第15話 勇者、不在【1/5】または「禁じられた魔法」

 ここは、前人未踏の恐るべき場所。

 どことも知れぬ、瘴気しょうきあふれるけがれた地。


 世界各地に点在する魔素密集地域“魔界”である。


 魔界では、自然の摂理によって魔王が“湧き出る”ことがよくある。

 魔族の群れの中央に鎮座する彼もまた、“湧いて生まれた魔王”だ。

 その名を、魔王ズハイン。

 周囲の魔族と比べても、頭一つ抜けて大きい。


「(ユウマよ。計画を進めねばならないぞ)」

「(今こそ王都に攻め入り、蹂躙してくれよう)」

「(そなたが成しえなかった、王都の完全支配、いまこそ!)」


 魔王ズハインは、頭の中でイマジナリーフレンドに話しかけるタイプの魔王なのであろうか!?

 いや、違う!


「(共和国でも、ファラーマルズが大活躍、というか。とんでもない暴れ方をしたようだね~)」

「(枢密院の陰謀は暴かれ、議会政治は崩壊。ひとまずは、貴族院の有力者である女性エルフが中心になって、仮統治の議会が作られたとかなんとか)」

「(暴かれた枢密院の陰謀とやらは、おそらく嘘だ。もしくは、情報にフェイクが混じっていて、すべては明らかにされていない)」

「(秘匿物資や秘密勢力があって、それらがまるごと、ファラーマルズの懐に収まったみたいだね)」

「(しかもどうやら、現在の共和国仮統治の代表者は、ファラーマルズの手の者らしい)」

「(まったく、何が『竜の勇者』ファラーマルズだよ。こんな、意識を飛ばして情報収集するくらいしかできない僕の『竜の力』と比べて、バケモノすぎるだろ)」


 これは、超遠距離の念話による会話だ!


 かつて『竜の勇者』として召喚されながら、王都を襲撃し、いまや神聖ルーマシア王国の反逆者となったユウマ・アツドウ。

 彼は、王国に敵対するグルマジア帝国に匿われながら、魔王ズハインと秘密の会話を行っていた!


 そもそも、このズハインが魔王としての地位を盤石にできたのは、ユウマによる物資や技術の支援があったからだ。

 ユウマも、ところどころでズハイン率いる魔王軍の力を借りてきた。


 そしてユウマは、はっきりと口に出しはしないが、“湧いて生まれた魔王”では、ファラーマルズには勝てぬであろうと気づいている。

 だからこそ、準備が必要だった。


「(ユウマよ! そなたの『竜人兵クローン計画』で、我が魔王軍を補強せねばならぬ!)」


 ユウマと同時期に『竜の勇者』として召喚され、いまだに王国に残り、ファラーマルズに協力しているノーマ。

 彼女は、『竜の膂力りょりょく』と『竜火』を授かっている。

 同じくウダイオスは、『竜の再生力』と『竜の骨』をもつ。


 この二人の遺伝子を掛け合わせて、竜人を生み出す。

 そして、莫大な科学的リソースをもつ帝国と、禁忌など関係なく実験ができる魔王軍を使って、クローン生成技術を確立する。


 これらを合わせれば、竜人のクローンで大軍団ができる、という計画だ。


 しかし。

 ノーマは、王国側についた。

 ウダイオスはファラーマルズに敗れ、王都に監禁されている。

 まずは両者を手に入れねばならぬ。



「(はい~。そんな魔王殿に耳よりな情報がありますよ)」

「(共和国との戦いで、ノーマは再起不能に近い重傷を負って、王都で療養中だとか)」

「(そして王都には、ウダイオスも収監されていますね)」

「(今こそ、王都を襲っちゃいましょう!)」


 魔王ズハインはいぶかしんでいる。


「(ユウマよ。そなたは一度、王都襲撃に失敗しておるではないか!)」


「(いやはや、それを言われると痛い)」

「(ですがなんと! 今回、ファラーマルズは王都に不在なのです!)」

「(それどころか……なんとなんと!!! 今回は、ファラーマルズが我々の味方になってくれるとしたら!?)」


 魔王は興味深さを隠しきれない。


 ユウマがもつ「竜声」は、超遠距離の念話を可能にする。

 それだけでなく、“心の表層を読める”という副次的な効果もついているのだ。

 高度な念話は、“心の表層で会話をする”ようなものだからである。

 つまり、表面的な嘘はつけないのだ。


 ユウマは、魔王ズハインが本心から興味を惹かれていることを知った。

 その流れで、ユウマは王都への再度の侵攻作戦の実施を確信した。


「(共和国の枢密院残党軍と渡りをつけています)」

「(彼らが協力してくれる、ってわけ)」

「(そんでもって、“禁じられた魔法”の話、聞きたくない?)」



 一時期は『勇者』と呼ばれたユウマの口から発せられた、恐るべき禁断魔法を利用した戦術に、魔王は笑いださずにはいられなかった。





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 数日後。


“魔界”にもほど近い神聖ルーマシア王国の辺境。

 この辺境を通る「王都への道」はほぼ直線であり、なおかつ直線距離にして王都への最短ルートになっている。

 これは『王の道』と呼ばれるもので、王家の許可証を持つ者しか通ることはできない。

 そのため、周囲に人気ひとけは少なく、関所もまばらだ。


 そこに、グルマジア魔導科学帝国の最新式の上級軍隊装備に身を包んだ魔族たちと、ハイエルフを中心とした枢密院残党軍、そして邪悪な魔力に満ちた“勇者ファラーマルズのような何か”が立っていた。


 司令官は、“湧いて生まれた魔王”にしてユウマの協力者。

 魔王ズハイン、自らが前線にて指揮を執る。


「横に立ってみて、はじめて分かる。このファラーマルズとかいう男の恐ろしさが」

「ファラーマルズが恐ろしい男であることに疑いはないが、ヤツの実力が高ければ高いほど、我らも安泰というものだ」


 ユウマから念話が入る。

「(僕も少し近くまで来ていてね。『竜眼』でざっと確認したけど)」

「(王都に軍隊の主力部隊はいない。通常の守備隊だけだ)」

 ユウマは、『竜眼』によって一つの国まるごと全部を俯瞰視できる。

 おそろしい状況把握能力だ!


「うむ! よかろう! ならば、作戦開始だ!」

「目標はルーマシア王国の王都。目的は、王都の蹂躙と破壊。そして、ノーマとウダイオスの確保!」

「ウダイオスは生きたまま確保せよ! わが友、ユウマの盟友である!」

「ノーマは、死んでいてもかまわん! 血が手に入れば、それでいい!」

「全軍!!!! 侵攻開始だ!!!」


 魔王ズハインは、良く通るいい声をしている。

 もちろん、魔族としての恐ろしさと魔王としての威厳も備えていた。


 今、ユウマの手引きによる第二次王都襲撃が実施されようとしていた。

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