第10話 勇者、他国をかき回す【3/3】または「不滅の英雄」

 突如として枢密院の議員居住区に表れた巨竜。

 それは、陰謀によって竜に変化させられた冒険者ギルドの代表であった。


 「執着の呪い」と「竜化の呪い」。

 この二つを備えた伝説的な指輪は、とある神話に登場している。


 枢密院の代表、ヴァルドリエルが用いた指輪が、その神話の指輪と同一の存在であるかは不明だ。

 だが、限りなく近しい存在であるのは間違いあるまい。


 自らが呼び起こした巨竜を前に、枢密院代表のヴァルドリエルは恍惚とした表情を浮かべていた。


「さぁ、私に不死をけておくれ……」


 居住区は大騒ぎだ。

 なにせ、突如として巨竜が出現したのだから。


 しかし。


 それにしては、警備隊も討伐隊も出撃してこない。

 騒然としているものの、それだけだ。


 長命種たるハイエルフが多く住まう枢密院居住区。

 竜騒動は、数十年から数百年の周期で起こる。

 たった数十年前に起こったことなど、「またか」といった程度なのである。

 竜が暴れることに慣れているのだ。


 それは、極めて異様なことであった。



 勇者ファラーマルズは、突如として冒険者ギルドの代表が竜化したことに対して驚いていた。

 その衝撃から立ち直り、すぐさま敵対者に向き直る。


「なにもかも“竜のせいにする”と言ったな、若造」

「だがそのためには、まずはあの竜を倒さねばならぬだろう」

「どうじゃ、ここは休戦して手を組まぬか?」


 共闘し、何もかも有耶無耶うやむやにしようというのだ。


 しかし、ヴァルドリエルは一笑に付す。

「ハハハハ」

「何度言わせるのですか?」

「私は竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーの子孫……いや、もう偽るのはいいでしょう」

「私こそが竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーなんですよ!」

「それにね、私は“若造”でもないのですよ。君と比べたとしても、ね」

に、本当のことを教えてあげましょう」


 言うや否や、ヴァルドリエルは巨竜に向かって飛び掛かる。

 2本のノコギリのような武器は、これまで何度も竜を退治してきたのだろう。

 竜殺しの武器ドラゴンスレイヤーとしての属性をもっているようだ。


 地竜ダイナソア相手に効果的だったのはもちろん、巨竜の鱗にも簡単に傷をつけている。

 並の武器では歯が立たぬはずの、竜の鱗に。


 ヴァルドリエルは、洗練された戦士の動きで巨竜に切りかかる。

 だが、巨竜とて負けてはいない。

 単純だが戦闘においては強みとなる、“巨体である”という優位を用い、無理やりに攻撃を当ててくる。


 腕や尻尾を横一線に薙ぎ払えば、それから逃れるのは難しい。

 翼を使って突風を起こし、体勢を崩してもくる。


 巨体ながら、重鈍さは皆無だ。

 信じられぬほどの敏捷性で、鋭い攻撃を繰り出す。


 竜の腕全体を使った攻撃につかまり、瓦礫と竜の爪で押し潰されるヴァルドリエル。


 全身をズタズタに切り裂かれたか、それとも圧死したか。

 ヴァルドリエルはさぞや凄惨な結末を迎えただろうと、誰もが思った。

 少なくとも、ファラーマルズはそうであることを願った。

 だが、そうはならなかった。


 瓦礫のなかから立ち上がったヴァルドリエルは、無傷だ。

 その玉のように美しい肌には、かすり傷一つついていない。


 そんなバカなことがあり得るのだろうか!?


 ヴァルドリエルは、恍惚とした表情のままでいる。


 何事もなかったかのように巨竜に飛び掛かると、首筋に2本の武器を叩きつけた。


「ギャオオオオ!!!」

 巨竜は、たまらずに悲鳴を上げる。

 竜の咆哮というよりも、まるでヒトの断末魔のようだ。


 まだ首はつながっている。


 巨竜は、ヴァルドリエルを叩き落とす!

