第8話 勇者、他国に赴く【1/4】または「その蜂蜜には蛇の毒が混ざっている」

「な、なんでこんなことに!」

「魔法共和国は平和で、イケメンで優しい細身のエルフがいっぱいじゃなかったんですか!?」


 この世界に召喚された『竜の勇者』たるノーマは、必死の形相で全力疾走している。


 ノーマは女性であり、「竜の火」と「竜の膂力りょりょく」を授かっていた。

 一般的な勇者がそうであるように、身体能力も非常に高い。

 すさまじい速度で駆け抜けながら、それでも時折、地面を腕で殴りつけている。

「竜の膂力りょりょく」をぶつけると、大地は割れ砕け、殴りつけた反動でさらに加速して進めるというわけだ。

 そんなにも必死で、何から逃げているのか?

 答えは、彼女のすぐ後ろに迫る巨躯にあった。


 直立二足歩行する巨大なトカゲ。

 「アースドラゴン」とも「大地竜」とも、あるいはただ単に「地竜」とも呼ばれる亜竜。

 ときには「恐竜ダイナソア」と呼ばれることもあるようだ。

 その亜竜は鋭く巨大な牙をもつことから、それが肉食性だと分かる。

 恐ろしい速さで、その肉食性の恐竜ダイナソアはノーマを追いかけていた。


 逃げているのはノーマだけではない。

 糸杉のように高い体躯、戦士の肩幅と溢れる魔力をもった、50代程度に見える中年の男性。

 やや長めの黒髪を振り乱し、その男もノーマとともに恐竜ダイナソアから逃げている。

 その男の両肩は不自然に盛り上がっていた。

 漆黒の夜のような髪には、夜空にきらめく星々のような白髪がまじっている。

 肉体の最盛期を過ぎたであろうその姿に似つかわしくなく、男は息も切らさずにすさまじい速度で飛ぶように走っている。

 何かしらの魔法で補助しているのか、一歩一歩の距離がとんでもなく長いのだ。


 彼も『竜の勇者』であったが、彼こそがこの世界に転移してきた魔王ザッハークであり、今は「勇者ファラーマルズ」を名乗っている。


「イケメンで細身のエルフから熱烈に迫られておるではないか、ノーマよ」

「お主の望みどおりじゃな」

 勇者ファラーマルズは、この状況でも冗談を言う余裕をもっていた。

 それどころか、息も切らさず、呼吸も乱さず、クスクスとこらえた笑いを漏らす様子を見せるほどであった。


「ど、どこがですか! あれじゃあせめて細マッチョ、いえ、マッチョですよ!!!」

「エルフの解釈違いです!」


 普段は猫背で内気なノーマだが、今はとても威勢がいい。

 無理からぬことだ。


 ノーマとファラーマルズを追う恐竜ダイナソアは、一頭や二頭ではない。

 少なくとも十頭以上はいる。

 そのすべてに、筋肉ムキムキでテッカテカ、上半身裸のマッチョエルフが騎乗していた。

 ノーマたちは、エルフの地竜騎兵隊に追われているのだ。

 追いかけてくる騎兵から、徒歩で逃げていたのである!


「殺せ! 殺せ!」

「踏みつぶせ!」

「竜どものエサにしろ!」

臓物ぞうもつを引きずり出してやる!」


 およそエルフとも国家所属の正規騎士団とも思えぬ罵声を浴びせながら、マッチョエルフと恐竜ダイナソアが迫る。


 ノーマは半泣き&半怒りで逃げながら叫び声を上げた。

「えーーーーーん!!!! ちっくしょおおおお!!」

「なんでえええええ」

「あとで絶対ぶん殴ってやる! ファラーマルズさんも、乱暴なエルフのお兄さんたちも、全員、竜の力でぶん殴ってやる!」

 失礼した、お詫びして訂正しよう。

 ノーマは全泣き&激怒しながら怒声を上げた。

 彼女の力で殴られれば、ファラーマルズはともかく、並のエルフであれば一振りで挽肉ミンチになるだろう。

 恐竜ダイナソアとて無事では済むまい。


 今、それをしないのには理由があった。


「これこれ、いかんぞ。何のためにこの程度の速度で、ゆっくりと誘導しておると思っておるのだ」

「枢密院とやらの陰謀を、おいしく利用するためではないか」

「今ここでエルフの地竜騎兵隊を倒してしまったら、台無しじゃぞ」

「それにな、余のことは気軽に“ファル”と呼んでくれと言ったではないか」


「んんんっなにが“ゆっくり誘導”なもんですか! こっちは全力ですよ!」

「それに! あなたのことは絶対に認めません! あだ名でなんて、呼んであげません!」

 息も絶え絶えのノーマが叫ぶ。


「おお、見えて来たぞ、枢密院のゲートだ」

「混乱こそが我が喜びよ。クククッ」

 ファラーマルズは、到底勇者とは思えぬほどの邪悪な笑みを浮かべた。


 なぜこのような事態になったのか。

 何が進行しているのか。

 それを紐解くには、数日前の王国の様子を知らねばなるまい。

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