第63話夜会

遂にやって参りました。夜会当日……。


朝から私はカリンが用意してくれた侍女達に磨かれております。

当然、侍女の仕事はお休みです。

どうやら殿下が事前に、テレザ様には経緯を説明してくれていた様で、テレザ様にお会いした際、私に向けられた哀れみの目が忘れられません。


「全く、変なのに捕まっちゃって……。まあ、使用人みんなには黙っておくから安心なさい」と、テレザ様は仰っておりました。

殿下を「変なの」呼ばわりはどうかと思いますが、本当の事ですので否定はしません。


昼頃には近国の王族の方々が、次々に登城してきました。

殿下も忙しいらしく、私の元に一度も顔を出してきません。


──柄にもなく、胃が痛くなってきました。


私は社交界というものが大の苦手なんです。

令嬢の頃は何度か父様に連れられて出たことがありますが、私達は「脳筋貴族」ですから、陰でコソコソされてばかり。

一度、言い返しに行こうとした所を父様に止められました。

「言わせておけばいい。私達には私達の誇りがある。自信を持ちなさい」と言われてしましました。

面と向かって言ってくれれば返り討ちに出来るのですが、コソコソされるのは気分がよくありません。


──嫌な事を思い出してしまいましたね……


「マリー。なに、そんな暗い顔してんのよ」


声が掛かった方を振り向いたらカリンがおりました。

カリンも既に夜会仕様です。


「カリン。とても美しいです」


「そ、そう?……マリーも、そのドレス似合ってるわよ」


カリンは照れながら、私の姿も褒めてくださいました。


このドレスは殿下が用意してくれた物です。

濃いブルーに黒のレースがアクセントになっている、大人の女性と言う感じのドレスです。

それに合わせるように、化粧と髪を整えます。

そして、仕上げにカリンとお揃いの仮面を付ければ完成です。


これでも十分誰か分かりませんが、念には念を入れて扇で口元も隠し、一言も喋らない計画です。


「──こうして見れば、立派な令嬢ね」


「……気が進みません……」


「何言ってんの!!今日の主役は貴方でしょ!!さあ、行くわよ!!」


カリンは渋る私の手を引き、部屋を後にしました。


遂に、夜会の開始です……



◇◇◇



「……マリアンネ……なの……?」


「……ええ、不本意ながら、参上致しました」


カリンに連れられて来たのは、当然殿下の元。

殿下も夜会仕様で、いつもは下ろしている髪を上げ、その見目麗しいお顔が丸見えです。


仮面がなければこのお顔を拝見しただけで卒倒するご令嬢が多数、排出する所でした。


「どう?マリーの姿に惚れ直したんじゃない?」


カリンが私の肩を掴みながら、殿下に申しております。

そんな事を言われた殿下は、何故か口に手を当てて顔が真っ赤になり、直立不動となりました。

どうやら、私の姿はお気に召さなかったご様子ですね。それでは仕方ありません。私は退散させて……


「──美しいわ……とても。……このまま押し倒したいぐらい……」


膝を返そうとしましたら、殿下の声が聞こえました。

最後の方は声が小さく聞こえませんでしたが、不穏な事を言われたのは分かります。


「ちょっと、ここでは止めてよ。私もいるのよ?」


どうやらカリンには聞こえたようです。案外、地獄耳ですね。


「あら?カリン、まだいたの?」


「はぁぁぁぁ!?あんたの目にはマリーしか映ってないの!?」


このお二人は、本当に顔を合わせると言い争いが絶えません。

まあ、喧嘩する程仲が良いと言いますから、私が心配するまでもないでしょう。


「さあ、姫。カリンなどほっておいて参りましょ?」


「ふんっ!!いつかあんたにギャフンと言わせてやるわ!!──じゃマリー、会場でね」


カリンは手を振りながら、私を残して先に会場へと向かってしまいました。

私は当然、殿下がエスコートでの入場です。


「緊張してる?」


私の手を握る殿下に問われました。


「……緊張と言うより、憂鬱です」


出来ることなら、今すぐこの場を去りたいです。


「──大丈夫よ。私が守るから安心して」


キュッと握る手に力が込められました。

殿下はしっかり前を向いて、凛としております。

その姿は一国の王と言うに相応しいですね。


その姿を見て、腹を括りました。

やるからには、この方に相応しい婚約者役を演じましょう。

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