第10話 勇者、他国をかき回す【2/3】または「不滅の英雄」

 殺気立った筋肉エルフ軍団を引き連れ、勇者とノーマは枢密院へと向かう。


 枢密院の地区には、秘密裡に用意された軍隊がいるはず。


 それら「謎の軍隊」に、元老院の息がかかったマッチョエルフ地竜騎兵隊をぶつけて、内紛を起こす。


 おそらく、枢密院側が勝利するだろう。

 しかし、なぜ枢密院に「謎の軍隊」が用意されていたのか、民衆からの追及は逃れ得まい。


 元老院、貴族院、枢密院の三つ巴の内紛を制し、有無を言わさぬ武力を“ただ一つの勢力として”保持していれば、言い訳の必要はない。

 武力で黙らせられるからだ。

 だが、元老院と枢密院のみで争わせれば、勝ち残った側は、民衆を味方につけた貴族院の勢力に突き上げを受けるだろう。


「(フハハハッ。枢密院の代表とやらの計画も、これまでよ)」


 勇者ファラーマルズは、歪な笑みを浮かべたまま、枢密院の門を突破する。


「おじゃましまあぁぁぁす!!!」


 ノーマと共に、猛然と門をブチ破る。

 枢密院の居住地区を守る門番は当然ながら静止してきたが、当然ながら弾き飛ばした。

 強固に閉じられた門の鍵は、ファラーマルズが門に触れるか否かと同時に、毒の魔法により腐り落ちている。


 門が勢いよく開かれ、そのまま蝶番が弾き飛ばされて扉そのものが破壊される。

 正直なところ、毒の魔法で鍵を腐食させる必要はなかっただろう。

 これだけの威力でぶつかられることは想定していない鍵の造りだったためだ。

 破壊された扉が転がる音と、先ほど吹き飛ばされた門番が地面に打ちつけられる音が同時に聞こえる。


 そして。


 張り付いたようなファラーマルズの邪悪な笑みは、一瞬で掻き消えることになる。


「おや、いらっしゃい。外交特使、ファラーマルズ殿」

「待っておりましたよ」


 そこには、軍隊などどこにもいなかった。

 影も形もない。


「ようやくお目にかかりましたね」

「私が、枢密院の代表ヴァルドリエルです」

「古代竜を倒せし、竜殺しドラゴンスレイヤーの英雄、ヴァルドフリートの子孫ですよ」

「……の勇者殿」


 甘かったか。

 ファラーマルズは一瞬後悔したが、悔やんでも仕方がない。


「これはこれは。私が王国に召喚された『竜の勇者』であることもご存知でしたか」

「外交特使としての私から、ささやかなプレゼントをお渡ししますよ」

「元老院の地竜騎兵隊さんたちに、“こんにちは”しましょうねぇ」


 ファラーマルズとノーマは、横に逸れて道を空ける。

 凄まじい勢いでファラーマルズたちを追いかけてきたマッチョエルフの地竜騎兵隊は、そのまま枢密院の居住区へと誘い込まれた。


 怒気もそのままに、地竜騎兵隊の隊員たちは騒ぎ始める。

「ここはァ!?」

「枢密院じゃねぇかァ」

「かまいやしねぇ、全員ブッ殺せぇ!」


 エルフらしからぬ、恐ろしげな、そして大層知能の低そうな発言である。

 だが、無理からぬことだ。

 

 『元老院は、枢密院を嫌っている』のだ。

 元老院の私兵であるマッチョエルフたちの態度は、枢密院への嫌悪から来るものであった。


 “貴族院は、元老院を嫌っている。”

 “元老院は、枢密院を嫌っている。”

 “枢密院は、貴族院を嫌っている。”


