第14話 勇者、みんなに平等に接する【1/1】または「異種族統治計画」
一通りの事後処理が終わり、ファラーマルズは王国の自室に帰ってきている。
目の前には、今回の件に関わるあらゆる報告書、さらには自分が王国不在時に行われた教皇選出にまつわる書類が積みあがっている。
「ヴァルドリエル、か。
「本当の名は
「
すでに、共和国の枢密院代表ヴァルドリエルが仕掛けた数々の陰謀は崩れた。
陰謀が、陰謀であったことを誰にも知られぬままに。
枢密院、元老院、貴族院を印象操作で争い合わせ、三つ巴の構図を作る。
一触即発だが戦闘は起こらない。
そんな冷戦状態のまま、各勢力の準備兵力を膨れ上がらせ、自分が意図したタイミングで内紛を起こす。
その内紛を鎮圧することで、自分の息がかからないすべての兵力を一掃する。
つまり厳密には、共和国内には「枢密院の私兵」「元老院の私兵」「貴族院の私兵」そして「ヴァルドリエルの私兵」という四勢力が存在していた、というわけだ。
この内戦を経て共和国に残る兵力は、自分の息がかかった者たちだけ。
残った自分の勢力だけで、共和国に絶対王政を敷く。
永世皇帝に就任し、反乱分子は“国内唯一の武力”となった自分の私兵で黙らせる。
しかも、竜の血を浴び続けることで、自分自身は不老不死ときている。
永世皇帝の「永世」が、本当に「永遠に続く」という意味になってしまうのだ。
そんな恐ろしい陰謀も、勇者ファラーマルズの手によって砕かれた。
誰にも知られていなかった陰謀。
誰にも知られていなかったがゆえに、「引き継ぐ者」がいても、それは誰にも知られないのだ。
「そなたの計画、余が擁立した貴族院の娘っ子に引き継がせてやろう」
「王国に続いて、共和国が余のものになるのも、時間の問題じゃのう」
老勇者ファラーマルズは、『
「永世皇帝を作るのと同じ要領で、余の配下たる王国大司祭を、いずれ永世教皇にしてくれよう」
「さて、次なる一手は……やはり、ヴァルドフリートの策をなぞるのが楽でよかろう」
「ご丁寧に準備してくれていたわけじゃからのう。すなわち、人類の平等化じゃな」
共和国で抱いた違和感。
オーガもゴブリンも、下層民だったのだ。
奴隷としてこき使われるのでも、モンスターとして排除されるのでもなく。
“民”としての扱いだったのだ。
実は、この世界を創造した女神ディルは、人間、エルフ、ドワーフ、オーガ、ゴブリンを“人類五種族”として平等な存在だと考えている。
しかし、女神の考えを広めながらも人間至上主義に傾倒する聖光教会は、オーガやゴブリンを人類とは認めていなかった。
場合によっては、エルフやドワーフですらも“人類にあらず”と断ずる宗派も存在するほどだった。
「今なら分かるぞ、ヴァルドフリートよ」
「そなたは、オーガやゴブリンにも、ほかの人類に向けるのと同じ目を向けておったそうじゃな」
「慈悲深い指導者だと思われておったようじゃが」
「実際には、逆だったのであろう」
「余がそなたをこの世から追い出すまで、5000年も生きておったのだ」
「エルフであろうと、自分と同じハイエルフであろうと、“オーガやゴブリンと同じ程度の存在”として、下賤なゴミにしか見えていなかったのじゃろうな」
「そなたが見ていた“人類五種族の平等”とは、すなわち、すべての人類が、そなたと比べて下賤な存在である、ということだったのだ」
それはある意味では、完全なる平等でもあった。
だが、そんな自分の“他者すべてを見下したい”という欲求のために、『人類の平等化』を計画していたのだろうか?
そんなわけはない。
裏の意味があったのだ。
ドワーフは頑迷だが、欲深く、金銀財宝で簡単に操れる。
人間も同じだ。
だが、エルフは気高く、かつ自然宗教的な思想をもっており、支配が難しかったのだ。
「ならば、どうする。民意が得られぬのなら、どうする。エルフという大勢力の民意を得られないなら、どうする」
「“民の総数”を増やせばよい。自分を支持する民の総数を増やせばよいのだ」
「人間、ドワーフ、エルフのなかで、エルフの反対に合えば、それは1/3の反対を受けることになる」
「無視できぬ数じゃな。勢力図に影響も出よう」
「じゃが、もし。もしも、オーガもゴブリンも“人類”に含めることができるのなら?」
「エルフたちが反対しても、それはしょせん1/5の反対に過ぎぬ」
「オーガもゴブリンも、人間やドワーフと同じくらい強欲で単純で、操りやすいからのう」
「しかもそれは、原初の女神主義である“人類五種族”の思想にも合致したものじゃ」
「聖光教会の原理派をはじめとした、経典派や創世派の支持も取りつけやすかろう」
「実に見事で傲慢な、“人類平等化計画”じゃ」
「……余はこれを、さらに推し進めよう」
老勇者ファラーマルズ、その正体は、おそるべき魔王ザッハークである!
ザッハークはかつて、悪魔・妖精・人間の混成軍隊を率いていたことがある。
彼の二代前の名君、第三代イラン王タフムーラスも悪魔たちを使役しており、“悪魔縛り”の名で知られていた。
タフムーラス王は、神の威光と聖なる呪文で悪魔を縛りつけていた聖王であったのに対して、ザッハークは己の武力と邪悪さによって悪魔や妖精すらも従えていた。
すなわち、“悪魔たちにとっても王だった”のだ。
これが、魔王ザッハークが魔王たる
悪魔や妖精を仲間にしていた彼にとってみれば、人間に近い見た目をしたオーガやゴブリンであれば、まったく違和感なく自国民にできるだろう。
もちろん、それだけではない!
かつて悪魔を力で従えていたときと同じように、この世界に存在する悪魔や魔族、そして“この世界の魔王”すらも自国民として取り入れ、人魔混成軍を編成しようというのだ!
「悪魔、妖精、オーガ、ゴブリンを味方につければ、人間、ドワーフ、エルフなぞ、全体の3/7でしかない」
「過半数以下じゃ。過半数以下に転落することは、議会政治では致命的よのう」
「まぁもっとも、欲深い人間とドワーフも、容易く仲間に引き入れられるがな」
「そうなれば、扱いにくいエルフどもは全体の1/7の勢力。むしろ、異端として排斥してもよいくらいじゃ」
ザッハークの両肩には、恐ろしい蛇が生えている!
この蛇が
欲に目がくらみやすい、人間やドワーフはひとたまりもなかろう。
「さて、次はいよいよ……帝国、か」
すでに、各種の書類はすべて整理されていた。
机の上には、世界地図が一枚。
ファラーマルズは、地図上の帝国を鋭い蛇のような視線で見つめ、そして背筋が凍るような笑みを浮かべた。
おお、
そなたは、なぜこの世界に恐るべき混乱を生み出すのか。
すべては消え去る儚い夢、あの世に行くまでの幻、幸福も苦痛も長く続きはしない。
だとしても、なぜこんなにも恐怖と悪徳を見逃すのか。
いや、このまま
その歩みは、すぐに止まるだろう。
それまでは、今しばらく、この世界の運命を見届けようではないか。
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