第11話 勇者、素材を集める【3/3】または「吸血怪老」

 5000年前に巨竜を殺して魔法共和国を建国した竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤー、ヴァルドフリート。

 6000年以上生きている彼は、いまや自分の子孫に擬態し、枢密院の代表である「ヴァルドリエル」としてこの国を牛耳っていた。


 そんな彼の前に、彼の手の者が報告をもってきたようだ。


「ヴァルドリエル様! 朗報でございます!」

「外交特使を、あのファラーマルズを討ち取ってございます!」


 ファラーマルズを倒すために手勢を動員したヴァルドリエルだったが、しかし、にわかには信じられぬといった様子だった。

 そもそも、当初は仲間が首級を持ち去ったのだと思っていた。

 だが、目撃情報と戦闘報告から、なぜかファラーマルズは首だけの状態で生きており、首から胴体を生やして復活していたのだ、と知らされていた。


「ほほう、それはお手柄ですね」

「しかし、首を切り落としても、頭から胴体を生やして逃げおおせた彼の者を……」

「どうやって倒したのですか?」


 竜の血を何度も浴び、不死身となっているヴァルドリエル。

 その彼が、あまりの不気味さから一目を置くに至った男、ファラーマルズ。

 頭部だけになっても生きているなど、伝説的な魔獣や悪魔、あるいはアンデッドの話でしか聞いたことがない。


「はぁ、それが……」

「ヤツめは炎の魔法と剣と槍を駆使して戦っていたのですが、我らの精鋭たちのほうが上手でして」

「剣を砕き、槍を折り、炎の魔法もすべて防ぎ魔力を枯渇させ」

「ついには、徒手空拳で暴れるヤツを、いくつもの魔法剣で切り裂いて倒したとのことです」

「……私も、それ以上の情報は、まだでして」


 英雄として武勇を誇っていた過去をもつヴァルドリエルが、手塩にかけて育て上げたハイエルフの一流戦闘部隊。

 魔力量は人間の比ではなく、並のエルフでも足元にも及ばぬ。

 森で生き、魔獣を糧として暮らす生粋の戦士を、数百年単位で鍛えたのだ。


 たしかに、彼ら一流のハイエルフ部隊にかかればファラーマルズとて倒しきれるかもしれぬ。

 しかし、どうしてもぬぐい切れぬ違和感があった。


「なるほど、わかりました」

「とは言っても、さすがに今回は、ヤツの遺体をこの目で確認するまでは信じられませんよ」

「なんたって、ヤツの首を切り落としたのは、この私なのです」

「言わば、今回ヤツを逃がしてしまったのは、この私の責任でもありますからね」

「だってまさか、斬られた頭部から再生できるなんて、思わないじゃないですか」

「今回も、再生の危険があります。念入りに殺し、遺体は封印と拘束の魔法をかけなさい」


 ヴァルドリエルの命を受け、手勢はうなずくと去っていく。

 これで安心だろう。

 少なくともヤツを捕えておくことで、計画を邪魔される心配はなくなるはずだ。

 だがそれでもまだ、奇妙な違和感と不気味さが、ヴァルドリエルの心に絡みついていた。




 一方その頃。


 魔法国の外交使節として、数日前にファラーマルズと一時を過ごした、貴族院のエルフのご婦人の邸宅。

 彼女の庭に、美丈の人影があった。


 貴族とはいえ、武勇を誇る名家の一員。

 婦人が自ら、謎の人影に誰何すいかした。


「そこにいるのは……誰ですか!?」

「ここを、英雄のパーティで魔法戦士を務め、さらには前々回の竜騒動を収めた竜殺しの名家と知っての狼藉ですか!」


 長々しく家名を誇る口上でありながら、勢いよくピシャリと言い放つ婦人。

 その前に、謎の人影はのっそりと正体を現した。


「いやはや。これは失礼。私ですよ」


 すると、途端にご婦人の両頬が桃色に染まる。


「まぁ、これはこれは! ファラーマルズ様ではありませんか!」

「いったい、どうしてこのような……恥ずかしいですわ、手狭な庭で」

「それに、今は大変な事件に巻き込まれているのではなくて?」


 これは異なこと!