 これが、ファラーマルズがロビー活動で調査して導いた構図だ。


 そしてこれらはおそらく、三すくみの構造を作るために黒幕が敷いた陰謀である。


 黒幕とは、誰あろう、枢密院の代表ヴァルドリエルで間違いない。


 なぜなら、彼だけが上記の三すくみから外れているからだ。

 枢密院の代表でありながら、枢密院の「貴族院を嫌う」という傾向から逸脱していた。


 だが今は、その「三すくみの構図」がヴァルドリエルの足を引っ張るだろう。


 『元老院は、枢密院を嫌っている』のである。

 元老院側の私兵が、大勢、枢密院の居住区に引きずり込まれたのだ。

 大いに暴れるに違いない。

 内紛を起こすという、ファラーマルズの計略はひとまず成功するであろう。


「(枢密院が軍隊を用意していない、というのは想定外だったが……)」

「(これでひとまず、枢密院の代表めが思い描いた陰謀は阻止できるじゃろう)」

 思い通りにはいかなかったものの、ファラーマルズは少し安堵していた。


 元老院の私兵たちが暴れまわる。

 枢密院の精緻な居住区を汚していく。

 そしてもちろん、憎き枢密院の代表、ヴァルドリエルにも攻めかかる。


「おめぇが枢密院の代表だなァ!!」

「しねぇええ!!!」


 眼光鋭い肉食恐竜に騎乗し、踏みつけるようにヴァルドリエルに躍りかかる。


「ハァ……。質を……。落とし過ぎたか……」

 ヴァルドリエルは、どこから取り出したのか、2本のノコギリのような武器を手に持っている。

 それを振り抜く。


 肉食恐竜とマッチョエルフは、まるで熱したナイフでバターを切るかのように、やすやすと両断された。


「ファラーマルズ殿。そなたの贈り物、しかと受け取りましょう」

「我が生け贄となる、地竜騎兵隊をね」

 ヴァルドリエルは、やれやれ、といった素振りだ。

 両断された恐竜とエルフの鮮血を浴びながら、事もなく言いのける。


「もう一度お伝えしましょう。私は、竜殺しドラゴンスレイヤーの子孫なんですよ。」

 ヴァルドリエルが構える2本のノコギリのような武器に、ファラーマルズは背筋を凍らせる。


 正確に言うならば、ファラーマルズのなかの『竜の勇者』としての“竜”の部分が、恐れおののく。


竜殺しドラゴンスレイヤーッ……地“竜”騎兵隊ッ、か……!」


 やられた。

 まんまと。


 後悔しても仕方がない。

 そして、もう遅い。


 ファラーマルズとノーマは、『“竜”の勇者』。

 そして自分が引き連れて来たのは、地“竜”騎兵隊。


 軍隊など、必要なかったのだ。

 元老院との戦いはすべて、ヴァルドリエルたった一人でこなすつもりだったのだ。


 いや、それだけではない。

 貴族院すらも、すべて一人で倒しきるつもりだったのかもしれない。


 襲い掛かる地竜騎兵隊を恐るべき戦闘技術と腕力でねじ伏せていく。

 それは戦闘ではなかった。

 一方的な殺戮だ。


 理性をなくしたかのように、地竜騎兵隊はヴァルドリエルに飛び掛かる。

 しかし一矢報いることすらもできず、ことごとく切り伏せられる。


 火に引き寄せられた羽虫が、ただただ火に飛び込んで身を焼くが如し。


「絞り出せ。苦痛と血を」

 くぐもった声だが、恐竜とエルフを切り裂きながら、ヴァルドリエルは確かにそう言った。


 彼の戦闘センスが、この共和国で出会った誰よりも優れていることは明らかだ。

 この国だけではない。


「(よもや……余が戦ってきた、そして歴史を見てきた、屈強なる勇士パフラヴァーンたちと同等か、それ以上!!)」

「(こやつ、ただのハイエルフではないぞ!)」


「ひ、ひえぇ~」

 ノーマは、はじっこのほうで震えている。

 彼女の“竜”の要素が、ドラゴンスレイヤーの気配を感じ取り、心胆を寒からしめているのだ。


 まさか、ここまで一方的だとは。


 地竜騎兵隊は、一人を残して全滅した。

 たった一人、残った者。

 冒険者ギルドの代表だ。

 ファラーマルズとノーマを追いかけてきていたのだ。


 しかし、ファラーマルズも誤算に翻弄されるばかりではない。

「だが! ここまでの惨状!」

「どう説明するつもりですかな? 枢密院の代表殿?」


 枢密院の居住区で、元老院の子飼いである地竜騎兵隊が全滅している。

