第11話 勇者、素材を集める【補足】または「魂比べ」

 ファラーマルズたちがヴァルドリエル必勝のために素材を集めている頃。


 王国では、ファラーマルズが描いた「大司祭を次期教皇にする」という陰謀が、阻止された……かに思われていた。


「「「あ、あなたは!!!???」」」


 陰謀を防いだ幹部たち3人の前に、現れた謎の男。

 そんな謎の男の両脇に控えるかのように、蛇人たちが現れた。


 その謎の男の仮面の下にあった顔は……ファラーマルズだ!!!


 そんなバカなことがあろうか!?

 彼は今、魔法国で首を切断されたり、斬られた首から胴体を再生したりしているところだ!!


 だが、少し妙だ。

 このファラーマルズの顔は、鱗のように見えるアザがある。あるいは、本当に蛇の鱗のようだ。


 何よりも奇妙なのは、両肩の不自然な盛り上がりが存在していない!


 ファラーマルズの正体は、両肩に蛇を生やした邪悪な魔王ザッハークだ。

 蛇が生えていないわけはない!



 さてここで、汝ら読者諸氏の疑問を解決しよう!

 ギリシア神話に登場する多頭蛇ヒュドラをご存知だろうか。

 頭を切っても、胴体から頭が何度も生え変わるという恐るべき蛇だ。


 そのほかにも、多頭蛇の神話はいくつも残っている。


 胴体から頭が生えて来こそすれ、頭から胴体が生えてくることはない。

 普通は。


 しかし、ザッハークは頭のほうに魔力を残し、切られた頭から胴体を生やす技を編み出したのだ!


 自分の両肩に生える蛇の頭を切り落とし、その蛇の頭から胴体を生やすことで、武装した蛇人を生み出すという魔術だ!


 これを、自分の「人間の頭」にも応用したのだ。

 あらかじめ断頭し、頭を王国に置いておいたのだ。

 そして、自分が魔法国に行っている間に「人間の頭部」から「蛇人の胴体」を生やして、王国を見張らせたのだった!


「人間の頭」から再生させた、魔王たる自分と同じ顔をもつ蛇人。

 いわば『魔王蛇人』である。


 魔法国では頭を切り落とされてしまったが、それを最大限に利用したのだ。


 地竜騎兵隊たちとともに、首を斬られた胴体は森に埋められた。


 だが、たとえ首が一つなかろうとも、両肩には蛇の頭がついている。

 身体の主導権をもつ頭が残っているのなら、穴から這い出るなど造作もない。


 穴から這い出た後は、一緒に殺されて埋められた地竜騎兵隊の遺体を根こそぎ掘り返し、その脳を貪り喰った。


 これによって失われた魔力を一気に大量補充。


 そして……埋められた胴体のほうから「人間の頭部」を再生させたのだった!

 多頭蛇の神話では、胴体から頭が生えてくるのは普通のことなのである!


 さらに、ヴァルドリエルの手の者に運ばれていた首級から胴体を再生させ、『魔王蛇人』を逃亡させ時間を稼いだ。



 なお、誰にも明かしていない秘密ではあるが、『魔王蛇人』を操るには、相当な魔力と集中力がいる。

 肩に生えている蛇の頭脳を使わなければならないのだ。


 蛇1匹につき、『魔王蛇人』を1人操れる。


 王国に残した『魔王蛇人』は、右肩から生える毒を司る蛇によって操っていた。

 魔法国で生み出した『魔王蛇人』は、左肩から生える瘴気を纏う蛇によって操っていた。


 実はファラーマルズは、魔法国に足を踏み入れてから、一度も両肩の蛇の力を使ってはいなかったのである。


 魔法国の『魔王蛇人』があっさりとハイエルフの部隊に倒されたのは、操るのを止めたからだ。

 そうすれば、『魔王蛇人』は魂なき骸になる。

 それを見たハイエルフの部隊は、自分たちがファラーマルズを倒したと思い込んだのだ。



 そういった事情をまったく知らぬ教会幹部たちを前に、ファラーマルズの代理である『魔王蛇人』は、ほんの少し秘密を語り始めた。


「それにしてもおめでとう、大司祭」


 突然の祝福に困惑を隠しきれない大司祭。

 教皇には、インノケンティウス12世が就いた。

 大司祭は破れた。自ら、陰謀を仕組んで、破れるように仕向けたはずだ!

