第9話 勇者、他国に驚愕する【2/3】または「捻じくれて育つ大樹」

 午後。


 使節団は、軽食を済ませてから共和国の迎賓館へと向かった。

 立食パーティーのような形式で、ざっくばらんに話をしながら、その裏で熾烈な情報戦を繰り広げる。

 これから行われるのは、そういった催しだ。

 外交特使のファラーマルズとノーマ、そして支援隊の代表数名が参加する。


 共和国の政治運営組織である共和議会は、世襲制の貴族院、ほぼ世襲制の元老院、そして議員経験者のうち有力な者が特別に取り立てられる枢密院からなる。


 まずは貴族院の代表たちと会談を行った。

 彼らのルーツは、かつて5000年前にこの国が建国された際まで遡る。

 知ってのとおり、この国は一人の勇者が古代竜を倒し、竜が蓄えていた財宝をもとにして作り上げられた。

 その勇者の仲間たちが、この国の最初の“貴族”となったのだ。

 当初は勇者を王に据え、仲間たちが貴族となっていた。

 しかし、王の代替わりの際に王政から共和制に移行し、その流れで貴族も議員にしたのだそうだ。


 貴族院の一員であるエルフの女性が、自慢げに語った。

「私の一族は、勇者パーティの攻撃魔法師マジックアタッカーを始祖にもっているんです」

「我が一族は、たびたび武功を立てていましてね」

「古代竜と共和国始祖の勇者のお話はご存知?」

「倒された古代竜の子孫なのか、この国では何百年かに一度、竜が出て暴れまわるんです」

「父もその竜との戦いで武功を立てて、枢密院の代表から宝物を下賜かしされたんですよ」

「枢密院の代表は代々、竜殺しの勇者ヴァルドフリート様の一族ですからね。建国の英雄です」

「その英雄と同じく、竜退治で褒美をもらえるなんて。父は、大変に名誉なことでした」


 ファラーマルズは、その女性の言葉に何か悲しみを感じ取った。

「名誉なこと“でした”とは? 名誉は名誉に変わりないのではありませんかな」


 少し目線を泳がせたが、女性は、まるで自分の不名誉であるかのように語り始めた。

「父は……。失踪してしまったのです」

「父は竜との戦いで最前線に立ち、名誉の負傷を受けつつ、竜に致命的な一撃を与えました」

「トドメを刺したのは、別の方だった、と聞いていますが……」

「包帯を巻いた身体のままで竜被害の復興式典に参列して、そこで表彰され、宝物を下賜かしされたんです」

「驚くほど傷の治癒が早い、とお医者様には褒められていたのですが」

「枢密院代表のヴァルドリエル様も、負傷した父を毎日のように励ましに来てくださってね」

「でも傷が治るにつれて、だんだんと寝つきが悪くなって、うなされるようになったのです」

「うわ言のように、竜の爪がどうだ、牙が翼が、と騒ぐようになりまして」

「竜の恐怖に当てられたのだ、とウワサになりました」

「失踪したのは、その直後です」

「頭がおかしくなった当主を家人が処断したのだ、と、私たちを非難する人もいました」

「断じて違います! 私は、父上を尊敬していましたし、今でも愛しております」

「ましてや、まことの武人であった父が、果敢に竜に挑んでいった父が、恐怖に当てられるなどと!」


 なにやら思い当たる節があるのか、ファラーマルズはじっと眉間にシワを寄せて聞いていた。


「あ、あら! すみません、こんなことを。別の国の方に」

「いえ別の国の方どころか、この国の者にだって話さないのに」

「あまりにも……その……ファラーマルズ様が頼もしかったもので、つい」

「弱いところを見せてしまいましたわ」


「いえいえ、お気になさらず。それに、私のことはお気軽に“ファル”とでもお呼びくだされ」

「あなたのように凛とした淑女レディーは、なかなか弱みを見せられぬもの」

「私で良ければ、いつでも支えて差し上げますよ」


「あら、いやですわ。もう。こんなおばあちゃんを捕まえて淑女レディーだなんて」

