第10話 勇者、他国をかき回す【1/3】または「不滅の英雄」

翌朝。

「行くぞ、ノーマ。冒険者ギルドにご挨拶だ」


この国の冒険者ギルド本部は比較的巨大な建物ではあるものの、権威主義とは程遠い。

王国の威張り散らした雰囲気とは異なっていた。


そもそも冒険者ギルドは、超国家的組織である。

冒険者という超法規的身分の存在を管理しており、国家の枠に縛られない運営を行っているのだ。


この国の冒険者ギルドは、言うなれば質実剛健。

地に足がついた運営を行っているのであろう。


そしてそれを予感させるように、ギルドに近づくほどに屈強な人々が増えていく。

男たちだけではなかった。

女性陣もことごとく筋肉質だ。


ノーマの顔が引きつっていく。

「(だからっ! 筋肉エルフは解釈違いですってば!!)」


さぞかし、しっかりとした運営がなされているのだろう。

強き冒険者たちが集まり、活発なやりとりがなされ……。


そんな期待は、冒険者ギルドに着くや否や打ち砕かれた。


きな臭い。


「むう。これは……戦の準備でもしておるのか?」

ファラーマルズの目線の先には、くらが据えられた恐竜ダイナソアの群れ。

これまで道中ですれ違ってきた屈強な冒険者とは明らかに異質な、血なまぐささを隠しもしない筋肉エルフたち。


「これでは、冒険者ギルドではなく傭兵ギルドではないか」

ファラーマルズのつぶやきを聞き、ノーマも口を出す。

「なんか……良くないウワサを聞きましたよ」

「なんでも、冒険者の質が変わってきているのだとか」

「これまで受けていた、迷子の猫ちゃん捜索のような依頼は一切断られて」

「それに代わって、強請ゆすりだとか、用心棒という名の実質的な制裁だとか、ひどいときには暗殺などなど」

「危ない組織になってるみたいです」


「ふうむ。危険な仕事だが、報酬は良さそうじゃのう」

「金がいる何かを準備でもしておるのか?」


いくら憶測を並べても大して価値はない。

目の前に答えはあるのだ。


ファラーマルズは、門番に対していつものように古い宮廷作法の挨拶を済ませ、そして要件を伝えた。

「私は神聖ルーマシア王国の外交特使です」

「故あって、冒険者ギルドの代表殿にお目通り願いたい」


しかし、やはり予想通りというか、門番は取りつく島もない。

「帰れ。ここを通ることはできん。まして、代表に会うことなど不可能だ」


「私は外交特使ですぞ。私の意思を尊重するのは、貴国の外交官命令でもあるのですぞ?」


「帰れ。答えは変わらん。通さぬ。これ以上は暴力沙汰になるぞ」


「ほほう。それは余も望むところである」

ファラーマルズの両目が鋭く光ったかと思うと、次の瞬間にはすでに門番は後方に吹き飛ばされていた。

凄まじい速度と威力で殴りつけられただけなのだが。

門番はいまだ、何をされたのか気づいてすらいまい。


「押し通る」


何かの魔法なのか、ファラーマルズが片手で門を押しただけで、固く閉ざされていたはずの鍵は外れ、やすやすと開かれた。

ノーマは、鍵部分が錆びきって溶け落ち、不快な臭気を放っていることに気づいた。

同時に、先ほど吹き飛ばされた門番が、はるか遠くで着地した音が聞こえた気がする。


ギルドの内部には、相変わらず血走った眼をした冒険者もとい傭兵たちがたむろしていた。


「余は神聖ルーマシア王国の外交特使である!」

「この冒険者ギルドの代表に会いに来た!」


「なぁんだァ、てめぇはァ」

ガラの悪い大男が、不機嫌そうなガニ股で歩み寄る。


「余は許可を求めてはおらぬ。事実を申したまでよ」


ノーマは不安そうに勇者の顔を見返した。

「い、命までは取らないようにしてくださいね!?」


あとはもう、大乱闘……という名の、一方的な暴力沙汰だ。

なかには、小柄な女と見てノーマを狙った輩もいたが、彼らは大変なことになったとだけ伝えておこう。

念のためにつけ加えておくと、ノーマは彼らの命までは取っていないが、いろいろと取ったようだ。


「隠れても無駄だぞ」

「代表であるならば、逃げも隠れもせず姿を見せるがよい!」


ギルドホールの騒動を聞きつけてか、それとも戦士として「隠れる」「逃げる」という煽りが許せなかったのか。

冒険者ギルドの代表が、ゆっくりと降りて来た。


その身体と身のこなしは、おそらく彼が竜に致命傷を与えたのだというウワサが、ただのウワサではないことを物語っている。

この場の誰よりも筋肉質で、誰よりも大柄で、なおかつ洗練された戦士の動きだった。


「外交特使にしては」

「ずいぶんと武闘派ではないか」

定命じょうみょうの人間ごときがァ」


安い挑発に乗せられてか、冒険者ギルドの代表も安い挑発を繰り出す。