 そのまま叩き潰す! 何度も、何度も!

 地団駄を踏むように、何度も踏みつける!

 起き上がろうとする彼を、今度は手で叩き伏せる!


「グゥオオッ」


 しかし、叩きつけていた巨竜の腕はついに切断されてしまった!

 ノコギリの武器をハサミのように交差させて、切り落としたのだ。


 恐るべきは、それを可能にしたヴァルドリエルの腕力と一瞬の隙を突く戦闘センスだ。


 もう彼を止めることはできない。


 再び巨竜の首筋に2本の武器を叩きつける。


「ギャアアアアァァァ」


 巨竜の咆哮は、今度こそ完全に、ヒトの断末魔のように聞こえた。

 少なくとも、断末魔ではあろう。


 首が切断され、落ちる。


 さっきまで頭が乗っていたはずの、今は何も乗っていない首からは、鮮血が噴き出す。


「あ、あ、あ、あぁ」

 ヴァルドリエルは完全に喜びにむせび泣いている。


 自らの身体にノコギリを当てると、めちゃくちゃに切りつける。


 血迷ったか!?

 いや、やはり無傷だ! どれだけ強固な皮膚をしているのか!?


 ノコギリに切り裂かれ、衣服が完全に剥がれ落ち、全裸となる!



「(キャーッ!!! お耽美!!!)」

 人知れず興奮するノーマ!


 竜の鮮血をシャワーのように浴びる全裸のハイエルフ!


「あ、、、、あ、、、」

 興奮の絶頂にいるヴァルドリエル!


「(キャーッ! キャーッ! もっとして!)」

 こちらも興奮の絶頂にいるノーマ!



「竜血の秘術……か!」

 何かを悟ったファラーマルズ!


 頭部を失った巨竜は崩れ落ち、その衝撃が周囲を揺らす。



「その通り。竜の血を浴びれば、“竜の角のように強い皮膚”が手に入る」

「同時に、不老にも近い長寿を得られる」

「1200年を生きるハイエルフにとっても、魅力的な長命化だよ」

 ヴァルドリエルから恍惚とした表情は消え、代わりに勝ち誇ったような嫌味な笑顔を見せた。


「竜の勇者、ファラーマルズ。君のウワサは聞いているよ」

「ずいぶんといろいろな魔術を知っていて、とても長生きなんだってねぇ」

「何年生きたんだい? 1000年? 2000年?」


 ファラーマルズは、苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「本来は定命じょうみょうである人間ごときが、よくぞそこまで生きたと褒めてあげよう」

