第9話 勇者、他国に驚愕する【3/3】または「捻じくれて育つ大樹」

 貴族院、元老院、枢密院の外交士たちとの会合を終えた魔法国使節団。


 ノーマが気絶するように寝ているのは、酒のせいばかりではないだろう。

 美男美女、マッチョ、美の化身という乱高下する外交士を相手にしたせいで、精神が疲弊しきったのだ。


 一方のファラーマルズは、先ほど話し込んでいた貴族院のご婦人と誘い合わせ、個人的な会合を楽しんだ。


 貴重な意見を得られた。

 彼女は、いや、おそらく多くの貴族院議員は、枢密院を信奉し、元老院を蔑んでいるようなのだ。


 貴族院は、元老院を嫌っている。

 元老院は、枢密院を嫌っている。

 枢密院は、貴族院を嫌っている。


 三つ巴が成り立っている。

 三すくみのため、誰も動けない。

 だが、誰かが何かをすれば、このバランスは崩れ、全面的な闘争状態に陥るだろう。


 そして、この状況にたった一人だけ、参加していない者がいた。

 すべてを平等に愛しているらしい、枢密院の代表だ。

 実にきな臭い。


 そして、先ほどの貴族院のご婦人から、元老院に関するよくないウワサを聞いた。

 冒険者ギルドの代表が、私兵を集めているとのことだった。

 冒険者の部下たちや、元老院の息がかかった正規の騎士団を招集しているとか。

 特に、アースドラゴンとも呼ばれる、飛べない大地竜に騎乗する地竜騎士団が有名だ。


 「冒険者ギルドの代表」とは、前回の竜騒動で功績を残し、枢密院の代表より宝物を下賜かしされた者と同一人物だ。

 貴族院のご婦人の父は、宝物を下賜かしされ、ほどなくして失踪している。


「父と同じ褒美を、元老院ごときの野蛮人が受け取るとは!」


 彼女はそう言って憤っていた。

 念のため確認したが、下賜かしされた宝物とは、“見事な装飾の指輪”であったという。


「指輪であったのは、間違いないと思います」

「ですが……父は、娘の私にも、ほとんど見せてくれませんでした。どんな装飾だったかは、分からないんです」

「とても指輪を大事にしていて。鎖から下げて首飾りにして、一日中眺めていました」

「武功に対する勲章ですもの、勇者パーティーの子孫である私たちにとって、それはそれはありがたい物ですわ」

「このまま行けば、父も枢密院に召し上げられるはずでしたのに」

「まさか、何もかも捨てて失踪するなんて」

「あ、いえ。もちろん、宝物の指輪は見つかりませんでしたよ」

「おそらく宝物の指輪が、唯一、父が失踪するときに持って行った物ですわね」


 宝物の指輪、それに何か秘密があるのだろうか。

 呪物であろうか。

 ファラーマルズがそう考えていたとき。


「あ! そう言えば、前回の竜騒動が起こったのも、父が失踪した直後でしたわ」

「父がいなくなっただけでも狂おしいというのに、父と同じ竜退治の褒美を元老院議員なんぞが受け取るなんて」

「私、耐えられなくて。でも、父がいなくなったことで貴族院議員に欠員ができてしまって。その穴を埋めなければならないでしょう?」

「私がすぐに父の跡を受け継いだんです」

「復興支援とかで忙しくて、心の隙間を考える暇もありませんでした。それは幸いでしたわね」

「父は失踪したばっかりだったし。すぐに父が見つかって、議員に復帰するかもしれないのに」

「ですが、枢密院のヴァルドリエル様が、こういうのは早いほうがいいから、と」

「本来であれば、私などは枢密院代表とお会いすることも難しいのですが」

「ヴァルドリエル様は、父を見舞いに来てくださっていたので面識もありましてね」

「まるで、そう……あっ、いえね。なんでもありませんわ」


 まるで、そう。父が、二度と戻らないとあらかじめ知っていたかのように。

 彼女がどんな言葉を飲み込んだのか。ファラーマルズには、はっきりと分かった。


「失踪直後の竜騒動で、大きな人的被害も出ましたわ」

「それに巻き込まれたのだろう、ということになりまして」

「もし本当にそうなら、前回の竜騒動で父が竜の暴走に巻き込まれて亡くなったのなら」

「竜退治で表彰された元老院の議員は、父の仇をとってくれた恩人ということなのでしょうが……」

「どうしても、そうは思えないのです」


 ファラーマルズが会わねばならぬ人物は、これで少なくとも2人。

 前回の竜騒動で宝物を下賜かしされた、冒険者ギルドの代表者。

 そして、枢密院代表のヴァルドリエル。

「ふーむ、興味が湧きましたな」

「どうですか、もしよろしければ、冒険者ギルドの代表がどこにいるか、教えていただいても?」


「ええ、もちろんです。ですがすぐに見つかりますわよ」

「冒険者ギルドの代表なのですから、冒険者ギルドにおりますわ」

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