「これ先輩の裏アカウントですよね」後輩の金髪美少女に脅されて、学園の美少女全員攻略する羽目になりました。

しんたろう

止まり木のジュウザの優雅な日常

第1話 「執事喫茶の一日」

 パリッとしたジャケットの袖に腕を通し、ネクタイをぴっしりと締める。

 スゥーー、ハァーーと大きく深呼吸をして、放課後の腑抜けた気持ちに喝を。

 頬を引っ張って笑顔の練習、こうでもしないと僕の顔は不愛想だから――まあ、これなら及第点か。


 さあ、仕事の始まりだ。



「おかえりなさいませ!!お嬢様!!」


「きゃああああーーーージュウザく~~ん!!こっち向いて」


「ジュウザくーん!!こっちは30分お喋り五千円コース購入おねが~~い!!」


 ここは駅前の執事喫茶、僕はそこで執事をやっている。

 僕が挨拶をするとお客様、もとい、お嬢様は歓声をあげる。

 僕がにこッと練習した笑顔をお嬢様達に向けると……

 

「げふっふ……ジュウザ君…尊いでござる……」


「よだれ垂れてきちゃった……これが垂涎って言葉の語源か……」


 お嬢様達は椅子に座りながら失神する。

 こんな僕なんかの笑顔で喜んでくれるのは嬉しいけど、失神は辞めて欲しい。普通に心配になる。

 


「あんた!!いい加減にしなさいよ!!」



 そんなやり取りをしていると、端っこのテーブルの方で執事喫茶に似つかわしくない怒声が聞こえた。

 

「ちょっと!!こんなので1500円も取るの!?ふざけてんの!!?」


「いや、でも…えと、これがサービスなので………」


「ふざけてんでしょ!!ちょっとケチャップで下手な絵を描いただけで!!」


「ひぐっ!?下手って……そんなひどいこと言わなくても」


 今月入った新人のカオルが、20代半ばのOL風女性に怒鳴られていた。

 カオルは既に涙目になっており、対応もおぼつかなくなっている。というより、あれの対応は長く勤めても簡単にできるものではない。

 さすがにやばい状況と思ったのか店の奥から店長が顔を見せた。


 そんな店長に僕から目配せをしていくつか言葉を交わす。

 

(自分が対応しますから大丈夫です。店長は奥で新人研修の続きを)


(そ、そうかい?ジュウザ君だから信頼してるけども……対応が無理そうだったらいつでも僕を呼んでよ?そのために僕がいるんだからね?)


(分かりました。危ない時は頼らせてもらいます)


 店長との会話もそこそこに問題のテーブルに向かう。

 

「どうしました?お嬢様?」


「ちょっと!!あんたこの子の上司!!?どうなってんのよ!!この店は!!?」


「どうとは?僕達一同はお嬢様に誠心誠意尽くしているだけですが?」


「何が誠心誠意よ!!この『愛情たっぷりオムライス』を見なさいよ!!」


 OL風女性が指さした先には、オムライスの上に『力オノレからのLOVE』というメッセージと微妙な出来栄えの犬の絵が書いてあった。

 カオルが不器用ながら一生懸命書いたのだろう。

 カオルの愛情がたっぷり詰まった、オムライスだと思う。

 

「この絵にはカオルの愛が詰まってると思いますが?」


「何言ってるの!!こんな下手な絵に1500円払わされる私にの身にもなってよ!!生活費カツカツの中、仕事の疲れをいやすために来てるのに!!!」


 OLは一歩も引く様子はない。よく見れば、目の下に薄っすらとクマを作っており、日々の疲れがここに来て爆発したタイプのお客様のようだった。

 本来であれば、このオムライスは執事とのコミュニケーションを楽しむためのものだ。しかし、今回場合は、「このカオルの愛情が詰まったオムライスをプライスレス」とか言って誤魔化すのもベストとは言えない。

 

 頭の中で対応策を考える。


 そうして、一つの考えが思い浮かんだ。かなり難しい対応……しかし、この場を円満に抑えるためにはやるしかない。

 