「だがね。私は、6000年を生きているのだよ、


 ドワーフの寿命は300歳程度で、人間のおよそ5倍。

 エルフは1000歳で、人間のおよそ17倍。

 ハイエルフは1200歳で、人間のおよそ20倍。

 ゴブリンやオーガは人間よりも短い寿命だ。

 しかし。

 6000歳は、まさしくバケモノである。


「なるほどな。そなたが竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤー、その人である」

「その意味が、ようやく分かったぞ」

「竜を殺し続け、竜の血を浴び続け、寿命を延ばし続けてきたのだな!」

 合点がいった、という様子のファラーマルズ。


 ノーマは一時の興奮は収まったが、全裸のハイエルフを前にいまだ息を荒くしている。

 もちろんそれはそれとして、このハイエルフが恐ろしい強敵であり、倒すべき悪であるとは認識している。


「その通りだよ」

「毎回、新任の枢密院代表に成りすますために、新しい名前を考えるのが面倒でねぇ」

「私の本当の名は、ヴァルドフリート」

「森の平和を願っていた、しがないハイエルフの大工さ」


「あるとき、邪悪な魔法か、それとも異次元の扉が開いたのか、見たこともない邪竜が森に現れた」

「みんなで協力して倒したが……仕事道具のノコギリを使ったのがいけなかったのかなぁ」


「竜の血が、思ったよりもたくさん出てねぇ」

「それを全身で浴びたら、追加の寿命と、“竜の角のように強い皮膚”を授かったのさ」


「竜は財宝を持っていたよ。たくさん、たくさんね」

「竜化の呪いが付与された指輪も、元々は竜の持ち物さ」

「と、いうよりも。彼か彼女か分からないが、指輪の持ち主が竜になったんだろうねぇ」


「本来は、財宝にも指輪にも、強い執着の呪いがかかっていてね。手放したくなくなるはずだったんだ」

「だけど、私はそうはならなかった」

「そのときにはすでに、竜の血がもたらす“不老不死”への執着で、心がいっぱいになっていたからねぇ!」


 なんということか!


 自分が永遠に生きたいがために、共和国に竜騒動を何度も起こし、そのたびに竜を倒しては血を浴びて寿命を延ばし、新たな「候補者」に指輪を渡して、次の竜を補充していたのだ!


 枢密院代表ヴァルドリエルの正体は、初代竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーヴァルドフリートであり、永遠の命に執着した、恐るべき竜騒動の黒幕であった!


 ヴァルドリエルは……いや、ヴァルドフリートは、2本のノコギリのような武器を構えてファラーマルズに迫る。


「これは、最初に竜を倒してから、“竜を殺す武器”になったんだよ」

「こっちが『スクリームビルド』で、こっちが『グリューンビルド』だ」


 言いながら、自らのノコギリを舐め回すように見つめる。

 目つきが不気味だ!

 武器たちに、まるで愛する人を見つめるような目線を送っている!

 正直、我々にはどっちがどっちだか、区別できない!


「……さっき君は私に、『地竜騎兵隊』というプレゼントをくれましたねぇ」

「プレゼントには、お返しをしないとね」

「私は、『地竜騎兵隊さんたちに“こんにちは”』したから……」

「君は、私の可愛い『スクリームビルド』と『グリューンビルド』に“こんにちは”しましょうねぇ」

「私の可愛い、竜殺しの武器ドラゴンスレイヤーにね!」

「“竜”の勇者殿!」


 その瞬間、弾けるような速度でヴァルドフリートが迫る。


 身構えつつ、ファラーマルズが叫ぶ。

「ノーマ! 呆けている場合ではないぞ!」

「そなただけでも逃げよ!」


 ファラーマルズは、魔術で作り出した亜空間より魔聖槍ときらめく短剣を取り出し、ノコギリを受け止める。


『邪悪な聖人、インノケンティウス8世』を使って作った魔聖槍は、黒き炎と聖なる光でヴァルドフリートを焼く。

 だが、まったくその皮膚にダメージを与えられない!


「で、でも! 私だけ逃げるなんてできません!」

 ノーマも加勢する。


 ノーマが『竜の勇者』として備えている竜の能力は、「竜の火」と「竜の膂力りょりょく」だ。

 それは比喩ではなく、竜そのものと同等と言ってもいい。


 竜の膂力りょりょくで思い切り殴りつける!

 並のエルフならば、たちまち挽肉ミンチになるほどの恐るべきパワー!

 だが、まったくヴァルドフリートには効いていない!

 少し後退させただけである。


 すかさず喉と口に力を込めて、超高温かつ高圧の「竜の火」を浴びせかける。

 あらゆる物を焼き尽くし、骨も残さず炭化させ、命を一瞬で蒸発させる熱量だ!

 だが、やはりヴァルドフリートにはまったく効かぬ!


