第2話「帰り道」

カオルと横に並びながら、二人して街灯に照らされた大通りを歩く。


「あっつ~~い!!最近暑すぎですよね!!地球温暖化の馬鹿って!感じですよね!!」

「うん、そうだな…」


 僕はカオルへ軽く返答しながら、自分の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回しセットを崩し、伊達メガネをかける。

いつも、やっている仕事終わりのルーティンだ。

 

「わわ!?なんでセット崩すんですか?それに変なビン底眼鏡かけて……ジュウザ先輩目が悪かったでしたっけ?」


「いや…目は両方1.5だよ。単純にこんな恰好したのは普段の自分がこういう感じだから。」


「ええ、もったいない!?絶対執事の時の方のジュウザ先輩の方がかっこいいですよ!」


「僕としてはこっちの方が落ち着くし…」


「勿体ないです!!カッコいいジュウザさんの方が僕は好きです!!う~んでもジュウザさんぐらいかっこ良かったら私生活も大変なのかな……いやでも絶対眼鏡ない方がいいし……」


 カオルが食い下がってくる。こいつ、男なのに変なところにこだわるな。


「もう決めてることだから、バイトしてない時はこっちで行く。それと、僕がこっちの恰好してる時はジュウザ先輩じゃなくて、相座充一あいざじゅういつの本名の方で呼んでくれ。あんまり、周りにこのバイトやってる事バレたくないんだ。」


「ええ~~分かりました…。まあ、バレちゃったら学校の人たちにモテて仕方がないですもんね…」


「バカ!そんな理由じゃないって。でも、バレたらこの執事バイト辞めるかもしれないからとにかく気を付けてね?」


「うぇ……ジュウザ先輩が…やめる…?」


 横を見ると、カオルが涙目になっていた。

 

「ジュウザ先輩みたいな優しくてカッコいい先輩がいなくなったら…僕もやってけませんよーーー!!びえーー!」


「わわ、泣くな!!泣くなって!!執事たるものいつでも平常心だ!いつどこでお嬢様に見られてるか分かんないぞ!!」


「うぐ……ぐす…でもジュウザ先輩辞めるって…」


「ジュウザ先輩じゃなくて今は相座充一先輩な。大丈夫そうすぐには辞めないって」


「ホント……?」


 涙目になって上目遣いをするカオルに少しドキッとする。こいつほんとに男かよ。

 とにかく、このまま泣かれるのも癪なので、話を変えることにした。

 

「おまえそんなんでよく執事喫茶のバイトしようと思ったよな?なんでこのバイト始めたんだ?」


「えと、ジュウザ先輩に憧れて……」


「は…?」


「昔友達と遊びで来た時に、働いてるジュウザ先輩を見て…うわぁカッコいいなって、それで応募したら偶然採用されて……それに今日なんかは一緒に帰れて嬉しいな~、あふふ」


 熱のこもった目で僕を見つめる。え…なにこれ?なんでこいつ恋する乙女の目をしてんの?

 

 すすすっとカオルから距離を取る。

 

「ああ!!充一先輩なんで離れるんですか!!」


「いや…えっと、ハナレテナイヨ?」


「じゃあなんで片言になってるんですか!?ひどいです!!」


「ま、まあ、そんな話は置いといてだな…」


「ひどい!!話変えた!!まだ充一先輩のカッコいいエピソードあるのに!」


 この話が続くとヤバいという直観が働いたので無理やりにでも話を変える。

 

「僕がこのバイトを始めた理由は生活費を稼ぐためなんだ」


「誤魔化さないで――って生活費?」


「そう、僕は中学に入ったばかりの妹と二人暮らしで親がいなくってさ。知ってる?このバイトって人気になると二人分の生活費くらいなら簡単に稼げるんだよ。だから、妹のためにもね」


 別に隠す事でもないのであっけらかんと話す。

 

「妹の大学のお金とか、プラス自分の大学費とかも必要なんだよね。そうするとみっちり労働する事もできなくってね。そうして探してるうちにこの執事バイトにたどり着いたんだよね……って、なんでまた泣いてんの?」


「うぐ…えぐ……充一先輩かっこよすぎて…」


 泣く理由が斜め上過ぎてついていけない。

 まあいいか…。

 

「それで話は戻るんだけどさ、こういう仕事って思春期の妹によく思われなさそうだから、バレたくないんだよね。もちろん、クラスの人たちにバレてからかわれたくないってのもあるよ?そういったもろもろ込みであんまりばれたくないってわけ、だからこの眼鏡もかけてんの」


 まあ、眼鏡の理由は僕が陰キャでクラスで話しかけられないために掛けているという理由もあるのだが、ここで言う必要は無い。

 

「そんな理由があったなんて知りませんでした…!!僕!充一先輩を応援します!!この眼鏡もそんな深い理由があったんですね!!」


「っま…そういうこと、だからこの眼鏡の事はあんまり言わないで。あと充一先輩呼びも徹底してくれると嬉しいかな」


「はい!!充一先輩!!」


 キラキラした熱い視線で僕を見つめる。

 そんな目で見るなよ……、僕はLGBTに理解はある方だが、僕自身がLGBTでは無い。

 

 そんな話をしている内に帰路は終わりを迎える。

 

「駅…ついたね」


「うぇええ!?もう!?もっとお話ししたかったのに!!執事の極意とか好きな食べ物とか……好きな女の子のタイプ……とか」


「心配しなくていいよ…次シフト被った時にでも一緒に帰れるだろうし」


「ええ!?また一緒に帰ってくれるんですか」


「まあ、期待の新人だからね。それくらいなら」


「約束ですよ!!約束……やったぁ、充一先輩と一緒……一緒だ♪」


「それじゃ、また今度ね。妹が待ってるから僕は帰るよ」


 喜ぶカオルを尻目に背を向け駅から家へと歩き始める。

 

「じゃあ、充一先輩!!また今度です!!」


 後ろからかかる大きな声に右手を軽く上げて対応する。

 

 カオルと別れ、しばらく歩き、大通りを過ぎたところ。不意に声をかけられる。

 

「相座先輩…ですよね?ちょっとお話いいですか?」

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