第3話「裏アカウント」
「これ相座先輩のアカウントですよね?」
僕の眼前にいるのは可愛らしい少女。
金髪に蒼目という異国情緒たっぷりな整った顔立ちを持ちながら、その体躯は華奢である。そんな姿に親近感が湧くということで週に三度は告白されていると有名な少女――”鈴木・ステラ・桜花”である。
噂では、彼女の親は輸入会社の社長という話もありガチもんのお嬢様でもあるらしい。
さて、そんなルックス・家柄共に完璧な少女がなんで”激厚ビン底グルグル眼鏡でいつも教室の隅っこで本を読みながら素パスタを食っている陰キャ眼鏡貧乏男である僕”に話しかけているのかという事だが……
「あれ聞こえていませんでした?これ…あ・い・ざ・じゅ・う・い・つ先輩のアカウントですよね?」
眼前の少女は僕の目の前にスマートフォーンを突き出してイタズラっぽく微笑んでいる。
そしてそのスマートフォーンの画面には一つのSNSアカウントが表示されている。
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ジュウザ@tomarigi-no-juza
「自由の鳥カゴ」本店で【No.1執事】やらせてもらってますジュウザです!!
お越し頂いた際にはぜひご指名を、最高の時間をお届けします。
――最近の更新――
誕生日を迎えました。本店にお越しいただいて祝ってくださったお姫様達へ…ありがとうございます。
………
……
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表示されたスマートフォーンには一人のホスト風のアカウント。
巨大ケーキの後ろでハードワックスで黒髪を固め、女の子を侍らせている写真付きだ。
こんなの僕とは似ても似つかない男だ。片や、さわやかで女の子にモテそうなキラキラした男。片や眼鏡を外したら目が3になってもおかしくない、のび○くん風の貧乏少年。
どうしたら、このさわやか執事が僕であるということになるのか?名探偵コ〇ンくんの読み過ぎで推理を拗らせてるとしか思えない。
………だがこれが僕であることも事実なんだよな。
「すごいですよね~人気執事だなんて♪ほら、女性ファンもこんなにいっぱいいます」
どこでばれたのか?まさか、店長がばらしたのか?いや…、執事喫茶の敏腕オーナーである店長がそんなことをするはずも無い。じゃあ誰だ?タクミ先輩?それともカオルだろうか?
そんな僕の様子を見て少女は微笑む。
「ふふ……安心してください。あなたの周りから聞き出したわけじゃ無いんです。ただ、私の周りに尾行が得意な人がいた…それだけなんです」
尾行!?それって犯罪じゃないのか!?くそ、被害届を出して……
「あ、そういえば。被害届を出しても無駄ですよ。私の周りには法務に強い人もいますから…ふふふ」
僕の考えを先んじて読むように微笑む少女。くそ…こいつが社長令嬢じゃ無かったら一発ぶんなぐって話を終わりにするのに。
まあ、僕は涙が出る程の運動音痴だから、こんな華奢な少女相手でも勝てるか微妙なところなんだが。
少女は笑顔のままスマートフォーンを鞄にしまう。認めるしかない、この場では僕に状況をひっくり返す力が無いという事を。
認めて…嘆息をする。
「はぁ…鈴木さんだっけ?」
「あら?わたしの名前を知ってくれてるなんてありがとうございますっ!後輩なんだから敬称は必要ありませんよ♪あと鈴木じゃなくて、ステラって呼んでくれると嬉しいです」
とびっきりの笑顔で呼び方を指定してくる。可愛い女の子に下の名前で呼ぶことを強制される。男子高校生であれば垂涎モノだが、これが”裏垢をバレている状況でなければ”の話だが。
「じゃあ、鈴木」
「もう、ステラでいいって言ってるんですけど…」
「それは僕が嫌だ、敬称無しって部分だけ採用させてもらうよ」
「うふふ、強情なんですから」
ちょっとした意趣返し。ペースを握られまいとしているだけだ。
「それで鈴木、そのアカウントを僕に見せつけてどういうつもり?学校側にチクろうっての?【自由の鳥かご】は執事喫茶をうたっていかがわしく見えるが、純粋ホワイトな接客業。学校側でも正規のバイト先と認めているんだよ」
そう僕には、後ろ暗い所なんて無いんだ。正規手順でバイト申請してるし、立派な結果だって残してるし……
「じゃあ、なんで学校ではそうやって度の入っていない変な伊達眼鏡かけてるんですか?後ろめたくないならそんな変な眼鏡かける必要が無いですよね?」
ぐぅ……痛い所をついてくる。
「隠したいからじゃないですか?切り分けたいからじゃないですか?普段の自分と、仕事中の自分を。ああ、そういえば…こんなものもありました♪」
鈴木は鞄から手のひらサイズの機械を取り出し、正面に着いた赤いボタンを押す。ポケット録音機だろうか?
