第15話ヤンさんの飼育
「腐蝕の森に誰かが踏み入ったのか……」
テーブルに肘をつきながら呟くゴリさんの周りには、いつの間にか便利屋の皆さんも集まっておりました。
ゴリさん曰く、腐蝕の森に入った者は何十年か前に一人いたらしいです。
しかも、その人物は私達の見知った方……シャーロットさんでした。
シャーロットさんは妖術師と名乗っているだけあって、多少瘴気に当たっても平気だと。
そのシャーロットさんも足を踏み入れたのはその一度だけだと。
そんな事もあり、誰言うとでもなく腐蝕の森の管理者はシャーロットさんになっているらしいと、色んな事実を聞かされました。
「今回の件はシャーロットに伝えておく」
まあ、そうですね。私達にどうこう出来る問題ではありませんし、森に入ることも出来ません。
「──そう言えばヤンは?」
ティムさんがキョロキョロ辺りを見渡し、ヤンさんの姿が見えないのを察したようです。
それもそのはず、ヤンさんは今フェンリルの小屋を製作する為、森に籠っているのですから。
「あ゛~、ヤンはな……」
ゴリさんが頭を掻きながら皆さんに説明しました。
皆さん黙って聞いていましたが、話が進むにつれて驚愕の表情に変わっていきました。
そして、最後にゴリさんが「アイツは、無類の動物好きだからな」と仰りました。
その言葉には私も驚きです。
確かにルーナを可愛がってくれるのはルイスさんに匹敵する程でしたが、感情を表にしないヤンさんにルーナがあまり懐かなったのです。
時折ルイスさんとルーナのじゃれている姿を剣を磨きながら見ているのを目撃していましたが……あの目はルイスさんに嫉妬を向けていたのですね。
今回はフェンリルが懐いてくれたので、嬉しさ倍増だったのでしょうね。
そこで、そんなに浮かれているなら後で皆で様子を見に行こうと言うことなりました。
◇◇◇
「ほぇ~~~すげぇぇ」
あの後すぐに皆さんと一緒にヤンさんがいる森へとやって来ました。
そして、ヤンさんの建てた小屋を見るなりルイスさんが声を上げております。
──確かにこの短時間で素晴らしい作業です。
私たちの目の前には三つの小屋が建てられており、その一つ一つにフェンリルが大人しく入っています。
ヤンさんは一頭一頭、頭を撫でて大変嬉しそうです。
「キュルルルル」
丁度ルーナが食事をしに来ていたらしく、私の肩に乗ってきました。
フェンリルはルーナを見るなり「ガルルルル……」と唸り始め、ルーナを威嚇します。
ルーナも負けずに羽を広げ威嚇しております。
これでは仲良くなるどころか、近づく事も出来ません。
私はルーナを抑え、落ち着くよう言い聞かせますが、まったく言うことを聞きません。
こんな事は初めてです。
フェンリルはヤンさんが作ったばかりの小屋を今にも破壊しそうな勢いです。
このままではマズいと思ったゴリさん達が、フェンリルを必死に押さえ込んでいますが、相手は魔物。力の差が違います。
ルーナは私とルイスさんが対応中。
いよいよマズいと思った瞬間──……
ドゴッ!!
フェンリルの一頭が倒れました。
それは何故か……ヤンさんが思いっきり拳骨で殴ったのです。
「…………」
『躾がなってなくてすまない』と私とルーナに頭を下げてきました。
他の二頭は倒された一頭を見て、瞬時に大人しくお座りをしております。
「い、いえ、こちらこそルーナがすみません。──ルーナ、貴方も謝りなさい」
「キュ」
ルーナも申し訳なさそうに鳴きました。
そんなルーナをヤンさんは優しく撫でてくれました。
「……ヤンは鬼教官みたいだね」
「ちょっとフェンリルが気の毒に思えてきたわ」
ティムさんとシモーネさんの声が後ろからボソッと聞こえました。
ゴリさんは「程々にな……」とヤンさんの肩をポンと叩きながら哀れみの表情でフェンリルを見つめておりました。
「ところで、名前は決められたんですか?」
「…………」
私が問いかけると『当然だ』と仰り、名を教えてくれました。
「え~、こちらから、フェン、リル、ゴン。……らしいです」
「「ん????」」
皆さんにヤンさんから聞いた名を伝えると、戸惑いの表情に変わりました。
平然を装っておりますが、私も戸惑っております。
「……ごめん。もう一度聞いていい?」
「えぇ。こちらから、フェン、リル、ゴンです」
「いやいやいやいや!!!最後!!!」
つこっみ隊長のルイスさんが真っ先に声を上げました。
まあ、声を上げたくなる気持ちも分からんでもないです。
「…………」
「『いい名だろ?皆気に入ってくれている』と仰っておりますが?」
ヤンさんはご機嫌でフェンリルを撫で回しております。
こんなに嬉しそうなヤンさんを見るのは初めてです。
「あぁ~、まあ、飼い主はヤンだからな。いいんじゃないのか?」
ゴリさん、疑問形ですよ。
言い切って下さいよ……
皆さん色々言いたい様ですが、嬉しそうなヤンさんに何も言えずに、作り笑顔でこの場を凌ぎました。
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