第64話挨拶

キィィ……と音を立てて会場の扉がゆっくりと開かれました。

ギュッと殿下の手を握りしめ、いざ会場戦場へ。


殿下はゆっくりとした足取りで会場に入りますが、いくら仮面で隠していても殿下は殿下なので、バレバレです。

私は絶対バレる訳にはいきませんので、常に扇で口元を隠していております。

勿論、無作法なのは承知の上。


そんな私の様子に、案の定周りはザワザワしております。


「……あれが、ラインハルト様の婚約者?」「今回の夜会も婚約者の為に仮面着用になったんでしょ?」「そんなに恥ずかしいお顔なのかしらね?」「……俺、殿下狙ってたのに……」と、色んな言葉が飛び交う中、興味深い言葉が一瞬聞こえましたね。


私はそのまま殿下にエスコートされ、壇上にいる陛下の前まで向かいました。

まずは、陛下にご挨拶が礼儀です。

それさえ終わればあとは自由時間。飲んだり食べたり、踊ったり、更には生涯を誓う伴侶を探したりですね。

まあ、殆どの方は後者ですね。


「父上、紹介が遅れて申し訳ありませんでした。こちらが、私の婚約者で──」


殿下は陛下の前で跪き、私を紹介しようとしましたが、言葉に詰まりました。それもそのはず……


──しまった!!名前までは考えておりません!!

流石に本名はまずいです!!


殿下は私でも分かるほど、焦っております。

冷や汗ダラダラです。因みに、私もです。


「──……リアン!!リアン・ルチアー二と申します!!」


素晴らしい!!!この極限状態で良く名前を絞り出しました!!


「ほお?お主は、リアンと申すのか?」


私は跪いたまま、顔を上げれません。いくら陛下だろうと、顔を見せる訳には参りません。


──このまま無礼者として、会場を追い出してください。


「父上、申し訳ありません。リアンは極度の人見知り故、他人の顔を見れないのです」


殿下は苦し紛れの言い訳を、必死に述べています。

流石に、その言い分は通らないと思いますが……


「そうなのか?それは難儀な事だな。──分かった、私もリアン嬢に慣れてもらえるように努力しよう」


あぁ、通っちゃいました……。

この陛下にしてこの殿下ですか。なるほど……。


陛下の言葉に殿下は「お心遣いありがうございます」と一言伝え、陛下への挨拶は終わりました。


しかし私が去り際、陛下の方をチラッと拝見すると、陛下は何とも不敵な笑みをしておりました。


──……何ですかね、あの笑みは……


正直気になりましたが、これ以上深入りするつもりはないので、忘れることにしました。


「……はぁ~、寿命が数時間縮んだわぁ」


殿下は陛下から離れた途端、安堵の表情を見せ、いつもの口調に戻りました。


──と言うか、縮んだのは数時間だけなのですね……

どれだけ図太い寿命しているんですか?


さて、無事陛下に紹介も済んだことですし、私は用無しですね?もう、退散しても宜しいでしょうか?


そう思った私は、早速会場の外に出ようとしましたが、殿下にすぐさま捕まりました。


「……どこ行こうとしてるのよ?」


「──いえ、もう役目は果たしたので邪魔者は退散しようかと」


殿下は気づいていないかもしれませんが、ご令嬢の方々が殿下とお話したいらしくソワソワしております。

今が出会いのチャンスです。今までこの口調のせいで浮いた話がありませんでしたが、やはり次期国王様。

次期王妃様の座が欲しい方々でしょうね。


そんな方々に私の存在は邪魔でしかありませんので、この場を去らせていただきます。


「いい事?貴方は今私の婚約者なの。その婚約者が一人で会場を出ることが許されるとでも思っているの?」


「えっ?」


婚約者とは、そんなに窮屈なものなのですか!?

お花を詰みにと言っても、一人で行かせてもらえないのですか!?切羽詰まった状況でもですか!?それは、ここで粗相をしろと言ってるんですか!?


「──……あ~、言いたいことは何となく分かるけど、今回だけは大人しく私の側にいてちょうだい。……ごめんなさいね……」


殿下は心苦しそうに、謝罪の言葉を口にしました。


そんな切なそうな顔で言われたら仕方ありません。

私も鬼ではないので、今回大人しくしています。


殿下は私が諦めたことを察すると安心したのか、すぐに他国の方々に挨拶を始めました。


「君が兄様の婚約者?」


聞きなれた声に振り向けば、そこには立派な仮面を着けたライナー様がおりました。


「──あれ?君……」


まじまじと仮面越しに見られ、流石にバレたと思いドキッとしました。


「……綺麗な瞳してるね」と思いもよらない言葉が返ってきました。


「いや~、良かったよ。ようやく兄様にも婚約者が決まって!!兄様はね、侍女にお気に入りの子がいるんだけどさ。てっきりその子と婚約するもんだと思ってたんだぁ。──あっ!!大丈夫、兄様は二股するような奴じゃないから」


ライナー様は私に気づかず一人でベラベラと喋っております。

この方、仮にも婚約者の私に、殿下は他に好きな人がいると、わざわざ言いに来たんですかね?

私でなかったら婚約破棄の事態を招き得ますよ。


「──……これでようやく、マリーを僕のモノにできる」


最後にボソッと一言、余計なことを仰りましたね?

本人目の前にしてよく、そんな事言えますね……。──まあ、気づいていないので仕方ありませんが……


「君、僕の幸せの為に兄様を離さないでねぇ」


自分が話したい事を話したら、ライナー様は私の側を離れて行きました。


──あの方は何しに来たんでしょう?

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