第13話 勇者、わりと本気を出す【3/3】または「大邪竜 対 蛇竜王」
はるか遠くからでも、その惨状は明らかであった。
信じられぬほどの巨大さをもつ竜が二頭、相争っている。
伝説にある
いくら精鋭ぞろいの貴族院お抱えの兵士団とはいえ、あの中に突っ込んで行くのはさすがに躊躇するというもの。
しかし、先頭を走るエルフのご婦人はまったく気に止めていない。
「(ファラーマルズ様をお助けせねば……はやく、はやく!)」
片方の巨竜が地に堕ち、地震のように大地を揺らす。
兵士団のなかで、明らかに遅れをとる者が出始めている。
しかし、ご婦人は止まらない。
「(はやく、はやく!)」
相手を叩き落とした巨竜が、火を吐く。さながら、天空の神から下界へ下される、裁きの業火のようだ。
しかし、ご婦人は止まらない。
「(はやく、はやく!)」
火を吐ききった巨竜は、地に堕ちたもう一頭の巨竜を目がけ、加速しながら落下していく。
さながら、怒れる神が
しかし、ご婦人は止まらない。
「(はやく、はやく!)」
巨竜が落下した際の衝撃など比ではない。
先ほどの揺れが
勝負は決した。
この魔法国を深い根から支配し、腐敗させていた枢密院代表、ヴァルドリエルの野望は潰えた。
文字通り、巨竜と化した自身と比べてもその二倍はあろうかという超巨大竜による致命のストンピングを受け、ぺしゃんこに潰れた。
竜体を維持する魔力も気力も、もう残っていない。
「こ、こんな……バ、バカなことが……」
理解も追いついていない。
6000年生き、竜の血を浴び続けて不死身の肉体を強化しつづけ、魔力を蓄えてきたハイエルフの王たる自分が?
なぜ?
竜化してすらも勝てぬ存在がいた……?
三つの頭をもった暗黒の巨竜アジ・ダハーカは、再び人型へと戻る。
両肩に蛇を生やした魔人、ザッハークの姿に。
この世界では、『竜の勇者』ファラーマルズと名乗っている。
「見事な策略だったな、ハイエルフよ」
「じゃがな」
「
「不死身でありながら、『
「それゆえ、彼を
「……『ただ不死身なだけ』のそなたなんぞは、それと比べればどうということはない」
「余の敵ではなかった、というだけのことじゃ」
恐るべき野望をもった、悪の首領ヴァルドリエル。
彼を倒したザッハークの目は、悪の首領よりもはるかに邪悪に濁っていた。
「そなたの統治手法は、存分に真似させてもらおう。不死者による永世皇帝。すばらしい計画じゃ」
「余が王国に戻ったならば、すぐにでも手筈を整えるとしよう」
「有意義な外交交渉であったぞ」
正義の反対が、すなわち悪ではないのと同じように。
巨悪を倒すのは、必ずしも正義の仕事ではない。
より大きな悪である場合もある、ということなのだろうか。
ザッハークは、悪の首領たるヴァルドリエルも背筋を凍らすほど、暗く
「ハイエルフとて、所詮は1200年しか生きぬ」
「そなたが生きた6000年は、
「余ほどの王の器であれば別であろうが。そなたには荷が重すぎた。そろそろ、休むがよい」
「レンガの枕(※)を用意してやる」
(※レンガの枕:人の一生は「レンガからレンガまで」と言われる。レンガの床で生まれ、死ぬと一個のレンガを枕に埋葬される。「レンガの枕」とは、死者を横たえることを意味する)
すでに、ヴァルドリエルを守っていた不死の皮膚は破られている。
スィーモルグからもたらされた、不死破りに特化した『タマリスクの秘術』による効果である。
ザッハークは魔聖槍を取り出すと、極めて優しく、
「墓がお前の
ザッハークは、そっと、この世から彼を追い出した。
・
・
・
「ファラーマルズ様! ご無事ですか!!!!」
貴族院のエルフのご婦人が駆け寄る。
