第13話 勇者、わりと本気を出す【2/3】または「大邪竜 対 蛇竜王」
「グハハハ!!!」
「バカめが!!!」
「いまさら矮小な人の子風情に、なにができるか!!!」
巨竜は両腕を叩きつけつつ、同時に業火も放射している!
「さっきから貴様は、“自分こそが誰よりも竜に近い”だとか“本物の竜の力”だとか」
「下らぬ戯言ばかりよのう」
ファラーマルズを包み込んでいた恐ろしく邪悪な魔力の塊が、弾けた。
巨竜が放った両腕による攻撃も、地獄の業火も、まったく意味を成さない。
すべて阻まれたからだ。
……何に?
「貴様は」
ファラーマルズの声だ。
だが。
その出どころと声質に違和感がある。
遥か上空から、とてつもない声量で発されているにも関わらず、まるで地の底から響き渡るかのように魂を凍らせる響きだ。
「“自分こそが誰よりも竜に近い”だとか“本物の竜の力”だとか」
「よくもまぁ、そのような
「“誰よりも竜に近い”のは、すべての邪竜の始祖たるこの儂なのだ!」
「“本物の竜の力”とは、貴様の火焔蜥蜴のごとき児戯ではない。儂が振るうこの力のことなのだ!」
「“矮小な人の子風情”が、
「見せてくれよう、“本物の竜の力”を!」
ヴァルドリエルが変じた巨竜の両腕による攻撃と業火を阻んだもの。
それは、翼だ。巨大な。
巨竜よりもさらに巨大な竜の、翼だ。
ファラーマルズは、ノーマが稼いだわずかな時間の間に魔力を練り上げていた。
もとより枢密院居住区では、何度も血が流されてきた。
穢れた土地だ。
淀んだ魔力は集めやすかった。
しかもつい最近ファラーマルズは、ここで殺された地竜騎兵隊たちの死体を掘り起こし、その「脳」をすべて喰らっている。
いくつもの不幸と幸運が複雑に折り重なった結果、“準備”は万端だったのだ。
二本の腕と二本の脚。
二又に分かれた尻尾が一つ。
有翼。
そして、三頭。
「儂を倒した英雄フェリドゥーンは、魔素の薄い世界にあっても魔法で竜に変ずることができたのだ」
「これほど魔力が満ちている世界ならば、竜体に戻ることなど
ゾロアスター教の悪竜王。
悪の始祖アンリ・マンユにより直々に生み出された、すべての悪しき爬虫類の王にして三頭を持つ原初のドラゴン。
アジ・ダハーカ。
あまりにも巨大、そしてあまりにも強大。
それこそが、ファラーマルズの……ファラーマルズという偽名を名乗る「悪蛇竜王ザッハーク」の正体だった。
「グググッ、な、なんだとっ!」
「そんなバカな! バカな!」
「こんなにも巨大な! 邪悪な!」
「人の子が、100年も生きられぬ矮小な人の子が、なぜこのような竜になれるというのだ!?」
狼狽する巨竜。
いや、もはや巨竜という呼び名は不適切だった。
ヴァルドリエルが変じた巨竜は、アジ・ダハーカの半分ほどの大きさしかない。
「ふんっ! 儂は人間の頃でも2000年以上を生きておるわ!」
「じゃが、アジ・ダハーカとしては数万年の時を生きておる」
「6000年生きた? ハイエルフの限界を超える? フハハハ!!」
「笑わせおる」
「経験が足りぬ小僧っ子めの想像力と知識量では、その程度が限界であろう!!」
ヴァルドリエルが変じた竜が、アジ・ダハーカに果敢にも挑みかかる。
掴みかかろうにも、子供が大男にじゃれついているかのような見栄えだ。
「グオオオオ!!! バカな! こんなっ!!」
まったく勝負にならぬ。
ヴァルドリエルがどれだけ怪力を振るおうとも、アジ・ダハーカは一切気に止めない。
そもそも「攻撃」の域に達していないのだ。
逆に、アジ・ダハーカが戯れに尻尾を振るえば、それは音速を超えた超高速かつ超巨大かつ超重量のフレイルとなる。
竜同士の戦いではあるものの、あまりにも力の差が歴然としすぎていた。
じゃれついてくる子供をいなす大男のように、アジ・ダハーカは右腕を振り下ろす。
しかし、それは決して、子供とじゃれあっているような心温まる様子ではない。
叩きつけられた巨大な腕は、特大の仕置きであり、同時に大地に押さえつける枷であり檻となる。
自らの翼が折れ砕けるのも構わず、アジ・ダハーカの腕より逃れるヴァリドリエル。
逃げ出るとすかさず翼を再生させ、一気に飛び立った。
魔力と翼による羽ばたきで急上昇する。
だが、アジ・ダハーカも後を追う。
一度の羽ばたきだけで、すでに上空に達していたヴァルドリエルに追い付く。
上昇しながら、全身で体当たりを仕掛ける。
自分の2倍以上の身長がある巨体に、体当たりをされたらどうなるであろうか。
大きさが2倍でも、質量は4倍では済まない! 単純な計算ならば、体積は8倍だ!
ぶつかった際の衝撃と音は、まるで上級爆炎魔法が発動したかのように、この世界を震わせた。
ヴァルドリエルは体勢を崩し、翼は再び折れ砕け、落下を始める。
それを見下ろすアジ・ダハーカ。
「今こそ儂が隆盛するとき。そしてそなたは、
アジ・ダハーカの三頭に、黒く禍々しい火の魔力が凝集されていく。
負けじと、落下しつつもヴァルドリエルも炎を生成する。
お互いの炎が激しくぶつかり合う!
だが、ヴァルドリエルが炎の塊を吐き出しただけであるのに対して、アジ・ダハーカは絶え間なく業炎を吐き出し続けている!
その様子は、地獄の業火ですら生ぬるい。
煉獄そのものが解き放たれたようだ。
絶え間なく放射され続ける三つの獄炎の前に成す術もなく、ヴァルドリエルは大地に叩きつけられる。
それでもなお、獄炎は止まることがない。
枢密院居住区の中心部、ヴァルドリエルが落下したその場所は、まさに煉獄の中心地となった。
大地は高温で溶け落ち、落ち窪み始めている。
「そなたが
「たとえ、この姿となった儂であろうとも、苦労させられたはずじゃ」
「『天敵である』という因果律に縛られるゆえな」
「じゃが、相手が『竜』であるならば、儂が負けることはない」
「儂に勝てたかもしれぬ唯一の望みである
「自らを竜にしてしまうとは。だから、悪手じゃと言ったのだ」
すでに夜が明け始めている。
騒動を聞きつけ、兵隊たちが集まりつつある。
その先頭には、貴族院のエルフのご婦人がいた。
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