「わたくし、もう500歳を過ぎていますのよ」

「でも不思議ね。ファル様とお話していると、年下だなんてとっても信じられないわ」

「ファル様は人間ですものね? 年下に決まっておりますのにね」


「フフフ、そうですねぇ、不思議ですねぇ」

「(実際に余はそなたの年下ではないからな、小娘めが)」



 ひとしきり会談が終わると、次は元老院だ。

 元老院はほぼ世襲制だが、完全に世襲制というわけではない。

 貴族院は、勇者の仲間たちを貴族として取り立てていたという共和国の過去があり、その伝統を残す意味でも完全世襲制だった。

 一方で元老院は、「現状で共和国内で力をもつ各勢力」の代表としての意味合いが強い。


 たとえば、共和国随一の商業グループの代表。大人気の芸能一座の代表。職能ギルドの各種代表、などなど。

 元老院発足当初は、「国民のなかで発言力がある者を議員にする=国民の声を聞く」という思想があった。

 しかし、次第に権力が固着化し、権力の世襲が始まったことによって、元老院の世襲化につながってしまったのだった。


 先ほどの貴族院との会合では終始ニヤついていたノーマだったが、このときは違った。


 元老院の議員たちは、みな、一様に筋骨隆々でイカつかった。

 ドワーフも人間も混じっており、彼らが鍛え上げられた肉体なのはやむを得ないだろう。

 しかし、エルフだ。

 ムキムキのエルフを見たノーマの表情は、何にも形容しがたかった。


「(マッチョエルフは解釈違いですぅっ)」

 引きつった笑顔で社交辞令を交わす。


 そのとき、あまり高貴な社交場にふさわしくない大声が会場を満たした。

「先だっての竜騒動では、さしもの枢密院のやつらも、我々を無視できなかったようですなぁ!」

「いつもいつも貴族院ばかりを優遇しおって、枢密院め」

「勇者の子孫の取り巻きどもめ!」

 高級な酒で酔いが回ったのか、ドワーフの議員が愚痴をこぼしているようだ。


「いいですか、私はねぇ、勇者の子孫だとか、勇者の仲間だとかをダメって言ってるんじゃないんですよ」

「血筋は大事です、血筋は!」

「でもねぇ、枢密院は、勇者の子孫の取り巻きでしょう?」


 何かを察知したファラーマルズは、介抱するフリをして近づく。

「おやおや、酒気に当てられましたかな」

「そのあたり、貴族院と枢密院について、もう少し詳しくお聞かせいただいても?」


 すると、ドワーフの議員は誇らしげに語り出した。

「いいとも! あれは、前回の竜騒動のことであった。もはや共和国の風物詩じゃな、竜騒動は!」

「我ら元老院でも新進気鋭、冒険者ギルドの代表が、風のように颯爽さっそうと!」

「ずばーーーっ! とおぉっ! 竜に致命の一撃を与えたのじゃ!」

「トドメを刺したのは、誰か知らん。別のヤツらしいが、ほとんどもう、元老院が竜を倒したようなもんじゃろ」

「んで、宝物を下賜かしされたのよ! 枢密院から!」


 竜を倒す話ではなく、枢密院と貴族院と元老院、そして血筋の話を聞きたかったのだが。

 これだから酔っ払いは。

「あ、いえいえ、その竜退治の話ではなく、枢密院と血筋の話を……」

 ここまでの話を整理し、ファラーマルズは違和感に気づく。


「お待ちください。竜に致命の一撃を与えて宝物を下賜かしされたのは、貴族院の方ではないのですか?」

「宝物は複数あるのですか?」


 貴族院を引き合いに出され、ドワーフの議員は少々憤った。

 自然と語気が荒くなる。

「お前さんは、いつの話をしとんじゃい!!」

「貴族院の魔法戦士が表彰されたのは、前々回の竜騒動のときじゃろがい!」

「それに、下賜かしされる宝物は一回につき一個だけじゃ!」

「毎回、一流の職人に頼んで作らせとるんじゃろ、たぶん! 知らんけど!」

