第13話 勇者、わりと本気を出す【1/3】または「大邪竜 対 蛇竜王」

 6000年分の魔力と狂気をはらんだ、巨大な邪竜。

 この国をずいからしぼり、血を吸い尽くしてきた恐るべきハイエルフの怪老が化生けしょうしたものだ。

 呪われし竜化の指輪によって。


「グオオオォォォォ!!!」

「もはやすべてを焼き尽くし、滅ぼし尽くし、瓦礫がれきの廃墟からもう一度やり直す」

「私が支配できる世界を、もう一度、灰の中から創生しなおすのだ!」


 竜としての咆哮とは別に、歪んだような声で思考が流れ込んでくる。

 音波に乗った言語ではない、竜魔法を利用しての思想伝播法なのだろうか。


 老勇者ファラーマルズは、どこか侮蔑的でありながらも、わずかに関心しつつ巨竜を見上げる。

「民衆のために命をけられる英雄を“竜騒動”で見極め……」

「その英雄を“呪いの指輪”を使って竜に変化させ、“次なる竜騒動”を起こす」

「そうやって、自分に歯向かう気骨のある者を排除してきたのか」

「本来は、竜の血を浴び続け、自身に宿る“竜血の不死性”を更新しつづけることが主目的だったのじゃろうが……」

「……まったく、なんという執念じゃ」


 この世のすべてを灰にしてしまうほどの勢いをもった巨竜を前に、老勇者はひるまない。

「じゃがのう。ここに来て、自らに竜化の呪いを使うとは」

「悪手中の悪手じゃぞ。少なくとも、余の前ではな」


 逆に、ファラーマルズを助けに来た女勇者ノーマは慌てている。

「何やってるんですか、ファラーマルズさん!? 早く逃げましょう!」

「私たちが……いくら勇者とはいえ……人間が太刀打ちできるレベルじゃないですよ!」

「少なくとも、今の人数と装備じゃムリです! この国の正式な軍隊に任せましょう!」


「ふうむ。じゃがのう。そうしておる間にも、この国の民は死ぬじゃろうなぁ」


「……っ!!!!」

 ノーマは、顔を強張らせる。

 うつむきがちで少々口下手な傾向があるノーマだが、その心根は真っ直ぐだ。

 『竜の勇者』としての能力を授かっておきながら、今ここで何もせずにいられるほど冴えた頭脳も冷えた心も備えていない。

 ファラーマルズは、それを分かってあおっているのだ。


「グオオオオ!!!」

 巨竜は、なにも二人のやり取りをただ見つめていたわけではない!

 自身の意識が竜の身体に馴染むのを待っていたのだ!


 覚悟を決めたノーマを、巨竜が放つ業火が襲う。

 ノーマも、負けじと「竜の火」を吹き返す!

 ノーマが『竜の勇者』として女神に授かったのは、「竜の膂力りょりょく」と「竜の火」だ!


 巨竜とノーマ、両者から放出された地獄の業火がぶつかり合い、凄まじい衝撃波とともに爆発する。

 相打ちか!?


 いや、そうではない。

 巨体から繰り出される「竜の火」は、あまりにも強力。

 肺活量、息吹きの強さ、炎の圧力、そのすべてでノーマは圧倒的に負けていた。

 ただただ「竜の火を吐ける」だけの小娘が、「生来の気質として竜の火を操る」巨竜に勝てる道理などなかった。


 巨竜とて、爆発の余波を受けている。しかし。

 竜の鱗が、その程度で傷つこうはずがない。


 一方のノーマは、爆発が直撃している。

 巨竜の火勢に押され、目の前で爆発が起こったためだ。


 ノーマは、かろうじて左手で顔をかばっていた。

 あまりにもまばゆい閃光に耐え兼ね、どちらかと言うと「ついうっかり」、無意識のうちに手が出ていたような恰好だ。


 しかし、その肉は焼け、かばわなかった右目は白濁している。

 高熱でタンパク質変性が起こったのだろう。

 右目は、完全な失明だ。


 なんとか左目の視力を維持できた代わりに、左目をかばった左腕は指が何本か吹き飛んでいる。

 小指と薬指は、そもそも根本から千切れてなくなっていた。

 中指は、ギリギリのところで神経がつながっているが、まともには動かせぬだろう。


 肉が焼ける嫌な臭気が満ちる。


「グオオオ!!」

「生意気な!!! 人の子ごときが竜の真似事をするか!」


 ノーマが「竜の火」で対抗したことが癇に障ったようだ。

 巨竜は力いっぱいに腕を叩きつける!