 それもそのはずだ。

 竜とでは、竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーを倒すことはできぬ。

 ヴァルドフリートは、今さっき、恐ろしい巨竜を難なく倒したばかりだ。

 これまでも何度も何度も倒してきた。


「ノーマよ! 言うことを聞け!」

「そなただけでも逃げるのだ!」


「で、でも!」


「使節団員を守れ!!」

「こやつに手を回されてからでは、遅いのだ」

「全員、皆殺しにされるぞ」


 その言葉で、ハッと気づく。

 自分たちだけではないのだ。

 竜の能力をもたぬ、王国からの同行者たち。

 彼らの身に危険が迫っている。


「わ、分かりました! あとで必ず合流しましょう!」


 ノーマは、地面をすさまじい力で殴りつける。

 彼女は竜と同等のパワーをもつが、体格は竜には似ても似つかぬ小柄な女性のそれだ。

 両足での跳躍を加えれば、とんでもない反動を得られる。

 飛び去るように戦場を後にした。

 そして来た道を戻り、王国使節団の休息所へと急ぐ。


「フフフ。無駄なことを」

「どうせ、君を倒したらすぐに手を回すさ」

「この国は、私のものですからねぇ」

「私の陰謀を潰す計画がうまくいかなくて、残念でしたねぇ、


 なんということか!

 ファラーマルズはいつもの調子が出ない!

 それは、ファラーマルズの正体が「竜の魔王ザッハーク」であり、竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーを相手に「勝てぬという因果」が働いているからであろう。


 だが、不調の原因はそれだけではない!

 ザッハークは齢2000年以上を数える魔王である。

 だが、さすがに6000年は生きていない!

 自分よりも年上の存在に、年齢によるマウントが取れなくて、いつもの余裕がないのだ!


 戦士としての格は、まったくもって負けてはいない。

 だが、精神的な余裕のなさが、いつもの戦いをさせてくれぬ!

 しだいに精細さを欠いていく。


「どうしました、竜の勇者殿?」

「2000歳程度ののくせに、もうお疲れですか?」

「それとも、まだ成長期の前だから、大人みたいな体力がないんでちゅかねぇ~~」


 ああ、なんということだ!

 歴戦のヴァルドフリートは、ファラーマルズが何を恐れ、何を苦手としているか分かっている!


 ファラーマルズは、驚くほど煽られ耐性がない!

 そして、悪口にも弱い!

 もう心は折れている!


 彼はもはや、いかなる悪魔の名も、どのような邪悪な魔術の呪文も唱えない。


 数合を切り結ぶうち、ついに力も精力も尽き果てた。

 竜殺しの武器ドラゴンスレイヤーによって傷つけられた箇所からは、過剰に魔力と血が流れていた。


「私の可愛い武器たちに“こんにちは”できましたか?」

「それでは、“さようなら”です!」


 先ほど巨竜の首を切り落としたのと同じ攻撃だ!

 ついに全裸のハイエルフは、恐ろしい竜の魔王の首を跳ね飛ばした!


 宙を舞うファラーマルズの頭をつかみ取り、そのまま天高く掲げる。

 胴体は力なく崩れ落ち、膝立ちになる。


 掲げた頭からは鮮血が滴り、ヴァルドフリートはそれを浴びた。


「“竜”の勇者と言うから期待していたが……」

「私に不死をけてくれるわけではなかったか」


 いまだゆらゆらと所在なく揺れる胴体を足蹴にする。

 頭部を失った胴体は、当然ながら、支えるものもなく、体勢を整えることもできず、大地に倒れ伏す。


 おお、なんということだろうか!

『竜の勇者』ファラーマルズはたおされ、もはや陰謀を巡らせる邪悪なるハイエルフの思うがままになるのだろうか!?

 残されたもう一人の『竜の勇者』、ノーマにすべてを託すしかないのか!?


 しかし、汝ら読者諸氏は見たであろう。

 ヴァルドフリートが掲げたファラーマルズの首級が、命なきはずのそれの口元が、わずかに笑みに歪んだ様を。


 おお、よ!!

 まわ天輪てんりんよ!

 そなたはなぜ、この世界に恐ろしい試練を与えるのか!

 だが我々にはどうすることもできぬ。

 今しばらく、彼らの運命を見届けようではないか。

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