第11話 勇者、素材を集める【1/3】または「吸血怪老」

 そのハイエルフの戦士は、勇者の首を高々と掲げ、誰にでもなく勝利を誇った。


 勇者ファラーマルズはたおされた。

 その場には、地竜騎兵隊の残骸と竜の死骸、として頭と胴体がわかたれた勇者の身体があった。

 凄惨を極める地獄絵図のただなかで、ハイエルフの英雄はわらっている。



 どこからともなく“影”が現われ、ハイエルフの英雄に声をかけた。

「いかがいたしましょう、ヴァルドリエル様」


 彼らは枢密院の代表であるヴァルドリエルの私兵であり、秘密裡に動く隠密だ。

 こういった出来事の処理を任されているのであろう。


 5000年前に巨竜を殺してこの魔法共和国を建国した竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーである、齢6000を数える「ヴァルドフリート」だった者は、もはやそこにはいない。

 その者は偽りの仮面を被り、竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーにして枢密院の代表である「ヴァルドリエル」となった。


「そうですねぇ。いつものように。森の養分になってもらいましょう」


「御意」

“影”が承知した旨を伝えると同時に、さらに無数の“影”が現われた。


 ヴァルドリエルは、その手に持つ勇者の首を投げて渡す。

「これも捨ててしまいなさい」

「ほかの逃げた外交使節団員については、保護を名目に捜索隊を出しましょう」

「私は、今回の竜騒動の件を国民に公表する準備をします」


 渡された服を羽織ると、そのハイエルフは夜の闇に消えていった。

 恐ろしい陰謀を覆い隠すかのような、夜の闇のなかに。



 翌朝。


「……という、このような難局こそ、我々は団結せねばならないのです!」


 リアルタイムの映像を遠隔で写せる魔法鏡によって、魔法共和国全土に竜騒動の顛末が伝えられていた。


 すでに、今回の戦いで命を落とした地竜騎兵隊員と冒険者ギルドの代表者は、丁重に葬送されたという。

 竜退治の英雄については、騒動の復興式典で報償が下賜される旨も伝えられた。


 だが、我々は知っている。

 竜退治の英雄はいない。

 ヴァルドリエルによって英雄と言う名の生け贄に祭り上げられた者は、邪悪な呪いの指輪を渡され、“次の竜候補”となってしまうのだ。


 おそらくこの後、「運悪く枢密院を訪れていた、神聖王国からの外交使節が竜騒動に巻き込まれて命を落としていた」という新事実が判明するのだろう。


 しかし。

 ヴァルドリエルが思い描いたようには、ならなかった。


「恐れながら、ヴァルドリエル様!」

「く、首が……!」

「勇者の首が、消えました!」


「……今、なんと?」


 火急の報告を伝えた“影”からの使者は、ヴァルドリエルが放つ殺気に凍りついた。


 使者の話によると、このような状況だったという。

 勇者ファラーマルズの首級を運んでいた者たちは、全員死亡。

 切り裂かれるか燃やされるかしたという。

 そして、その場からは勇者の首級は失われていた。


「(仲間が首を取り返しに来たか……?)」

「(だが、何のために?)」


 いぶかしみつつ、ヴァルドリエルは追跡隊を派遣した。



 一方その頃、なんとか休息所まで逃げ帰ったノーマ。

 外交使節団員たちを全員まとめ上げ、自分たちが恐ろしい陰謀に巻き込まれたことを説明し、そして姿を隠した。


 代表が竜に殺され、混乱している冒険者ギルド。

 その近くで冒険者のふりをして地域の住民を欺き、冒険者用の宿にもぐりこんでいる。


 その宿の一室で、外交使節団員のうち戦えそうな者たちを集めて今後の対策を話し合っていた。


 普段はおとなしいノーマであるが、意外にもこのような修羅場や緊急事態に慣れている。

 さすが、『竜の勇者』として大司祭から与えられる危険な任務をこなし続けてきただけのことはある。