 汝ら読者諸氏いぶかしむのも無理はない。

 ファラーマルズは、ハイエルフの精鋭たちに討ち取られたのではなかったか!?


 いや、当然これには、恐るべき仕掛けがある。

 だがそれを知る前に、いましばらくファラーマルズの策謀にお付き合い願いたい。


 ご婦人が喜びつつ自分を受け入れている様を知ると、ファラーマルズは不気味な笑みを押し殺し、あくまで申し訳なさそうに話しはじめた。


「ご婦人の父君、竜退治の英雄である父君について、少しお話がありましてな」

「おそるべき秘密です」


 ご婦人は不思議がりながらも、再会を喜び、同時に老勇者の身を案じた。


「なんでもお話いたしましょう。特に父の話であれば、いくらでも」

「それにしても、まぁまぁ、なんというお姿に」

「それは……血と土でしょう?」

「私はこう見えて、武勇を誇る家系です。泥臭い戦場いくさばも経験しておりましてよ」


 たしかに、ファラーマルズの衣服は土まみれだ。

 まるで、どこかに埋められており、そこから這い出してきたかのように。

 そして、首元にはべっとりと血がついている。

 まるで、首を切断でもされたかのように。


 だが、頭部だけは別だった。

 頭だけは、まるでかのように、首を斬られた胴体からかのように、汚れを纏っていない。


 そしては、両肩が不自然に盛り上がっていた。


「ええ、さすがに疲れました。ですから少々……お休みをいただいてもよろしいですかな?」

「気つけに、酒精の強い酒があるとありがたいですな」

「それと、できるなら、庭木から枝を一本、頂戴したいのです」

「そこに生えている、手入れの行き届いた美しい御柳ギョリュウからいただいてもよろしいですかな?」

「できれば、真っ直ぐな、矢に使えそうな枝をね」



 それからファラーマルズは、汚れにまみれた衣服を脱ぎ捨て、酒で疲れを癒し、ご婦人との個人的な会合を楽しみ、その後新しく着衣をもらって着替えた。


「世話になりましたな。それでは、御柳ギョリュウから枝をいただいて……」

 長く真っ直ぐな枝を手折る。

 その腰には、饗された酒の残りを詰めた小瓶が下げられている。

「では、行って参ります」

「この国の人々を欺き、血をすする、おそるべき怪人を倒しに」


「にわかには信じられませんわ。枢密院がそんな陰謀に関わっているなんて……」

 ご婦人は半信半疑ではあるものの、ほとんど信じかけていた。

 状況証拠がそろいすぎているのだ。


 ファラーマルズはご婦人の身を案じつつも、“楔”を打ち込む言葉を伝える。

「安全になったら、どうかの暴虐の枢密院代表を糾弾しなされ」

「ですが今は、騒動が収まるのを待つのが賢明でしょう」


 武勇を鳴らした名家のご婦人が、自分自身も魔法戦士であると自負している彼女が、父の仇がいると知らされて黙っているわけはあるまい。

 騒動が起こると暗に伝えることで、明言せずに、依頼することもなしに、彼女の一族を、もしかしたら貴族院の一派を、戦場に引き出せる。

 それは、言葉巧みに打ち込まれた、参戦への“楔”であった。


「あぁっ、お待ちください! どうか私も、我が一族も参戦を……」


 ファラーマルズは、黄金の馬具を付けたアラブ馬を召喚すると、颯爽と去っていった。


 聞こえぬほど遠くに走り去ってから、彼はつぶやいた。

「フン……あの手の女は、危険だとあおればあおるほど、いさめればいさめるほどついてくる」

「面倒だが、武人としては見所があるのう」


「この国には、恐るべき血吸いの化け物がおる」

「この国の民を欺き、竜を使って国民たちに血を流させ……」

「しかも最後は、竜すらもほふり、竜の血の雨を降らせ……」

「そして竜の血を浴びて、すすって、生き永らえる歳経としへた化け物がおる」


 勇者ファラーマルズは、固い決意のもと、己を鼓舞した。


「そんなことをしていいのは、だけじゃ」

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