エルフからその他種族へ向けられる「定命じょうみょう」煽りは、一般的には差別的であり、なおかつ使い古された言い回しだとみなされている。

だが、煽られ耐性のなさでは、ファラーマルズも負けてはいない。

定命じょうみょう呼ばわりされたことで、怒り心頭であった。


しかし。

ファラーマルズの目的は、彼を倒すことではない。

必死に耐え、渾身の煽り文句を言い放つ。


「その、なかなかいいな」

「どうじゃ、余にその?」


ノーマはいささか混乱している。

「(指輪? 指輪なんて、してないでしょ?)」

「(しかも、胸の指輪って? どこに指輪をしてるの?)」


しかしこれは、かなり効果的な言葉だったようだ。

少なくとも、冒険者ギルド代表の理性を消し飛ばすには十分だった。


「この指輪は……」

「俺の物だッ!」

「だれにもッ!」

「渡さぬッ!」


言いながら、ネックレスを胸から取り出す。彼が首に下げていた鎖は、ただのネックレスではなかった。

ペンダントトップであろう鎖の先には、指輪が結びつけられていたのだ。

見事な意匠の指輪だ。

これはおそらく、竜に致命傷を与えた報償として枢密院の代表から贈られた、あのウワサの指輪だろう。

下賜された指輪を、肌身離さず持っているはずだ。ファラーマルズの読みは当たった。


「殺せッ!」

「こやつらを、殺せッ!」

「者ども!」

冒険者ギルト代表の号令で、さらに筋肉エルフたちが集まってくる。


「逃げるぞ、ノーマ」


「えぇっ!? じゃあ、なんで挑発したんですか!?」


「無論、元老院の私兵を枢密院にぶつけるためよ」

ファラーマルズの口元が、歪な笑みを湛えた。


すでにギルドホールの出入り口は、恐竜ダイナソアに騎乗した屈強なエルフたちで固められていた。


「地竜騎兵隊か。共和国の正規騎士団の一角が、元老院の手に落ちているとはのう」


騎乗獣である肉食恐竜が、血に飢えた眼光を光らせる。


そこからあとは、もうノーマは必死に走った。

走って走って、走り続けた。


これまで馬車で移動してきた距離を、徒歩で駆け抜けた。

目指すは、枢密院のある地区だ。


そのすぐ後ろを、狂暴な肉食恐竜に騎乗した屈強なマッチョエルフが追いかける。

元老院議員にして冒険者ギルドの代表から、「殺せ」との厳命を受けているのだ。


「な、なんでこんなことに!」

「魔法共和国は平和で、イケメンで優しい細身のエルフがいっぱいじゃなかったんですか!?」


「イケメンで細身のエルフから熱烈に迫られておるではないか、ノーマよ」

「お主の望みどおりじゃな」


「ど、どこがですか! あれじゃあせめて細マッチョ、いえ、マッチョですよ!!!」

「エルフの解釈違いです!」


筋肉ムキムキでテッカテカ、上半身裸のマッチョエルフが迫る。


「殺せ! 殺せ!」

「踏みつぶせ!」

「竜どものエサにしろ!」

臓物ぞうもつを引きずり出してやる!」


およそエルフとも国家所属の正規騎士団とも思えぬ罵声が飛び交う。

だが、無理もない。

彼らは、冒険者ギルドに雇われた傭兵なのだ。

元老院子飼いの、生粋の汚れ仕事専門部隊だ。


ノーマは半泣き&激怒しながら怒声を上げた。

「えーーーーーん!!!! ちっくしょおおおお!!」

「なんでえええええ」

「あとで絶対ぶん殴ってやる! ファラーマルズさんも、乱暴なエルフのお兄さんたちも、全員、竜の力でぶん殴ってやる!」


「(種族間の対立、そして議員派閥間の対立を煽り、内紛を勃発させる)」

「(兵隊を準備させる期間も資金も、じっくりとくれてやる)」

「(そのうえで自分の手勢で鎮圧し、臨時王政を敷く)」

「(あとは、臨時だった王権を永続させる国民投票でもやってやれば……)」

「(見事、共和国は民主的に王国になる。いや、帝国かな?)」

「(ハイエルフの永世皇帝が誕生、というわけだ)」

「(考えたな、枢密院の代表とやら)」


「おお、見えて来たぞ、枢密院のゲートだ」


「(だが、そなたが想定するよりも一足早く、内紛を起こさせてもらう)」

「(力を与えるためか、精神支配するためか知らぬが)」

「(『執着の呪い』が憑いた指輪を使って、ほかの議員を操っていたのが仇となったようだのう)」


人が思い描いた陰謀をぶち壊すのは、とても楽しいのだ。

後ろ暗い陰謀であるほど、破壊したときの爽快感は計り知れない。


「(さてさて、枢密院は用意しているのかな?)」

「(たとえこの局面を乗り切っても、民衆からの追及は逃れ得まい)」


「混乱こそが我が喜びよ。クククッ」


「(さぁ、存分に踊るがよい、余のてのひらの上でのう)」

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