第15話 勇者、不在【3/5】または「勇者の正体」

「鶏よ、鶏よ。今こそ贖罪せよ」

ペトロスのごとき体をもって、三度みたびペテロに赦されるべし」

 シモン・ペテロが盃をかざし呪文を唱えると、盃から血が湧きだし、そしてそれは、3人(3匹?)の鶏人けいじんとなって現出した。

 すぐさま、シモン・ペテロは彼らに聖剣、聖杖、聖典を与え、戦力とする。

 シモン・ペテロ自身は独自の浮遊術で飛行し、空中から光魔法で爆撃した。

 シモン・ペテロ、その本名はシモン・マグス。

 聖ペテロに聖職売買シモニアを持ち掛け、“取引が成立してしまった世界”から来た、シモン・マグス・“ペテロ”である。


 ブッタデウスは、聖遺物で武装しつつ、疵を負うことをいとわずに敵陣に突撃する。

 彼は、“キリスト本人から、直々に呪われた”永遠のユダヤ人。

 決して“休むこと(=死ぬこと)ができぬ”という呪いを受けているのだ。



「彼らに続け!!! 我ら、竜騎士ドラグーンの意地を見せよ!」

 檄を飛ばすのは、竜騎士ドラグーン隊隊長、レオス。

 彼もまた、『竜の勇者』である。

 亜灼熱竜レッサー・レッドドラゴンを召喚し、騎竜として操る能力をもつ。

 ほとんどが飛竜ワイバーン、一部の優秀な者でも火亜竜ファイアドレイクを駆る竜騎士ドラグーンのなかでも、レオスの騎竜は群を抜いて強力である。

 だがそれ以上に、レオスの魔法騎士としての戦闘能力がずば抜けて高い。


 ホウセン(鳳扇)も『竜の勇者』であり、彼は騎竜をもたない特別な竜騎士ドラグーン隊員だ。

 彼は、『竜の翼』を生やしており、自力で飛行できる。

 そして彼は、この世界の魔法と、この世界の魔法ではなく彼が生きていた世界の魔法を組み合わせた、独自の風魔法を使う。

 その効率は極めて高く、実は竜の身体パーツをもっていることよりも、風魔法に関する技術と知識のほうが彼を「勇者」たらしめている要因だった。


「風のそう風刻刹ふうこくさつ! ダブルワールウィンド!」


 すさまじい速度で加速し、音速の壁をギリギリ超えず、敵軍に“音の壁ごとぶつかる”という対軍用の飛行術。

 実はこれは、ファラーマルズが王都襲撃事件で帝国軍に見せた戦法を真似たものである。

 そのファラーマルズが、まさか王国を裏切るとは……。

 ホウセンは、心中穏やかではない。

『竜の勇者』が裏切ったかもしれない、という状況についてではない。

 ファラーマルズの飛行術を、ホウセンは体感している。あんな恐ろしいバケモノが敵方にいるなど、想像したくなかった。


 チュルクも竜騎士ドラグーン隊員だ。

 彼は、少し怠け癖があるが、基本的にはとても元気で一生懸命だ!

「うおおおお!!! 王国っ子ルーマシアンを舐めるなよぉおお!!!」


「これこれ、チュルク。そこは『竜騎士ドラグーンを舐めるな』でしょうが」

 ホウセンからたしなめられる。


 それを聞いて、レオスが間に割って入る。

「はははっ、まぁいいではないか、ホウセン。私は生粋の王国っ子ルーマシアンではないがな」

「私はこの国に使える騎士であり、なにより恩がある」

「こんな魔族どもに、愛する王国を蹂躙させてたまるものかよ!」

「“王国っ子ルーマシアンを舐めるな”だ!!!」


 少し出遅れていたが、翼竜プテロ隊も合流してきた。

 ケツァルコアトルスやハツェゴプテリクスといった重翼竜は、戦力としてはむしろ亜竜ドレイクよりもドラゴンに近い。

 頼もしい存在だ。


 空の戦いでは、ほとんど王国守備隊が圧勝している。

 墜落し地面に激突するのは、ほとんどが悪魔や魔族たちだ。



 一方、圧倒的に充実している空の戦力と比べ、王国守備隊の地上戦は厳しい戦いだ。


 なにせ、『竜の勇者』ファラーマルズと思しき存在がいるのだ。


 腕を振るえば、隊列がまるごと吹き飛ぶ。

 漆黒の魔素を放ち、装備や防御を肉体ごと焼き尽くしている。


 敵味方もお構いなし。

 味方を巻き込もうが関係なく、暴れている。


 だが。

 おかしい。

 魔法の精度が悪い。

 武器も使わない。

 力任せの、なんのセンスもない戦い方だ。

 ファラーマルズは、一流の戦士であり、一流の魔術師であるはずだ。


 最初に違和感に気づいたのは、シモン・ペテロだった。

 ほぼ同時に、ブッタデウスも気づいた。

 彼ら二人は、実際にファラーマルズと会っている。頻繁ではないものの、やりとりもある。

 なにより、一度ファラーマルズと軽く力比べを経験している。



「違う。ええ。違いますな」

「彼は、ファラーマルズ殿ではありませんな」

 シモン・ペテロが確信する。


 そしてすぐさま、高級魔道具である念話宝珠を使い、その旨を大司祭へ告げた。

「魔法も使わない、魔道具も使わない、技術も拙い」

「なにより、“陰険な余裕”が見えない。あれは、ファラーマルズ殿ではありません!」

「別の、何かです。ファラーマルズ殿によく似た」

「ですが同時に、同じくらい強敵であることも事実」

「あれは、いったい……いや、待てよ」

「我々は、あれによく似た存在を、知っているかもしれません……」

「ファラーマルズ殿が共和国に行っている間、王国にいる我々の陰謀を監視していた存在がいたはず」

「あれは……ファラーマルズ殿の“分身体”では!?」



 念話を受けた大司祭が、愕然とする。

 大司祭の近くに控える浄化教団の女司教が、納得した様子で聞いていた。


 話を少し戻そう。


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 これは、ユウマと魔王ズハインが、王都襲撃計画を話し合っているとき。