そうであった。
ザッハークは、この世界ではファラーマルズという偽名を名乗っているのだった。
このご婦人には、
「これはこれは、ご婦人。ご助力に感謝します。助かりましたぞ」
「ごらんなさい、枢密院代表を!」
「彼がしている、あの呪わしき指輪を!」
ご婦人は、すでに命の灯が消えたハイエルフに目をやる。そして、少し大げさに感じるほどに驚き飛びあがる。
「まぁ!!!!」
「あ、あれは! お父様が、お父様がしていた指輪!」
「そうなのです!」
「枢密院代表は、“竜を召喚して”、“あなたのお父様を殺し”、そして……」
「あの“指輪を奪った”のです!!!」
「竜を倒させ、その者に贈る褒美として特別な宝物を作らせ」
「下賜したあとにその宝物を奪い、自分の物にして私腹を肥やしていたのです!」
「なんという富に執着した恐ろしい守銭奴でしょうか!」
ザッハークはファラーマルズへと戻り、隠されていた歴史の『真実』を語った。
建国の英雄王が実は6000年も生き続けており、影で暗躍しては国民を竜に変化させつづけ、竜を倒させつづけ、竜血で不死身を維持し長命を得ていた。そして、この国の「永世皇帝」になり、絶対的な王権を敷く直前であった。
そんな『真実』は、この国には必要ないのだ。必要なのは、分かりやすく「富に狂った邪悪な支配者」だけだ。
「(『竜化の呪い』をもった指輪なぞ、世に出せるものかよ)」
「(この指輪は、手を尽くして余の物にする)」
「(さすれば、いつでも大した魔力を使わずに、指輪の魔術だけで『アジ・ダハーカに戻れる』ようになるというもの)」
すでに、貴族院のエルフのご婦人はファラーマルズに心酔している。
ファラーマルズが伝えた通りの『真実』を信じ、吹聴してくれるだろう。
彼女は今後も大いに役立ってくれるはず。
必要なアイテムを用意したり匿ったりもしてくれた。
受けた恩には報いねば。
このまま彼女には、統治者不在となった魔法国の臨時国家元首になってもらうつもりだ。
一時的な措置として、まずは“エルフの感覚でわずかな期間である20年”ほど臨時元首を務めてもらう。
その後は“人間の感覚では長期間である20年”も務めたのだし、これはもう実質的に正式な元首であろう、として既成事実から事実を作っていけばいい。
邪悪にほくそ笑むファラーマルズに、ボロクズのようになったノーマが、足を引きずりながら近づいてくる。
「や、やっぱりなんか、悪いこと、、、企んでたんですね」
息も絶え絶えだ。
彼女もこの戦いの功労者だ。しっかりと報いてやらねば。
王国へ帰ったら、傷一つ残さず治療してやろう。
むしろ、新たに『竜の力』を追加で付与してやるつもりだ。
「フハハハ。なぁに」
「ずいぶんと難儀な外交交渉であったと思ってなぁ」
「いろいろあったが、まぁ、我ら王国と魔法国は、良い外交関係を結べそうではないか」
ひとまずは、今回の外交遠征の主目的であった「魔法国の傀儡化」は達成できたと言えよう。
彼の目に宿る光が、より一層暗く淀んだものになった。
おお、
この世界に根付いた恐るべき悪の芽は、一つ摘み取られた。
今回、そなたは珍しく善を為したのだろうか。
いやそうではない。
それはより大きな悪の栄養になったに過ぎぬ。
そなたが王であれ庶民であれ奴隷の身であれ、この世界で持てる物はみな夢である。
何もかもが流れる水のように消え去り、与えられた物は奪い去られるのだから。
いずれ、何もかもが儚く消えてゆくのだとしても。
今しばらく、彼らの運命を見届けようではないか。
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