第7話 聖槍量産計画【2/2】または「魚も鳥も、もはや彼の姿を見ない」

 暗く湿った石造りの部屋。

 ここは、王国の地下牢だ。



 ふと見ると、異形の存在が目に入る。


「ヴヴッ、グウウゥウ」

 堅牢で頑健な鎖で全身をがんじがらめにされた者がいる。


 実は彼は、ウダイオスだ。

 勇者の食卓に脳を提供するために断頭され、そのたびに頭部が再生しつづけていた。


 何度も続く再生によって、いつしか異形再生するようになっていた。

 例えばザリガニの目を切ったあとに、誤ってその部位から目ではなく触角が再生してしまうかのように。


 何度も頭を再生させ続けたウダイオスの頭部は、鱗に覆われ角が生え、まるで竜人と見紛うばかりになっていた。

 人語を発するのが困難になり、うめき声を上げるので精一杯の様子である。


 願わくば、彼はもう正気を失っていますように。

 そうでないならば、この仕打ちはあまりにも恐ろしすぎる。


「竜のような頭になってきたのう。だから、脳の味が落ちてきているのか」

「何度も再生する、良い食料源を見つけたと思ったんじゃがのう」

「まぁもう、スパルトイの秘術も学んだし、こやつに利用価値はないかもしれんのう」

 横を通り過ぎながら、ウダイオスの今後についてなんとなく思いを馳せる。


 しかし、今回勇者が用があるのはここではない。


 その奥。


 インノケンティウスが囚われている場所。


 インノケンティウスは、ユウマが敵国で開発するであろう『クローン技術』に目をつけていた。

 自身が持つ聖槍に付着した救世主の血を使って、救世主を量産しようと考えていたのだ。


 そのあとは、量産した救世主たちをまず殺し、聖槍と聖杯と聖骸布を得る。

 3日後に復活した救世主をそれらの聖遺物で武装させ、神の子による兵団を作る。

 そんな計画だった。



「そなたの計画、余が引きつごうではないか。」

 囚われたインノケンティウスの前に、勇者は立っていた。



「だが、救世主とやらを複製するのを、待つ必要はない」

「目の前に、おるではないか。ふさわしい、高位の聖職者が」


 勇者は……いや、この場では、この呼び名はふさわしくない。

 魔王ザッハークと呼ぶべきだろう。

 ザッハークは、インノケンティウスを舐め回すように見ている。



「そなたもやっていたのであろう?」


 インノケンティウスは教皇として、聖職者を聖者に列する権威をもっていた。

 それを用いて高位の聖職者を聖者に列し、危険な任務に向かわせるなど理由をつけては殉職させる。

 そして、その死にまつわる器物を聖遺物にする。

 ロンギヌスの槍の模造品も、こうやって作ったのだ。


「見事な手腕じゃ」

「余も、同じことをやろう」


「そなたらの救世主の脇腹を突いた槍は、聖槍になったのだったな」

「そして、その血を受けた盃は聖杯になった……と聞く」


「その救世主は、死後3日してから生き返ったというが……聖槍は聖槍のまま。聖杯も聖杯のままだ」

「つまり、殉教に関わった器物が聖遺物と化して、そのあとに殉教者が復活したとして、聖遺物に宿った聖性が消えることはない、ということだ」


 ザッハークの口から紡がれる言葉は、どれもが猛毒の臭気を放っているかのように醜悪だった。


「都合が良いのう。余にとって、実に都合がいい」


「ここに、そなたが“聖職者を犠牲にして造った”聖遺物がある」

「これは、生命力を活性化させる水を生み出す盃のようだな」

「聖杯の模造品とでも呼ぼうか」


 インノケンティウスは、聖槍の模造品を作っていた。で、あるならば、当然ながら聖杯の模造品もあるのだろう。


「まずは槍でそなたを突き殺し、その血を盃で受ける」

「そなたの遺骸を布で包み、安置する」

「しばらくしたらこの模造聖杯を使い、そなたを生き返らせる」


「これで、3つの聖遺物ができる!!!」

「しかも、より強力で、より魔性を秘めた、邪悪な聖遺物ができる!」

「何度でもだ!!!」


 言いながら、ザッハークは手にした槍でインノケンティウスを刺し貫いた。


「も、もう、やめ」

 絞り出すような声だったが、言い終わる前に、インノケンティウスは絶命する。


 その足元には盃が置いてあり、血を受けていた。

 周囲には遺骸を包むための布も用意されている。



 竜を殺した武器は、ドラゴンスレイヤーになる。

 竜を殺した者はその力を受け、竜と竜殺しの両方の力をもつ。

 それは呪いでもある。


 聖なる者を傷つけた武器が……なぜ聖遺物になるのだろうか?

 聖なる存在を害したのならば、邪悪な器物になるのではないだろうか?


 聖なる存在を害した物が聖遺物になる、その原理は不明である。

 もしかしたら、乗り移るのかもしれない。殺された者の性質が。


 それは、邪悪な者であっても同じことだ。

 邪悪を倒した武器であれば、聖なる存在になりそうではないだろうか。

 だが、そうはならない。

 邪悪を倒した武器は、邪悪な性質をもつのだ。


「聖遺物になるのか、魔道具になるのか。安心せよ。このような難しいことは考えなくてよい」

「邪悪であり、かつ聖なる者であるそなたを殺した武器は、邪悪で聖なる性質をもつのだ」


 すでに、元の世界から持ってきていた宝槍は、インノケンティウスを捕えた初期段階で魔聖槍にしてある。


 魔女狩りに精を出したインノケンティウスに由来する、対魔術/魔法破りの性質を備えた武器となった。

 邪悪な者は、正しく焼く。

 正しい者は、偽りの正義が焼く。

 漆黒と黄金に光る、美しくも禍々しき槍。

 欺瞞の炎をまとった魔聖槍となった。

 多くの罪なき者を火あぶりにしてきた、彼の人生を象徴するような武器だ。



 勇者は、インノケンティウスの所在について尋ねられたら、必ずこのように答えている。

「インノケンティウス殿か」

「彼は、罪を償いながら療養しておる」


 武器で殺され続けるという贖罪をしながら、聖遺物の効果で生き返らされ続けている。

 嘘は言っていない。



 王都襲撃事件のスケープゴートとして、インノケンティウスを使う。

 その身元を引き受け、魔道具を作り続ける。



 3日で魔聖槍、魔聖杯、魔聖骸布が一そろい。



 かつて語られた言葉がある。

 ……この境遇は、インノケンティウス8世に下された罰なのかもしれない。

 贖罪の機会を与えられながら、なおも悪徳のままに堕落した彼に対する、罰なのかもしれない。


 そうであるならば。


 この程度の罰で、終わるはずがない。


 より巨大な邪悪によって踏みにじられ続けること。

 それこそが、彼に課された贖罪なのかもしれなかった。



 おお、よ!!

 まわ天輪てんりんよ!


 罪人の魂には、安らぎはないとでもいうのか。

 多くの者は、生まれるときに一度、そして死ぬときに一度しか世界の顔を見ない。

 今や彼は、何度も世界の顔を見て、そのたびに絶望している。

 私がこの世界に抱いているのと、同じような絶望だ。


 だが、我々にはどうすることもできぬ。

 今しばらく、彼らの運命を見届けようではないか。

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