「なんとか本国に戻って、この状況を伝えないと」

「これは魔法共和国の問題だけど、このままじゃハイエルフの独裁政権ができあがって、ほかの国が迷惑しちゃうかもしれない」

「それに、あんな恐ろしい人に支配されたら、この国の人たちが……大変なことになっちゃう!」


 その目には覚悟が宿っていた。



 そのとき。


 不意に部屋の扉が開き、男が乱入してきた。


「やれやれ。戦う覚悟を決めるのはいいが、少し不用心すぎるぞ」

「見張りはもっと自然に、かつ複数人を立てよ」


 その場にいた誰もが、その声の主を凝視せずにはいられない。


「ファラーマルズは死んだ」と聞かされていた外交使節団員はもちろん、その目で首を落とされるのを見ていたノーマの驚愕は計り知れない。


「ファ、ファラーマルズさん!?」

「殺されたはずじゃ!?」


 そこには、しっかりと首から下を備えた勇者ファラーマルズと思しき男が立っていたのだ!

 なんと面妖なことであろう。


 だが、勇者はこともなげに言い放った。


「そなたら、王国にいたときにの身の回りを守る蛇人を見たであろう」

「ノーマは、王都襲撃事件でも会っておるはずじゃ」

「あれは、儂の両肩から生える蛇の首を切り落とし、首のほうから胴体を再生させる、という魔術によって生み出しておる」

「それと、同じことをしたのじゃ」

「あらかじめ、蛇の頭に魔力を大量に込めておれば、切り落とした首から胴体を再生させられる」

「それができるのは、蛇の首だけではなかった、というわけじゃよ」


 確かに、そこに立っていたファラーマルズと思しき人物は、王国で蛇人が身につけていたのと同じ竜鱗鎧スケイル・メイル竜牙剣タスク・ソードを装備している。


 首級として運ばれながらも胴体を再生させ、その場にいた枢密院の汚れ仕事を担う“影”たちを全滅させてきたのだ。

 そして、自分の馬専用の亜空間から黄金の馬具をつけたアラブ馬を呼び出し、それを駆ってここまで来たのだった。


「さて、ノーマよ」

「そして、外交使節団員の皆の衆よ」

「そなたらには、集めてもらいたいものがある」

「うまくすれば、あの不死身のハイエルフを倒せるやもしれぬ」

「いや。うまくいかせねばならぬ。あのハイエルフは、倒さねばならぬ」


 ノーマだけではない。

 ファラーマルズと思しきこの男も、覚悟を決めた様子だ。

 ヴァルドリエルが放った追手は、すぐそこまで来ている。

 もはや追撃の手は逃れ得まい。

 追撃されつつも、なんとかしてあの不死身の英雄を、この国に巣くう邪悪を除くすべを見出さねばならぬ。



 追手たちは、実際に冒険者ギルド近辺だと当たりをつけて捜索を開始している。

 ヴァルドリエルの手の者は、失われた首から、まさか胴体が再生しているとは夢にも思っていない。

 それを知ったとき、どれほど恐れおののくであろうか。



 しかしこのとき、不幸なことにヴァルドリエルの手勢のなかでも、それ以上に恐ろしい事態に直面している者たちがあった。


 地竜騎兵隊たちは、発表されたように竜の手で倒されたのではなく、ヴァルドリエルが殺したのだ。

 人々の目に触れさせるわけにはいかない。

 同じく、人々の目に触れさせるわけにはいかぬ、王国からの外交特使ファラーマルズの遺体とともに、森に埋められた。


 だが、その地に異変が起きていた。


 埋められたはずの遺体たちは、ことごとくが掘り返されていた。

 そして、掘り起こされた遺体たちはすべて、頭部がなくなっている。

 鼻が効く肉食獣か、あるいは腐肉食性スカベンジャー地竜ダイナソアが掘り起こしたか。


 だとしても、頭部だけ食べて身体は食べ残すというようなことがあるだろうか?


 注目すべきは、ある一つの穴だ。

 ほかの穴はすべて、外側から掘り起こされて、中から遺体が引きずり出されている。


 しかしある一つの穴は違う。

 それは、穴の中からがあった。

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