第12話 勇者、秘策を披露する【3/3】または「タマリスクの矢」

「おらどっせい!!!!」


 ひどい掛け声だ!


 だが、このひどい掛け声とともにヴァルドリエルの手の者である“影”の残党たちをボロ雑巾のように蹴散らす者があった。


 ノーマだ!


 彼女が『竜の勇者』として授かった能力、「竜の火」と「竜の膂力りょりょく」の前には、百戦錬磨のハイエルフとてチリ紙も同然。


「ファラーマルズさん! 持ってきましたよ!」

「『霊鳥の羽根』を! あ、あの。い、一応、ですけど」


 なんとも歯切れが悪い!!!


「うむ、久しいな。相変わらず元気いっぱいのラクダのようじゃのう」

「どれ、見せてみよ」

 合流するファラーマルズとノーマ。


「こ、これで、大丈夫ですかね?」

 ノーマは不安げだ。


 そこにあったのは、羽根ペン!


「あの、これ、一応、『極楽鳥の羽根を使用!』って書いてあったんですよ」

 冒険者ギルドの近くの土産物屋で見かけたヤツだ!

 欺瞞!


 極楽鳥がそもそも霊鳥ではない可能性が高いし、そもそも土産物屋で売られているものにそんな高価な品が使われているだろうか!?


「まぁ、なんとかなるじゃろ。『タマリスクの矢』の秘術をやるぞい」


「矢の術? 霊鳥の羽根は、矢羽根に使うんですかね?」


「いや? 羽根は燃やすだけだが?」


「燃やす!? ならなんで手に入れさせたんですか!?」

「見張りをかいくぐって買ってくるの、けっこう大変だったんですよ!」


「儀式だと言ったじゃろうが」

「手順が大事なんじゃ、こういうのは」

「じゃがノーマよ、おぬしに任せるのは不安であるから、一番どうでも良さそうな儀式のアイテムを頼んだのじゃ」

「正直、あればいいけど無くてもなんとかなるわい」


 ノーマは憤慨した!

 まるで元気いっぱいのラクダだ!


「どぅどぅどぅ、落ち着け落ち着け。ようやったようやった」

「あったほうが恰好がつくわい」

「どれ。知っておるか、ノーマよ。この世に不死身などないんじゃよ」

「不死身と呼ばれたが、敗れ去った英雄は数知れぬ」


 ふと、“不死身の英雄たち”がノーマの頭をよぎる。

「ギリシャ神話のアキレウスとか……あとはジークフリートとか……」

「牛若丸とかで有名な弁慶も、鉄の身体をもっていたって逸話があったような」

 彼女の知識は、『竜の勇者』として転生してくる前の、主にお耽美なテーマのアドベンチャーゲームによるものだ!

 頭をよぎった面々のヴィジュアルは、全員イケメンだ!



「うむ。そして、かの有名なイスファンディヤールもな!!」

 不死身の英雄の名を告げるファラーマルズだったが、ノーマはまったくピンときていない。イスファンディヤールは、お耽美なアドベンチャーゲームに登場しなかったためだ!


「奴ら、不死身とされる英雄たちはのう」

「運命がかげると隠れてしまう星のようなもの」

「しかし、運命がかげるまでは最強なんじゃ」

「我らにできるのは、彼らの運命がかげる前に出会ってしまわないことを願うのみ」


「じゃが、そうであるならば」

かげらせればよい。運命を」


 言いながら、土産物屋の羽根ペンを燃やす。

 いや、汝ら読者諸氏も信じるのだ。

 これは『霊鳥の羽根』だと!


 懐から、貴族院のご婦人の庭から手折ってきた御柳ギョリュウの枝を差し出す。


 御柳ギョリュウとは「タマリスク」のことだ。

 霊鳥の羽根を燃やした煙を、真っ直ぐなタマリスクの枝に浴びせる。

 さらに、腰から下げた小瓶の中の液体を振りかける。

 この液体は、先ほどの貴族院のご婦人に供された強い酒の残りだ。


 これこそが、霊鳥スィーモルグの秘術。


 イランの英雄、イスファンディヤールが生まれたとき、彼は「不死の水」に漬けられ不死身となった。

 しかし彼は水に浸かる際、目を閉じてしまったのだ。

 こうして、“不死身の英雄”イスファンディヤールは、両目が弱点となった。


 同じく、生まれてすぐに「死の川ステュクス」に漬けられ“不死身の英雄”となったアキレウス。

 漬けられる際にかかとを持たれていたため、踵だけ不死にならず、そこが彼の弱点となった。


 命運が尽きたとき、弱点に致命の一撃を受けて死ぬ。

 運命が明るいうちは、決して死ぬことはなく無敵。


 で、あるならば、無理やりにでも運命をくもらせるまで。

 それこそが、“不死身の英雄”イスファンディヤールの運命をかげらせた、「タマリスクの矢」なのだ。

 その矢は、どうやってか奇跡的な確率で、イスファンディヤールの両目を射抜いた。


 ファラーマルズは、厳かに唱える。


「聖なるあるじよ」

 ファラーマルズは、どちらかというと魔王であり、悪魔王の祝福を受けている身だ。

 なんとおこがましいのか!


