんなものにお金を使うくらいなら全額慈善団体に寄付しますね」
「あ、あうぅぅ……で、でも。ジュウザ先輩を三時間半も買うとお金が……」
「私は構わないと言ってるのです。カオルくん男女の睦言を邪魔すると、馬に蹴られますよ?」
「む、むつご…!?」
カオルはガーンと効果音を上げたかと思うと、とぼとぼとこの場を去って行った。
そりゃ、好きな女にここまで言われればああなるか…。
「カオル…可哀そうに…」
「あら、可哀そう?先輩が他の人を憐れんでいる暇があるんですか?」
「え…なにが?」
「だって、先輩の三時間半を私が買ったわけですよ?」
その言葉でやっと現状を認識する。そうだ、この女…札束の暴力で僕を買い叩いたのだ。
「ほら、座ってください……今後の話をしましょう?」
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