第12話 勇者、秘策を披露する【1/3】または「タマリスクの矢」
「敵襲! 敵襲です!」
夜の帳を切り裂き、悲痛な伝令が響く。
ここはハイエルフたちが住まう、枢密院居住区。
痛ましい竜災害があったばかりだ。
「敵は……外交特使ファラーマルズと、その一味……と思われます」
何とも歯切れが悪い報告だ。
その報告を受けたのは、一糸まとわぬ美しい肢体を惜しげもなく晒すハイエルフ。
ほかの者どもとは雰囲気からして異なっている。
それもそのはず。
平均寿命1200歳のハイエルフにおいてなお驚異的な、御年6000歳の大長老。
無論、
この魔法国に巣食う、恐るべき血を吸う怪老。
それこそが、この美しきハイエルフ、枢密院代表のヴァルドリエルであった。
物見の報告は続く。
「おそらく……再び、いや、
「数十から百騎近い騎馬隊で、この居住区へ迫っております!!」
「バカな。ヤツは不死身か?」
ヴァルドリエルの口から、思わず本音がこぼれた。
いや、不死身などありえない。
それは、6000年を生きる自分が一番よく知っている。
不老も不死も、不可能だ。
不老と誤解されるくらい永く生きることはできるが、確実に老いる。
竜の血を浴び、『竜の角と同等の堅さをもつ皮膚』を手に入れても、不死までは無理なのだ。
誰あろう、この世界でもっとも不老不死に近い自分が「ありえない」と知っている。
「なんぞ企んでいるな。いいだろう、私自らが出る」
「それまで“影”どもで時間稼ぎをせよ」
影とは、枢密院が抱える戦闘部隊とは別に用意された、枢密院代表ヴァルドリエルの私兵組織である。
すぐさま、相当の実力をもった何名もの“影”たちが飛び出していく。
狙うは、老勇者ファラーマルズの命ただ一つ。
一方の老勇者ファラーマルズは、名馬シャブディーズを駆り、すさまじい勢いで居住区に迫る。
蛇型の
すわ、これは世に言うモンスター・スタンピードであろうか!?
いや、違う。
これらはすべて、ファラーマルズが生み出した者たちだ。
おなじみの蛇人たちと、スパルトイの秘術を盗んでから実践初投入となる竜牙兵たちであろう。
愛玩する1万頭の黄金の馬具を付けたアラブ馬の一部を呼び出し、騎乗させているのだ。
もちろん彼らはすべて、“対立教皇”を害して生み出した無数の魔聖武器で武装させている。
百戦錬磨の“影”たちが、先頭のファラーマルズに襲い掛かる。
ファラーマルズなど襲るるに足らぬ、『竜の勇者』何するものぞ。
そう勘違いしてしまっていたのも無理はない。
なぜなら彼らは、一度は「ファラーマルズの分身」を倒した者たちだからだ。
だが、「本体」であるファラーマルズが、しかも本気で戦えばどうであろうか。
ファラーマルズは、踊り来る“影”たちに、酔った象のように襲い掛かった。
無残にも“影”たちはその名のとおり、無散するかのように千切られ、五体をバラバラにされて蹴散らされた。
この恐るべき武勇こそが、ファラーマルズの……ファラーマルズを名乗る魔王の実力なのだ。
この国に来てからは、いまだ両肩から生える蛇の力を使っていない。
いまこそ解放するときだ。
毒を司る右肩の蛇がヌッと現れると、呪文と共に毒霧を吹きだす。
すると、はるかかなたの枢密院居住区の扉が突然に
なんという信じられぬほどの精度と強度の毒魔術か!
何にも阻まれることなく、ファラーマルズとその軍団は枢密院居住区へと殺到した。
枢密院代表、ヴァルドリエルは
「元老院の兵……は、無理か。だとしても、貴族院は何をやっているのか!?」
貴族院は、元老院を嫌っているが、枢密院を好む。
元老院は、枢密院を嫌っているが、貴族院を好む。
枢密院は、貴族院を嫌っているが、元老院を好む。
この三つ巴は、ヴァルドリエルがこの国を支配するために作り出した構造だ。
元老院は枢密院を嫌っているため、兵士を出して枢密院を助けないだろう。
枢密院の兵士は、来るべきときに備えて温存している。
もし何者かが貴族院に良からぬことを吹き込み、挙兵を止めさせたとしたら。
枢密院は、孤立状態だ。
ファラーマルズの軍団の前に丸裸となろう。
そして、兵を出さぬよう貴族院に良からぬことを吹き込んだ「何者か」は、十中八九ファラーマルズだ。
この三つ巴構造を崩されると、ヴァルドリエルが描く魔法国支配計画は大きく出遅れることになろう。
少なくとも、いまここで枢密院居住区を襲撃され、枢密院が大打撃を受けるのは計画においてあまりにも痛手だ。
「やっっってくれたなぁあああ!!!」
誰しも、年老いればそれなりに頑固になるし、“長く生きたが故の醜い側面”は
それは人間であろうとドワーフであろうとエルフであろうと変わらない。
そこには、神秘的な美しさを放つハイエルフは、もはやいない。
6000年分の“醜い老い”を発散する、邪悪な怪老があるだけだった。
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