「うおおおおおお!!!!!」

 渾身の雄叫びとともに、ふり降ろされた巨竜の左腕に立ち向かうノーマ!


 しかし、いくら「竜の膂力りょりょく」をもってしても、やはり体格の差は埋めがたい!

 ただただ「竜の膂力りょりょくを扱える」だけの小娘が、「生来の気質として竜の膂力りょりょくを振るう」巨竜に勝てる道理などないであろう!


「むうううううぅぅぅんっっ!!」

 しかし!

 いったい小柄なノーマのどこにこれほどの力が隠されていたのか。

 巨竜の左腕がノーマの真横に押しのけられる!

 女神より授かりし「竜の膂力りょりょく」とは、かくも偉大なる能力だったのか!?


 いや、違う!!!

 これはもはや、彼女の不退転の覚悟によるものだ!


 巨竜の一撃を受け止めたのではない。

 自身の左腕を捨てたのだ。


 左腕は、もともと爆発の衝撃をに受けたために使い物にならない。

 竜のパワーを出しつつ、防御は捨て、ただ巨竜の攻撃を受け流すためだけに左腕を使う。


 先ほどは左手にどの指が残っているか伝えたが、もはやそのような些末事は気にせずともいい。

 なぜなら巨竜の攻撃を受け流したことで、左腕は手首がひしゃげ、肘は逆方向に捻じれて曲がり、肩は歪に形が変わるほど酷い脱臼で、もうすぐ左腕は二の腕の辺りからしまうだろうからだ。


 苦痛に顔が歪むが、一瞬の隙は作った。


「おらどっこいしょーーーー!!!!」


 ひどい掛け声だ!


 地面に打ち据えられた巨竜の腕を、思い切り殴りつける!

 大地をしっかりと両足で捉え、回転の勢いを乗せつつ腰を入れた、実に正直で真っ直ぐな突きだ!


「グウウウッッッオオオッ」


 巨竜がひるんだ!


 破裂音にも似た衝撃をまき散らしながら、巨竜の左腕はへし折れる。

 尺骨が飛び出し、さすがの巨竜もよろめく。


「う、腕一本! 私の腕一本で、竜の腕一本を相打ちしてやりましたよ!」

 息も絶え絶えだが、まだノーマの目は死んではいない。

 右目は完全に白く濁り生気を失っているものの、かろうじて見えている左目には、まだ熱い気合が宿っている。


「グムムム」

「なんと健気な、小さき人の子よ」

「よかろう、本物の竜の力を見せてくれるわ!!!」


 巨竜は折れた左腕に力を込める。

 すると見る間に、筋肉が盛り上がり、飛び出した尺骨は内側に吸い込まれ、吹き出す血は止まり、細胞が再結合していく。

 あっという間に巨竜の左腕は元通りに再生しているではないか!?


「ぬぬぬ、ちょっと、これは……厳しいですね、さすがに、ちょっと……」

 ああっ!

 急速にノーマの左目からも活力が失われていく!

 この状況でも心が折れていないのは、ノーマがこれまで培ってきた『竜の勇者』としての矜持のためであろう。


「グオオオ!!!!」

「これで終わりだ、王国の使節団諸君!」

 巨竜は両腕を振り上げながら、さらに炎の吐息も喉の奥で生成している!


「いいや。終わりなのは貴様だ、小僧」

 ドス黒く淀んだ気配と、同じくらい気味の悪い魔力を蓄えたファラーマルズが言い放つ。


「ノーマよ、よくぞ持ちこたえたな」

「すべて終わったら、褒美として“竜の再生力”をウダイオスから移植して、元通りに治してやろう」

「あとは余に任せよ」

 邪悪な、あまりにも邪悪な魔力と瘴気の渦が、ファラーマルズを満たしていく。


「グハハハ!!!」

「バカめが!!!」

「いまさら矮小な人の子風情に、なにができるか!!!」

 巨竜は両腕を叩きつけつつ、同時に業火も放射している!


「さっきから貴様は、“自分こそが誰よりも竜に近い”だとか“本物の竜の力”だとか」

「下らぬ戯言ばかりよのう」

 ファラーマルズを包み込んでいた恐ろしく邪悪な魔力の塊が、弾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る