のハイエルフの王者が、いかに暴虐であるか、いかに不正であるか知る者よ」

 ファラーマルズはおそるべき奸計と陰謀を張り巡らせている。お前が言うな、とツッコミを入れる者も多かろう。

 なんとおこがましいのか!


「月と水星を創りたもう御方よ、我が為すことをご照覧あれ」

 彼は普段、創造神に見られたらマズいことばっかりしている!

 なんとおこがましいのか!


 一連の聖なる句を唱え終わると、いずこからか取り出した、魔聖武器と化している弓に、タマリスクの矢をつがえる。

 やじりからは、さきほど清めに使った酒が滴っていた。


の者をしいすることを、我が身の罰するべき罪とすることなかれ」


 勢い良く矢を放つ。


 ファラーマルズは、ヴァルドリエルの運命を凶星に結び付けた。

 すなわち、タマリスクの矢を用いた秘術は、必ず不死性をもつ者の唯一の弱点を突くのだ。


「不死身の肉体を誇ったのが仇となったな」

「いかなパフラヴァーン屈強なる勇士とて、この秘術の前には土をまき散らすほかなかろう」


 ヴァルドリエルは、蛇人を切り倒し、竜牙兵を物ともせずに殴りつけている最中であった。

 タマリスクの矢は、信じられぬような曲がりくねった軌道を描いて飛んでいく。


 右背中と腰の中間あたり、そこに都合よく鎧と鎧の隙間が生まれていた。

 次の瞬間。


「ぐぬううううっっ」

 苦悶の声とともに、ヴァルドリエルがひざまずく。


 おそらく、背中と腰の中間あたりの、親指大にも満たぬ一点が、幾度も竜の血を浴びながらたった一箇所濡れなかった場所なのだろう。

 あるいは、何十回か前までの竜殺しのときには血濡れて、竜の角の堅さの皮膚を手に入れていたが、ここ最近は運悪く濡れていなかったのか。

 そして、運悪く鎧と鎧の継ぎ目がそこに重なった瞬間に、タマリスクの矢は命中した。


 これは、そういう運命を突く秘術なのだ。


 ヴァルドリエルの星はかげり、からすの羽根のように黒く沈んだ。



「ば、ばっ……」

「な、なにっをっ」


 もはや声にならぬ。


 まさか自分に弱点があったとは。

 露ほども思っていなかったであろう。


 くずおれるヴァルドリエルの前に、ファラーマルズが歩み出る。


「そなたの身に、苦い種を蒔いたのは、そなた自身だ」

「蒔いたのなら、刈り取らねばならぬ。収穫のときが来た」

「今、苦い果実が実を結んだのだ」

「よく味わって食べよ。不死が破らるる味を、のう」


 ファラーマルズは、笑ってはいない。憐れんでいた。


 最初は、竜を倒そうと思った最初の頃は、ヴァルドリエルは……いや、ヴァルドフリートは、真の意味で英雄だったはずだ。

 それがこのような幕切れか。

 まるで、民衆の願いを聞いて魔王を倒したにも関わらず、自分自身が魔王になってしまった、とある勇者のようだ……。

 そんな懐古が、ファラーマルズの……いや、今は偽名ではなく本名で呼ぶのがよかろう。

 そんな懐古が、ファラーマルズこと、魔王ザッハークの胸に去来していた。



 しかし。

 6000年もの永きに渡ってせいに執着してきた怪老が、この程度で諦めるわけがなかった。


「わ、わたしはぁあああ」

「今まで、竜の血を浴び、、、つづけて、きたぁああ」

「誰よぉりもぉおお、竜に近いのはぁああ、わたしだぁあああっっ」


 ヴァルドリエルの手には、前回の竜騒動で「冒険者ギルドの代表」を“竜にした”あの呪いの指輪が握られていた。

 回収されていたのだ!


「私が竜になれば、それは!!!」

「これまでの竜騒動の子竜どもとは比べ物にならぬであろう!!!」

「この国がもはや我が物にならぬのなら、焼き尽くして、滅ぼし尽くしてやろう!!!」


 ためらいなく、指輪をはめる。

 その瞬間、大気は歪に震え、恐るべき魔力の奔流がヴァルドリエルに流れ込む。


 一瞬の後、そこには、見上げるような巨竜が生まれていた。

 今までの竜騒動で見て来た竜も、たしかに巨大であった。

 しかし、その二倍はある!

 なんという巨大さ!

 6000年分の魔力と生きた証によるものか、それとも本当に竜の血を浴び続けて竜に近い存在になっていたのか。

 吐き出す炎の吐息によって世界を焼き尽くさんとする巨大邪竜がそこにいた!



「誰よりも竜に近いのは、そなただ、などと申したのか? 今」

「この程度で、世界を滅ぼし尽くせると思っているのか? 本気で?」

 いつの間にか、憐憫れんびんの感情は失せていた。

 今度こそ、ファラーマルズは鼻で笑った。

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