「あんなに見事な装飾の指輪、見たことがないわい。さすがに一点物じゃろう」


「なるほど、ところで……」


 しかしすでにドワーフの議員は前後不覚、まともに話せる状態ではなくなっていた。

 仕方がない。

 ほかの元老院議員から話を聞こう。


 引きつった笑顔のノーマを横に、ファラーマルズは持ち前の社交性と経験を駆使し、思うように情報を収集していく。


 あのドワーフの議員が憤っていた“血筋の話”は、おそらく以下の通りだ。


 元老院は、実力でのし上がった者たちからなる。

 貴族院は、過去に勇者の仲間だった貴族たちが元になっており、血筋は由緒正しいものである。

 枢密院の代表は、勇者の血筋なので、由緒正しいものである。

 しかし、ほかの枢密院の議員たちは、枢密院の代表によって選ばれた者たちであり、選ばれる基準は血筋や正当性ではなく、“その個人の実力”に由来している。

 そして、おそらくすべてがエルフまたはハイエルフだ。

 そのため、ここ数百年は枢密院の議員は交代しておらず、全員が同じ顔触れなのだという。

 実力で認められるなら元老院であるべきだし、その正当性は血筋に寄っておらず、しかも決定権は枢密院の代表たる勇者の子孫に委ねられている。

 勇者の子孫は尊重されるべきだが、勇者の子孫に気に入られただけの者たちが枢密院を名乗り、議員権力をほしいままにするのはおかしい。


 だいたい、そういった内容だった。


 元老院内でそのような教育や思想強制でもされているのか、愚痴をこぼした議員は、みなが同じ不満を口にしていたのだ。


 元老院たちが去って後。

 最後は枢密院の代表団との交流が行われた。


「遠路はるばる、よくぞ参られました。」

「我々は枢密院の外交団です」


 ひと際強い魔力をまとうハイエルフたち。

 貴族院のエルフたちも、とんでもなく美しかった。

 しかしそれは、理解できる美しさだ。

 すらりと長い体躯。

 切れ長で大きな目。

 すっきりとした鼻と口。

 例えるなら、「理想的な美人」だ。

 一方で枢密院のハイエルフたちは、言葉を失うような、この世のものでないかのような美しさを備えていた。

 例えるなら、「荘厳な山脈」「極地のオーロラ」など、畏怖にも近い感情を湧き起こす、雄大な美しさだ。

 まさしく妖艶な魔性であった。


 ノーマは、もはや耐えきれる美の許容量をオーバーし、挙動不審になっている。

 2000年以上を生き、国中の美女を自分のものとしてきた過去をもつファラーマルズでさえ、ハイエルフの美しさには驚いていた。

 しかし、ここで飲まれてはならない。

 普段通りの宮廷作法で挨拶を行い、交流を始める。

 なにより、枢密院は怪しすぎた。


 それとなく、いくつかの疑問をぶつける。

「この国では、オーガやゴブリンも仕事を得られるのですね」

「モンスターとして扱う国もあるほどですが」

「しかし、女神様の意向としては、オーガやゴブリンも人類の仲間に入れてほしい様子」

「女神を信奉する我らが王国ですら、この願いは守られておりません」

「女神とは距離を置く共和国のみなさまがこれを守っているとは、驚きでした」


 美の化身のようなハイエルフが答える。

「おや、お若いお方。古の文献でわずかに言及される“人類五族”思想をご存知だとは」

「さすが、女神から直々に力を授かった『竜の勇者』様ですね」

「オーガやゴブリンの扱いが他国と異なることには、理由があるのです」

「枢密院の現代表であるヴァルドリエル様が、勇者の子孫であることはご存知ですね?」

「そのヴァルドリエル様の意向なのです」

「ハイエルフも、エルフも、ドワーフも、人間も、そしてオーガやゴブリンも」

「皆等しく、平等な“命”である、と」

「今はまだ無理でしょうが、オーガやゴブリンにもいずれは選挙権も与え、“人類五族”の国を作ろうと考えているようですよ」

