第9話 勇者、他国に驚愕する【1/3】または「捻じくれて育つ大樹」

 勇者ファラーマルズと勇者ノーマたち外交使節団は、ついに魔法共和国の中心部へ到着した。

 王国を出発してから5日目の朝のことである。


 共和国外縁部に到達したころから、この国の文明レベルの高さには気づかされていた。


 整備された街道、魔法制御で清潔に保たれた下水道、行き届いた公共サービス。


 街灯は魔法灯であり、大気中の魔素を吸収して半永久的に稼働している。

 それは人々の生活を照らす灯りであると同時に、不審人物や危険人物、あるいはモンスターの出現などを監視する治安維持システムも兼ねていた。


 中心部は高い城壁に守られ、城壁内部も区画ごとに区切られ、格子状になった区画が「隣組」としても機能しているのだろう。

 完璧に設計された巨大計画都市であると評さざるを得ない。


 都市機能、防御力、住民収容力と居住性、そのすべてが最高峰だ。


 支援隊の隊長は、思わずため息を漏らした。

「なんだい、こりゃあ。いったい、何万タラス、いや、何億タラスかけりゃこんな街が作れるんだよ」


 完璧に計画された都市。

 その様子が、ファラーマルズの背筋を寒からしめる。

「(一朝一夕で造営できるものではないぞ、これは!?)」

「(それどころか、一貫した計画通りに都市を作り続けるなど、何世代かかっても“人間には無理”だ)」

「(では、ドワーフやエルフなら? いや、1000年程度の寿命でこの都市は造れまい)」

「(一般的なドワーフが300年、エルフが1000年。だがハイエルフの1200年なら?)」

「(いや、それでも足りないだろう。彼らを遥かに超える長命種がいるとしたら?)」

「(5000年の歴史を誇る魔法共和国。これは確実に、裏で手を引いている“何者か”がいるな)」


 同じく、ノーマも何かを感じ取ったようだった。

「なんていうか、その……」

「失礼かもしれないですけど、すごく、、、」

「気配を感じない、というか。人の」

「あ、いや、エルフとかドワーフとかを差別してるわけじゃなくてですね」

「人類種って言うんですっけね? 3つの種族をまとめて」

「そういった人類種の、、、人間とか、エルフとか、ドワーフか、そういった、生きている人たちの、息遣いが」

「息遣いというか、こう、生身の感じが、ない。ありません。感じないんです」


 それに続く「不気味だ」という言葉を、ノーマは飲み込んだ。

 ファラーマルズも同じ感想なのだろう。

 いくら後継者に引き継いで計画を進めているとはいえ、後継者はまったく同じ思想をもち、まったく同じ思考をする完全同一体ではないのだ。

 誰かに引き継いでいる以上、どこかで必ず計画は破綻するはずである。

 絶対的な指導者が永遠に君臨でもしない限りは。

 それともすでに、クローン生産と魂の移植技術が確立してしまっているのだろうか?


 そんな不穏な空気を切り裂くように、エルフの一団が訪れた。

「これはこれは、遠路はるばる、ようこそおいでくださいました」

「我々はトゥーラキア外交団です」

「どうぞ、本日の宿へご案内しますよ」


 彼らは、美丈のエルフたちで構成された、魔法共和国の外交専門組織である。


 先ほどまで不穏な気配に押しつぶされそうになっていたノーマだったが、その瞬間、目元と頬がゆるむ。

 青少年にはとてもお見せできないような、下卑たニヤつきだ。

「エっ!え、えええ!」

「エルフ! かっこいい! イケメン!」


 すかさずファラーマルズが割って入る。


「天はあなたがたの頭上に麝香じゃこうを振りまかれたようだ」

麝香じゃこうが香る限り、あなたがたと我々は幸福のままにいるでしょう」

「我が名はファラーマルズ。神聖ルーマシア王国より遣わされました、使節団の一員です」


 流れるように、古い宮廷作法に則った挨拶を済ませる。

 この作法は魔法国のものでも王国のものでもなかったが、洗練された仕草と精緻な動きから、何かしらの訓練で身につけた格式高い所作であることは誰の目にも明らかであった。


「お、おなじく! ノーマ! です!!」

 一方、ノーマのほうは声がうわずっている。

 どちらかというとノーマは他人との会話に苦手意識をもっていた。上出来だと褒めてあげるべきだろう。


 ひとしきり通り一遍の形式ばった会話を済ませると、外交員向けの宿泊施設に案内された。


 午後からは挨拶回りだ。

 と、言っても、まずは外交使節団であるファラーマルズたちが迎賓館に出向き、そこで代わる代わる魔法国の要人と会談する、という形式だ。

 移動が一回で済むため、比較的気が楽だろう。


 あとわずかだが、午後になるまでは宿でしばらく休憩できる。


「ノーマよ、気づいたか」

「オーガもゴブリンもいたぞ。下層民のような扱いだったな」

「オーガは力仕事を、ゴブリンは細かい使い走りをさせられているのだろう」

「エルフが設計し、ドワーフが造り、人間が広める。その間にある、あらゆる“大変な仕事”を押し付けられているようだな」


 少しうつむいて、ノーマは答える。

「はい……。ちょっとかわいそうだな、って思いましたけど」

「でも、意外でした。オーガやゴブリンは、モンスターに分類している国や地域もありますよね」

「私も、旅の途中で襲われたことがあります」


「うーむ。この国には、オーガやゴブリンに人権を認めろ、という団体もおるようだしな」

「と、いうか。女神的には、オーガもゴブリンも“人類”だと思っておるようだがの」


「えっ!? 初耳です、そんなの」

「この世界の教会で教えていましたっけ??」


「いや。聖光教会的には都合が悪いのだろうな。あまり言及しておらん」

「むしろ王国内の教会勢力は、人間以外はあんまり人類として認めたがっておらぬようだ」

「余はな、女神に直接聞いたのじゃ。愛しい人類五種族だとかなんだとか」

「……あれ、そういえばさっき、“旅の途中で襲われた”とかなんとか言っておったのう」

「どうやって撃退したのじゃ?」

「まさか、殺し……女神が“人類だ”と定義するオーガやゴブリンを、殺し……」

「え、ノーマよ、そなた、まさか、人ご」


「この話はやめましょう」

 ノーマは何かを察し、無理やりに会話を閉じた。


 一連の会話で思考が整理され、ファラーマルズはまたも共和国内の違和感に気づく。

「(いや、むしろオーガやゴブリンが“下層民”なのがおかしいのだ)」

「(普通は“奴隷”にするはずだ。この国の権利意識は、そこまで高いのか? いや、違う)」

「(誰の差し金だ?)」

「(まるで誰かが、オーガやゴブリンも“人類”として認めようとしているかのようだ)」

「(それに加えて、この国の異様な発展と、謎の絶対的指導者の存在感。どうつながるのだ?)」


 ファラーマルズは、午後に呼び出されるまで沈思黙考を続けた。


 一方のノーマは、ファラーマルズが黙考しているとはつゆ知らず、ただただ気まずい沈黙が続いている気がしていた。

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