「カオル、ここは大丈夫だから他のお嬢様達のオーダーを取りに行ってきて」


「うぇ…?ジュウザ先輩?でも……」


「大丈夫だから」


 取り合えず、俯いて泣きそうなカオルをこの場から解放した。

 

「ちょっと!!問題はその男の子のせいよ!!なに勝手に行かせてんのよ!!」


 当然、OL風女性が文句を言わないはずが無い。

 しかし、僕はそのOL風女性の隣の席にドカッと座り、結んだネクタイを軽く緩める。

 

「まあまあ、お姉さん。そんなに怒んないでよ」


「ちょ……あんた、なによ」


「いや、なにってこのテーブルにはお嬢様がいないから、ちょっとは僕も羽を伸ばしても大丈夫かなって」


「は?なに?私がお嬢様じゃないって言いたいわけ?」


「ま、いいじゃん?お姉さんも肩肘張らずにオムライス食べようよ。はい、あ~~ん」


 OLさんとの対話を拒むように肩に手を回し、スプーンに乗ったオムライスを突き出す。

 

「なにしてんのよ」


「はい、愛情たっぷりオムライス。食べよ?あ~~ん」


 唇にスプーンが触れる位置までもっていくと、OLさんはパクリとそのオムライスを食べた。

 

「……なによ……おいしいじゃない」


「ね!!!?そうだよね?美味しいよね!もっと食べる?」


「……うん」


 ………十分後

 

「それでその上司のセクハラがうっとおしくてさ~~~!!ねぇ聞いてんの?ジュウザ!!」


「聞いてる、聞いてるって。分かるよ大変だよね?よしよし」


「あ~~ん…もっと撫でて~~じゅ~ざ~」


 OLさんの機嫌は完全に治っていた。お嬢様じゃないからって馴れ馴れしく機嫌治す方法大成功。これでオムライスの分のお金は払ってくれるだろう。

 

「あ、ごめんね。そろそろ僕は仕事に行かないと。カオルのオムライスのお金の分は払っときなよ?」


「ええ~~ジュウザもう行くの!?」


「そりゃ、お嬢様優先だからな。お姉さんがお嬢様になってくれるんだったらまたいつでも話の相手くらいならするよ」


「なるぅ~~私、お嬢様になる!!お金貯めていっぱいくるぅ~~」


「あはは、じゃあその時は待ってるよ。お嬢様」



 こうして今日も執事喫茶『自由の鳥カゴ』は平和に閉店を迎えることができた。

 閉店後、休憩室でカオルが声をかけてきた。

 

「ジュウザ先輩、今日はありがとうございました。僕ああいうお客様は初めてで……」


「いいよ、難しいよね。ああいうお客さんの対応」


「はい……なにしていいか分かんなくて」


「危ないお客さんだったら、店長に警察を呼んでもらうのがいい。今回のお客さんだってお金を払わない意思を見せれば別に店長を呼ぶのがベストだ。

でもね、僕はああいうお客さんを癒すのも僕たちの仕事だと思っている。できるなら頑張って覚えてほしい」


「はい…」


 シュンと目を伏せるカオル。少し落ち込んでいるようだ。

 中性的な顔に薄い茶髪のショート、小さい肩幅。化粧と髪型でごまかしている僕と違って、まぎれもない美少年だ。こういった男の子が好きな層はいっぱいいる。

 

「大丈夫、カオルは僕より面がいいからすぐ人気出るよ」


「うぇ!?そんなジュウザ先輩よりだなんて!!?そんな!そんな!あわわわ…」


 顔を真っ赤にして両手で隠す。こういうところが出せたら普通に人気執事になれるだろうな。

 そのとき、ボーン、ボーンと八時を示す音を時計が鳴らす。もう八時かそろそろ帰らないと妹が心配する。

 

「んじゃ…僕はそろそろ帰るよ、カオルはどうする?」


「あわわ!?えとどうするって…え?」


「どうせ、駅まで帰り道一緒でしょ?そこまで一緒に帰るかって事。嫌ならいいけど」


「うぇえ!?ジュウザ先輩と一緒の帰り道!!?本当!!?ほんとですか!!帰ります!!一緒に帰ります!!」 

 

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