「我らはその意に従っているに過ぎません」

「ですが私などは、やはり少し、オーガやゴブリンのことは恐ろしく感じてしまいます」

「慈愛に満ちた代表と同じ。とは、行きません。私もまだまだですね」


 合点がいった様子のファラーマルズ。

 続けて、もう一つの疑問をぶつける。

「この国の政治システムには、関心しきりですな」

「人民の実力者を元老院に。古くからの由緒正しい血筋を貴族院に」

「そして貴族院や元老院で立場が上がり、各議会を牛耳ってしまいかねない実力者を、枢密院に“閉じ込める”」


「閉じ込めるだなんて、そんな恐ろしい」

「わずか200年とはいえ、寿命1000年のエルフと寿命1200年のハイエルフであっても、寿命の違いは大きく影響するのです」

「ほかの種族とは、言わずもがなです」

「大きく隔たりができてしまうのです。思想にも、弁論術にもね」

「枢密院という仕組みは、それを是正するための、言わば“議会の殿堂入り”のようなものですよ」



「いえいえ、すばらしいシステムですぞ。長命種と短命種が同じ土俵で政治を行うならば、必要な制度だ」


「おっと! 外交特使殿。短命種は差別用語ですよ」


 やはり枢密院の者たちは、この三議会制度の思想に気づいている。

 だが、これは本題の疑問ではない。

「ところで。貴族院と元老院。この二つについて、どうお考えですか?」

「“あなた個人”と、“枢密院の代表”のお考えをお聞かせください」


「ええ、よろしいですよ」

「枢密院の代表は、先ほども申した通り、すべての人類を、種族も身分の貴賤も関係なく、平等に愛しております」

「所属する議会が異なっても同じこと。どの議員も、平等に愛しております」

「さすがは、高名な勇者様の血筋ですね」

「ですが、私は……」

「少々申し上げにくいのですが……」

「元老院は、実力で成りあがった者たちです。大変好ましいと思います」

「我々枢密院のメンバーも、実力が評価されて、元老院や貴族院から引き上げられた者ばかり。努力の賜物たまものです」

「ですが、貴族院は……」

「彼らは、ただ生まれた家が貴族院の家柄だった、というだけのこと」

「そのなかで努力し、枢密院に引き上げられる好ましい者もおります」

「ですが多くは、与えられた身分に胡坐あぐらをかき、研鑽を怠っています」

「私が貴族院から枢密院に引き上げられたとき、同期の貴族院議員は議員の年齢制限を理由に免職になりました」

「私は枢密院に上がったのに、彼は上がるだけの実力をつけられず、議員職を失ったのです」

「それが気に入らなかったようで、ずいぶんと嫌がらせを受けたものですよ」

「枢密院に上がるための努力を怠った自分が悪いにも関わらず、ね」

「貴族院には、そのような怠惰な連中が多いのですよ」

「…………あ、あれ? 私はなんということを」

「い、今の話は誰にも内緒ですよ、外交特使殿!」


「ええ、もちろんですとも」

「(フン! 1000歳程度の小僧っ子が、余の前で隠し立てできると思うなよ)」


 その後も会合を続け、ついに夜になった。

 ノーマは相変わらずガチガチで、まともな話ができていないようだ。

 自然とファラーマルズの周囲に枢密院の外交士たちが集まり、話に花を咲かせた。


 会合が終わる頃には、ファラーマルズは、己の不安が確信に変わっていくのを感じていた。

「もしかすると、この国を覆う陰謀は、余の想像よりもずっと進んでおるのやもしれぬな」

「余は、“1000年かけて自分の思い通りになる国を作る”という計画の、“800年目”を想像しておった」

「じゃが実は“5000年かけて自分の思い通りになる国を作る”という計画の、“4800年目”なのかもしれぬ」

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