「な、なんのことですかな、ファラーマルズ様」

「私は教皇にはなれなかったのですぞ!」



 その瞬間、『魔王蛇人』はじっとりとした気味の悪い笑みを浮かべた。

「うむ。そうじゃな。教皇には、なれなかった」

「じゃがその代わりと言ってはなんじゃが、そなたは『副教皇補佐代理』に任じられたぞ」

「おめでとう!」

「大司祭も兼任じゃ」

「そうじゃのう、さしずめ『副教皇補佐代理・兼・大司祭』、略して『大司祭』と呼んでやろう」


 これにはさすがに、ブッタデウスもシモン・ペテロもざわつく。

「な、なんですかその役職は!?」

「そもそも、副教皇なんて置いてないでしょう!?」


「あるぞ? 正確には、あったらしいぞ。過去にな。教会が揉めた時期にのう。それを復活させたのじゃ」

「そして今や、正式に“副教皇の座はある”のじゃ」

「今は、『副教皇』は空席。無論、『副教皇補佐』も空席じゃ」

「いずれは、大司祭を『副教皇補佐』に昇格させ、さらには『副教皇』にまで登らせる」

「時期が来たら、後任育成の名目でまた『副教皇補佐代理』に戻らせる」


「ば、ばかな!? そんなこと、いつ、どこで決められたのです!?」

 困惑する大司祭!

 いや、いまや副教皇補佐代理・兼・大司祭、略して大司祭であろうか!?


「決まっておろう。そなたらが、魂比べコンクラベとかいう教皇選出の儀式に気を取られておる間じゃよ」

「官僚どもと、書類のやり取りとハンコの押し合い、あとはちょっとの会食だけで決めたのじゃ」


 ファラーマルズの代理である『魔王蛇人』の口は、まだまだ止まらない!


「大司祭は、『副教皇補佐代理』『副教皇補佐』『副教皇』の役職を順番に回しつづけ、勢力を増やす!」

「いずれ、大司祭には永遠の命を与えてやろう!」

「そのときこそ『永世教皇』の座をくれてやる!」

「それまでは、『大司祭』は『大司祭』のまま!」


「名が知られるから勘繰かんぐられる」

「名が売れるから、権力をもったことがバレる」

「名が有るから、うとまれる」

「そなたは、名も知られぬ『大司祭』として役職に就きつづけ、権力を増強しつづけるがよい」

「『永世教皇』になるまでは、誰もそなたの名前など気にせぬわ!」


「フハハハ! これはのう、魔法国で覚えた、愉快な権力獲得の手法じゃ!」

「感謝するぞ、ヴァルドリエルとやら! そなたはこの後、儂の本体に討伐されて死ぬであろう」

「じゃが陰謀の手口は、この国と余のなかで生き続けるのじゃ!」


 驚愕する一同のなかで、辛うじて大司祭が口を開いた。

「し、失礼な! 私には、ちゃんとした名前がありますぞ! 私の名はジョ……」


「ブッタデウスよ! 知っておるか、大司祭の本名を!」


 驚いた様子で、目を泳がせるブッタデウス!

「も、もちろん知っていますよ! ジョ、ジョナ……エ、エル……そんな感じです!」


「シモン・ペテロよ! そなたはどうじゃ?」


 やはりどこかあちら側を見つめてやり過ごそうとするシモン・ペテロ!

「存じておりますとも! エス……ド……バ……ジョニ……そんな感じです!」


「ふ、二人ともひどいですぞ! あんなに仲良く陰謀を語り合ったではありませぬか!」


「フハハハハハ! そうれ見ろ! そなたは『大司祭』じゃ、しばらくはな」

「さて、そろそろこの躰を操るのも疲れてきた」

の意識をに戻そう。では、またすぐに会おう」


 その瞬間、糸が切れた操り人形のごとく、『魔王蛇人』は動きを停止し、その命を終えた。


「すべて。すべて、ファラーマルズの掌の上だった、というわけですか。嫌な気分ですねぇ」


「そ、そんなことより二人とも、聞いてくだされ! 私の名前は、ジョ……」


「とはいえ、我らの動きがそこまで警戒されていないというのは、良くも悪くもありがたいことです」

「陰謀を巡らせたお咎めを受けていないわけですからね」


「それにしても、このファラーマルズの顔をした蛇人の死体、どうします?」

「魔法冷凍でもしておきますか……???」



 今日の大司祭の女神への祈りは、特別に長く、愚痴っぽいものになるだろう。

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