 その様子を、枢密院に憎悪を向ける元老院の一人、冒険者ギルド代表にも目撃されている。


 言い逃れは出来まい。

 当初の予定であった、「元老院の軍隊を枢密院の軍隊にぶつける」という作戦は台無しになったが。

 結果としては、枢密院の代表を追い落とすための追求の種は手にできた。

 と、思っていた。



 ヴァルドリエルは、どこまでも冷徹に言い放つ。

「そうですなぁ」

「“竜”のせいにしましょうか」

「竜が暴れたのです。共和国では、たびたび起こる不幸な事故なのですよ」


 言い終わるとすぐに、冒険者ギルドの代表へ目を向ける。


「私が贈った、。本来は、私の物だ」


 竜退治の褒美に、枢密院から贈られる報償。

 それが、例の指輪だ。

 これを贈ったのは枢密院の代表であるヴァルドリエルで間違いない。

 おそらく何かしらの呪いが付与されたこの指輪で、冒険者ギルドの代表を狂わせたのだ。


 では……。

 何の呪いだったのか?

 ただの、執着の呪いなのか?



 冒険者ギルドの代表は、これまでで一番取り乱し、血走った目を見開き、狼狽しながら震えだした。


「い、いやだ!」

「いやだ! いやだ! いやだ!」

「この指輪は!」

「俺の物だ!」

「だれにも! だれにも! だれにも!」

「渡さぬッッッ!」


 冒険者ギルド代表は、鎖をつけてネックレスのように首から下げていた指輪を手に取った。

 鎖を引きちぎり、指輪本来の使い方をした。

 指にはめたのだ。


「グォオオオオオ!!!!」


 恐るべき魔力の奔流が、冒険者ギルド代表の身体を満たす。


 指輪が周囲の魔力を吸収し、眩く光る。

 その指輪から指を通して、力が送り込まれる。


 もともと巨躯であった冒険者ギルド代表は、さらに筋肉が膨張し……鱗が生えている!

 翼が、角が、尻尾が生えている!!!


「ゴガァアアアア!!!」


 先ほどまで冒険者ギルド代表であった者は、今や、恐るべき“竜”に変化している!

 枢密院の居住区にある、最大の建物とだいたい同じくらいの高さ。

 三階建てから四階建ての建物に匹敵する、強大な竜がそこにいた。


 ファラーマルズは驚愕している。

「竜の要素をもたぬ者が、これほど容易たやすく竜に変化へんげするだと!?」


 指輪がもっていたのは、「執着の呪い」だけではなかった。

「竜化の呪い」が付与されていたのだ!!



 ヴァルドリエルは、巨竜を見上げてつぶやく。

「筋書はこうだ」

「枢密院の居住区で、“共和国ではよくある、竜の災害”が起こった」

「冒険者ギルドの代表は、地竜騎兵隊を率いて駆けつけ、これと応戦する」

「奮戦むなしく、冒険者ギルド代表も地竜騎兵隊も全滅する」

「その戦いに巻き込まれて、王国の外交特使であるファラーマルズ殿とノーマ殿は死亡」

「生き残った王国からの使節団員は全員、安全のために“保護”する」

「竜は奇跡的に倒され……」

「そして、竜を倒した功労者には、“指輪”が下賜される」


 ファラーマルズは、貴族院議員との話を思い出し、脳内で推理を行っていた。


 貴族院議員である彼女の父には、竜退治の報償として“指輪”が下賜された。

 彼女の父は“指輪”を大切にし、執着した。

 傷の治りが早くなり、動けるようになるとすぐに“指輪”とともに失踪した。

 その直後に“竜騒動”が起こり、竜は退治された。

 彼女の父は二度と見つからず、死亡扱いになった。

 竜を退治した「冒険者ギルドの代表」には、竜騒動を治めた功労者として“指輪”が贈られた。

 冒険者ギルドの代表は、“指輪”に執着し、そしていまや……。

 指輪を身につけ、竜となった。

 この竜を退治した者には“指輪”が贈られるだろう。

 そして、何度でも竜は現れるだろう。


 仕組みを理解し、ファラーマルズは驚き呆れた。

「ご婦人の父上のかたきを、このような形で見つけてしまうとはのう」


 元冒険者ギルドの代表にして、いまや巨竜となった者。

 それを見つめる枢密院代表、ヴァルドリエルは、恍惚としていた。

「さぁ、私に不死をけておくれ……」

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