第10話 勇者、他国をかき回す【補足】または「不滅の英雄」

「では、教皇指名の場で会いましょう」

 目を合わせず、うつむいた祈りの姿勢のまま大司祭は答えた。


 勇者ファラーマルズとノーマが、魔法共和国で全裸のハイエルフと死闘を演じる少し前。


 聖光教、聖家せいなるいえ派の派閥長にして女神を奉ずる大司祭。

 同じく派閥幹部でありながら、『救世主』を信奉するシモン・ペテロとブッタデウス。


 彼らは、勇者ファラーマルズが巡らせた「大司祭を次期教皇にする」という陰謀を阻止するために集まっていた。

 大司祭は、その陰謀に乗れば、教皇になれるのだ。

 それを自らの手で阻止しようとは、なぜなのだろうか。


 理由は簡単だ。

 恐るべき『竜の勇者』ファラーマルズ、その正体は『竜の魔王』である。

 とある国を1000年間支配し、暗黒と破壊をもたらした魔王ザッハーク。それが彼の正体だった。


 彼ら幹部たちは、勇者の正体そのものまでは知らぬものの、ただならぬ気配を感じ取り、彼の者がもたらす暗黒の時代を恐れているのだ。


 勇者ファラーマルズが用いる、心が弱い者を思うままに操る“蛇の甘言”。

 悪魔王が用いる邪術と同様のその術は、勇者が王国を離れたことで効果が落ちていた。


 生粋の女神派である大司祭と、『救世主の再臨』を目指すシモン・ペテロとブッタデウス。


「大司祭を次期教皇にする」という、勇者が描いた陰謀を妨害することによって、この3人が得る利益は少ない。


 大司祭は、自分が教皇になるという輝かしい未来を捨てざるを得なかった。

 そればかりか、女神を崇める聖光教会にあるまじきことであるが、異教徒を教皇に据えようとしている。

 これにより、教義の変遷などといった宗教的侵略を許しかねないだろう。


 シモン・ペテロとブッタデウスは、自分たちと同じキリスト教徒ではあるものの、自分たちとは決して相容れることがない清廉潔白な人物を教皇に推さざるを得なかった。

 聖光教会を宗教的に乗っ取り、莫大な宗教利権を得るという予定が台無しだ。

 そして、その予算と集めた魔法道具による奇跡で『この異世界に救世主を再臨させる』という未来も遠のく。


 だが。

 勇者ファラーマルズの思うままにさせてはいけない。

 ただその一点のみでつながった両勢力は、陰謀を巡らせていた。


 3人はそれぞれの思惑を抱えて、教皇指名を行う国王主催の会議の場へと向かっていく。


 彼らを物陰から見つめる、ただならぬ気配を放つ仮面の男に気づかぬままに。



 教皇に推されたのは2名。


 聖光教会の最大派閥である聖家せいなるいえ派の派閥長にして、勇者ファラーマルズが後押しする大司祭。

 勇者が使う“蛇の甘言”の効果は落ちているとはいえ、いまだに勇者の意のままに操られる貴族連中は多い。

 買収され、自らの意志で従っている者たちもいるほどである。


 もう一人は、同じく聖家せいなるいえ派の派閥幹部シモン・ペテロとブッタデウスが推薦する、インノケンティウス12世。

 彼は、さまざまな事情があってこの世界に流れ着いた、キリスト教における教皇を務めた人物だ。


 キリスト教における教皇と、聖光教会の教皇はまったく異なる。

 しかしそこは、さすがは清廉潔白で誠実なインノケンティウス12世。

 市民生活を第一に考え、この世界に合った方法で人々に教えを説き、民衆の悩みを取り去っている。


 そんな彼は現在、『円卓の騎士』残党をまとめ上げ、小さいながらも聖十字派という派閥を形成していた。


 アーサー王と共に常世の国アヴァロンに旅立った『円卓の騎士』たちであったが、途中で船が大嵐に遭遇。

 そもそも常世の国アヴァロンへの旅路は超常的な行程であり、この際の大嵐も尋常の自然現象ではありえなかった。

 魔法的な旅路の途中で遭難したことで次元を飛び越え、一部の騎士たちがこの世界に降り立ってしまったのだ。


 勇者ファラーマルズがこの件を耳にすれば、「あの駄女神が創った、適当な“この世界”のことだ。次元のゴミ捨て場にでもなっているのじゃろう」と、さんざんに揶揄したに違いない。