その機械からは、いくらかのノイズと僕の声が流れ出す。
『ザー、ザザー、、…』
『ねえ、ジュウザ?…ジュウザはなんであたしに優しくしてくれるの?』
『なんで?そんなの当たり前ですよ』
あれ?これってもしかして…背中に冷や汗が流れる。
『僕はいつだってお嬢様の止まり木……、傷ついた美しい小鳥ちゃんを癒すことが生きがいなんです』
『もう、ジュウザったら……でも、すきぃ。いつまでもかっこいいジュウザでいてね』
『お嬢様が僕を指名してくれる限り僕はお嬢様に見合うように最高の男でいますよ』
『ザー、ザー、ピー』
グハアアアア……傍から聞くときつすぎる!!なんだこれ!!!胸が、胸が痛い!!顔が…熱い!!!そうだよ!!これだよ!!!バレたくない理由!!!!くそおおおお!!!だから、バレない様にバイト申請書も校長先生に直々に出したんだよ!!!!妹にもクラスメイトにも絶対聞かれたくない~~~!!
落ち着け!!落ち着け……僕!
いやでも、あの子を元気づけてあげるにはこの言葉しかなかったんだ。あの日は笑顔で帰って行ったし僕の言ったことは間違ってない。間違ってないんだ。
そうだ、多少クサくても僕の言ったことは間違ってないから恥ずかしがらなくていいんだ。
そうやって、必死に心を落ちける。
よし、落ち着いた。再び鈴木に向き直る。
「っ~~~~!!!ぷすぅ~~!!!と・ま・
り・ぎ~~!!ことりちゃんだって!!ぷくくく……」
鈴木は顔を真っ赤にして、膝をバンバンと叩いて笑いをこらえている。目にはうっすらと涙が見える程だ。
落ち着いた僕の心は一瞬で粉砕した。
「しばく!!ぜったい後でしばくからな!!」
「っつ~~~~!!!しばくって!!ハンドボール投げマイナス五メートルで、立ち幅跳びで盛大にずっこけてた相座先輩がですか?ぷすぅ~~~~くくくぅ~~!!」
「てめ!!鈴木!!ぜったい痛い目合わす!!僕だって本気出したら跳び箱三段飛べるんだからな!!!!」
「ぷくく~~~、三段……やめ、笑い死ぬ…、~~いき、できな……ぷすすぅ~~~!!」
鈴木は壁にもたれ込み、バンバンと叩く。僕は恥ずかしくってたまらない。
そうしてひとしきり笑い終えた後、涙を拭きながら神妙な顔をして話を戻す。
「ふぅ…ふぅ…取り乱して失礼しました。それで話を戻すのですが…ぶふぉっ、フフ…くくく…」
しかし、その真顔は思い出し笑いで二秒と持たなかった。
「くそ!!付き合ってられるか!!僕はもう帰るからな!!」
「ああ~~ん、ごめんなさい。ごめんなさい。ちょっと待ってくださいよ。やり過ぎました!!やり過ぎましたから。認めますから、ごめんなさいしますから」
さすがに僕の様子に少し焦ったのか、鈴木は必死に取り繕う。ったく…はじめっからその態度でいればいいのに。
僕は鈴木の言葉に耳を傾ける。
「っホ…よかった…それで本当に話を戻すのですけれども、相座先輩は学校のみんなにはこの裏アカウントバレたくないわけですよね?」
裏アカウント……それは人気執事をやっている僕のアカウントの事だ。このアカウントがあれば、学校中に僕の正体をバラすのは容易い事だろう。
「まあ、そうだね……できればバレて欲しくないけど」
「そうですよね?そうですよね!!バレたくないですもんね!!えーーと…それじゃあ、私と契約しませんか?」
鈴木がニヤリと笑う。
「契約?」
「そうです。この契約を果たしてくれたら、ホストアカウントについてなにも言及しないで上げます。念書書いてもいいです」
「な、…まじか?」
「ええ…大まじですよ、ただし契約は絶対に守ってください」
そして鈴木はあっけらかんとした声でとんでもない事を言い出した。
「私と一緒に学園中の女を攻略しましょう、大丈夫…相座先輩ならできますよ?絶対に」
「は?女の子を攻略?」
「ええ、女を攻略。メスを調教と言い換えてもいいですよ」
は?こいつの頭のネジ三本くらい外れてんのか?だが、こいつは僕の生命線を握っているといっても過言ではない。
「まて鈴木、自分が何をいっているのか分かっているのか?そんなことは不可能だ」
「いえ、それはやってみないと分かりませんよ!それでは私は夜が遅くなると、後ろにいるものが心配するので」
鈴木はそう言って右手をあげると、後ろの電信柱の影から一人の黒服が出てくる。
「それでは先輩、また会いましょう!先輩の女性攻略を期待しています」
「あ、ちょいまてえ!」
「逃げても無駄ですよ~、ふふふ」
僕の言葉も尻目に鈴木は歩いていってしまう。
夜の街に一人のこされる僕。
まじか、まじなのか?これ……。
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