「(それどころか……なんとなんと!!! 今回は、ファラーマルズが我々の味方になってくれるとしたら!?)」


 魔王は興味を惹かれる。


「(共和国の枢密院残党軍と渡りをつけています)」

「(彼らが協力してくれる、ってわけ)」

「(そんでもって、“禁じられた魔法”の話、聞きたくない?)」


 ユウマは、共和国でのファラーマルズの活躍を話していた。


「(ファラーマルズは、自分の首を切り落とし、頭から胴体を再生させて、自分の分身を作ることができたそうです)」

「(もちろん、首を失ったほうの胴体からは、頭を再生させて、そっちが本体になってね……って……)」

「(……いやいや、バケモノすぎるだろ、さすがに。見た目がもう人間じゃねぇよ。まぁいいや。よくないけど)」

「(で、自分の分身を囮にして、反抗の機会を作ったんだけど、やっぱり囮は囮。しっかりと分身は枢密院の手勢に殺されてるのよね)」

「(枢密院残党軍は、そんときのファラーマルズの死体を持っています。ボロボロだし、分身のだけど)」

「(んで、ね)」

「(さっきの禁じられた魔法の話さ。……屍操術ネクロマンシーって、知ってる?)」


 なんということか!

 枢密院を出し抜くために用意された『魔王蛇人』が、よもやこのような方法で悪用されるとは!?


 恐るべきは、禁じられた屍操術ネクロマンシーを使い、ファラーマルズの分身体であり、本来は魂をもたず、操作を終えたら骸になるだけの『魔王蛇人』を、アンデッドとして蘇らせようという禁断の作戦!



 魔王ズハインは、出撃の前に噛みしめていた。


「横に立ってみて、はじめて分かる。このファラーマルズとかいう男の恐ろしさが」

「ファラーマルズが恐ろしい男であることに疑いはないが、ヤツの実力が高ければ高いほど、我らも安泰というものだ」

「しかも分身とはいえ、こちらはアンデッド化させた者」

「同じ実力なら、アンデッドのほうが勝つ。これは道理だ」

「すでに死を超えた者が、死を待つだけの生者に負けるはずがない」

「もし仮に、本人が王都に舞い戻ってきたとして……アンデッド化した分身が、負けるはずがないのだ!」

「フハハ! 『竜の勇者』のアンデッドか!! 味方になれば、これほど頼もしいモノはない」


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「禁断の……外法を……!」

 大司祭は、言葉を失っていた。


「やはりそうでしたか。屍気が満ち、魔素の流れが変わっていると感じていました」

 浄化教団の女司教は、こともなげに言い放つ。


「我々、浄化教団は。故あって、屍操術ネクロマンシーには詳しいのです」

「そして、アンデッドを倒し、浄化するすべがあります」

「どうか、我々教団に協力してください……いえ、王都の守護に、協力させてください」


 大司祭に、もはやその提案を拒むことはできなかった。


「私にも。実は、奥の手は、あるにはあります。というか、今、思いつきました」

「ですが、それを実行するのは今すぐには難しいでしょう」

「白き浄化教団のみなさま、どうか、我らに力をお貸しください」

 大司祭は、平伏して頼み込む。

 土下座にも似ているが、これは実は、かなり正式かつ神聖な、聖光教団の古式ゆかしい祈りのポーズだ。


「どうかお顔をお上げください。我々にも準備があります。決して悪いようにはさせません」

「そして、我々の屍操術ネクロマンシーの知識をお使いください」

「どこかに、ファラーマルズ様の分身体を操っている術者がおります」

「これほどの高位アンデッドであれば、術者はおそらく1人や2人ではありません」

「それも、相当魔法に長け、なおかつ、人間離れした魔力量を誇る者たちが必要なはずです」

「本来ならば、大規模な魔術兵団で大規模儀式を行うべき精度の屍操術ネクロマンシーです」

「少なくとも、20人から30人規模」

「いったい、どこでそんな儀式が……」


 大司祭は、思い当たった。

「ハイエルフだ」

「共和国の敗残兵、枢密院の残党軍!」

「ハイエルフたちの屍操術ネクロマンシー隊が、どこかにいるはずです!」

「彼らならば、一人ひとりが魔法のエリートで、しかも人間などとは比較にならぬ魔力量をもっています」

「さすがに1人2人は無理でも、もしかしたら9人か10人、場合によっては8人か7人だけでも」

「この規模の屍操術ネクロマンシーを行使できる可能性があります!」


 大司祭は、ありったけの念話宝珠に向かって叫んだ。

「ハイエルフが、屍操術ネクロマンシーを使っています!」

「見つけ次第、倒してください!」

「戦場からそう遠くない場所にいるはずです!」

「我々がもつ空中戦での優位な立場を使い、上空から索敵を行ってください!」


 すでに鷲獅グリフィン隊も翼竜プテロ隊も、本隊が出撃済みだ。

 制空権は揺るがないだろう。


 なんとか順調に進んできた。


 しかし、大司祭の額に、イヤな汗がにじむ。

「(相手は、アンデッドとはいえ、“あのファラーマルズ殿”だぞ?)」

「(これで終わりなのか?)」


 そして大司祭の嫌な予感は、最悪な形で現実のものとなる。

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