 ともあれ、聖光教会の次期教皇候補は2名。


 虚ろな目をした貴族と、金に目がくらんだ貴族たちが、しきりに叫ぶ。

「次期教皇は、大司祭様しかおりますまい」

「そうだそうだ!」

「大司祭! 大司祭! 大司祭!」


 一方で、インノケンティウス12世を推す者たちは冷静に、かつ論理的に推薦理由を述べている。


 大衆向けには、感情を煽り立てる大司祭派が有利であろう。

 しかしここは、議論の場であり、同時に事前工作と根回しがものを言う場でもあった。


 何より、大司祭派として擁立されている大司祭その人が、教皇を務めることに乗り気ではないのだ。


“蛇の甘言”を受けて操られていた貴族の総数も、当初の2割程度まで減らされている。

 シモン・ペテロとブッタデウスが八方手を尽くして、聖遺物を使い倒して解呪しまくったのである!


 国王も未だに“蛇の甘言”の影響下にあるものの、勇者がこの国を離れていることに加え、聖遺物による解呪でなんとか正気を取り戻させている。


 そもそも、この次期教皇を決める議論は国王が主催という体裁ではあるものの、聖光教会に王家や政治勢力が口を出すことは、便宜上禁止されている。

「民衆(=信者たち)の声を聞く」という名目で、貴族たちは「民の長として」発言しているに過ぎない。


 結果を取りまとめるのは教会の重鎮たちだ。

 次期教皇を決める議論も、いよいよ大詰めである。


 ・

 ・

 ・




 大司祭は、安堵のあまり自然と聖光教の聖なる祈りのポーズを取っていた。


 シモン・ペテロとブッタデウスも、新たな教皇の誕生を拍手で祝福している。


 万雷の喝采というわけではなかったが、聖光教の新教皇インノケンティウス12世は、概ね好意的に受け入れられている。

 早速、彼の身の回りを守る『円卓の騎士』残党は、正式に教会親衛隊の称号を得るだろう。


 各国に、新教皇誕生の早馬が飛ぶ。


 会議のあと、聖家せいなるいえ派の派閥幹部である3名は再び幹部会を開いていた。

 3名とはすなわち、今回の「インノケンティウス12世を新教皇にする」という陰謀を巡らせた3名、大司祭とシモン・ペテロとブッタデウスである。


 それぞれ、自分が思い描いていた本来の陰謀とは程遠い結果になっている。

 しかし、勇者ファラーマルズの意図を砕いたというだけで、自然と笑みがこぼれる。


「勇者様が魔法国から帰ってきたら、どうなりますやらなぁ」


「いやはや、なんとか納得してもらうしかないでしょう」


「そこまで暴走はしないはず……」


 今後のことについて話し合っている。


 そのとき。

 突如として、物陰からただならぬ気配を放つ仮面の男が乱入した。


 バカな。

 幹部会の警備は完璧のはず。

 この警備網を潜り抜けられる猛者がいるとしたら、それはおそらく……。


 仮面の男は、もったいつけながら、おもむろに仮面を剥ぎ取る。



が、此度の教皇選出の結果をどう思っているか、気になっておるようじゃな」

「悪くないぞ。むしろ、そなたらの底力を知れて、儂は満足しておる」


 彼は邪悪な笑みを浮かべた。


「いきなり、儂の手の者を教皇にしようなどと思っておらぬ」

「段階は必要じゃからな」

「それに……我が『甘き囁き』から逃れ得る者と、そうでない者を区別できたのも良かった」



 幹部たち3人は、しばし凍りついたのち、ようやく言葉を発した。

 しくも、3名は同じ言葉を言わざるを得なかった。


「「「あ、あなたは!!!???」」」

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